25話 飛べた魔女はただの一人遊び中

「そうですか、お腹が空いたんですか」

 最近できた私の家の同居人は結構な大食漢だ。私が異界から買ったものを片っ端からパクパクとそのお腹に収めていく。

 最初こそ、ぶおぉぉぉんと鳴き声を突然上げたり、お腹が光ったり、ピーピーという可愛らしくも焦りを感じさせる声で私を呼ぶためびっくりしたが、今ではいい隣人だ。


「ふむふむ。このアイスがいいんですね。目が高いですねぇ。異界ではこのアイスならば、ハズレはないと言われている高級志向のものなんですよ」

 ハー〇ンダッ〇の箱を購入した私は、中身をばらして、ドンドン彼に食べさせる。彼は自分では食べられないので、私が手ずから彼のお口に運んであげるしかない。しかも遅いとピーピーと声を上げて文句を言う。


 しかしその作業も苦にはならない。彼のお腹が私の好きなもので満たされているなと思うと、私は幸せなのだ。

「ちなみに、この井〇屋のあずきのアイスも美味しいんですよ。私も豆が甘いというのにびっくりしたんですが、これはこれでありだなと思うんです。それをアイスに進化させる。このアイスを作った人はまさに歴史を変える偉人だと思います」

 私の住む国では、豆は塩味で食べるのが普通だ。その為、甘く煮るという料理には初めはとても驚いた。しかし食べていくうちに、これはこれでありだと思ったのだ。食わず嫌いは人生を損している。

 たまには常識から外れた冒険をするのは、とても大事な事だと思う。たまに大ハズレもあるけど、それはそれで、心意気を買うべきだ。


「だからこれも食べましょうね。後、この氷菓子も外せません。カリカリとした食感とリーズナブルなお値段が素晴らしい逸品ですよ。後は冷凍のケーキも食べましょうかね。私も初めて見た時はたまげました。異界は凄いですよね」

 異界の中でもぎょうむようスーパーなる所には、ケーキが冷凍して売っていたのだ。何でも、冷凍すると長持ちするらしい。実際異界ではケーキ以外にも、様々なものが冷凍されていた。この技術があれば、豊作の時に冷凍して蓄える事ができ、お腹が空いてひもじい事も減るだろう。

 異界はこの世界の一歩も二歩も進んでいる。


 そしてこの冷凍ケーキはただ常温に置いておくだけで解凍でき、食べるとさっきまでカチコチになっていたとは思えないふんわりさとしっとりさを醸し出すのだ。素晴らしすぎる。これならば食べたい分だけ切って解凍すればいいので、どこかの王子様の嫌味も華麗にかわせる。

「大体、食事ぐらい好きに食べてもいいと思いません? まあ、ブートキャンプが怖いのでしませんけど」

 以前はしていた、ケーキのホール食いは王子の視線が怖すぎてできなくなっている。うん。分かってはいるんだけどね。軽ーく2000kcalを超えてくるので、明らかに私の活動量とあわない。でも分かっていても、あの純白にホークを突き刺す罪悪感はとてつもない甘味なのだ。

 一度ぐらい、以前どこかで読んだウエディングケーキと呼ばれる何段も重ねたケーキというのを食べてみたかった。……でもどこに売っているのかよく分からなかったので、私はまだ一段のホールケーキしか食べたことがない。それに異界のケーキは種類も豊富なので、私もまだ食べた事のないものも多い。


「そろそろ喉も乾きましたよね。今度はジュースにしましょうか。今回は飲み切りやすいパックを沢山用意したんですよ」

 1.5リットルジュースもいいけれど、飽きる上に、これまたお節介王子に飲み過ぎを忠告されるので、200ミリから300ミリのジュースばかりのチョイスだ。

 野菜が足りないかなと野菜ジュースをチョイスするようにはしているけれど、これも十分糖質が高いらしく、王子の目がきらりと鋭く輝く。それを思い出して、私はブルリと震えた。

 以前がぶ飲みした時は、王子は右手に縄跳びを持っていて……その後ひたすら跳ばされたのだ。今でもそれは、私のトラウマだ。腹肉を揺らしながらの縄跳びは、本当にキツイ。


「おいっ。何勝手に冷蔵庫のスペースを埋めていっているんだ!!」

「ちっ」

 私が彼とラブラブしていると、お邪魔むしの王子がやって来た。折角の語らいを邪魔するなんて酷い。こういう時は、そっと見なかった事にして立ち去るべきだと思う。

「レイ君は、私の好きな物が好きなんです。ねー」

「ねーじゃねぇよ」

「ほら、ピーピーって答えてるじゃないですか」

「それは開けっ放しだって言ってるんだよ。誤訳するな」

 私が冷蔵庫のレイ君に、私の好きな物を食べさせるのが、王子は不満らしい。いいじゃないですか。彼だって、もやしとかブロッコリーとかばかり食べたくないですよ。


「折角、こんな素晴らしい機械ができたんだ。俺にも野菜とか肉とか魚とか入れさせろ」

「機械じゃなくてレイ君です。寂しい時はぶぉぉぉんと俺も居ると主張し、人肌が恋しい時は、背中をつけると温いんですよ」

「モーター音とモーターの熱な。寂しいなら俺がいてやるぞ」

「そして何より、レイ君は私の自由を尊重してくれるんです」

 レイ君の懐は大きく、いつでも私の好きな物を受け入れてくれる。最高の隣人だ。


「……異界の本を前に、読ませてもらったがな」

「この間渡した、電気関係の本の事ですか?」

 唐突に話が変わった気もするが、私は渡した専門書を思い返す。

 ソーラーパネルがよっぽど不思議だったのか、そういった類いの本を読ませてほしいと言ったので、プレゼントしたのだ。あまりに専門的な言葉も多く、時折翻訳を手伝うが、ほぼ問題なく読めていたはずだ。王子の頭ができすぎなのは、もう罵るのも面倒になってきた。

 それに私も専門書はあまり興味を惹かれないので、一から十まで翻訳しなくても済むのはありがたい。

「冷蔵庫の熱はちょうど家庭内害虫の巣になるそうだ」

「……えっ」

「黒光りするそれらとの交友があるそれとの付き合いは、ほどほどにした方がいいと思う。とりあえず、人肌担当は俺にしろ」

 王子の言葉に私は一歩下がった。まさかそんな。レイ君が反社会的害虫と繋がっているなんて。

 ううう。あの熱は私だけのものだと信じていたのに!!


「……人肌は我慢します」

 本格的に寒くなったら別のもので暖をとろう。湯たんぽとか電気毛布とか。

「そして裏切りを癒すのはペットですね」

「いや、俺一択だろ」

「ル◯バ君とか、いい感じじゃないですかね。床もピカピカで害虫撲滅し隊長に任命できますし」

「だから俺ーー」

  あーあー、聞こえない。今日も元気だ、飯が旨い。

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