24話 飛ばした王子はただの病人
やらかした。
昨日は朝起きてから、どうも体がだるいなとは思っていたのだ。午前の公務を終えて、さて婚約者の所に向かうかと思った所で、俺は崩れ落ちた。
「風邪なんて、何年ぶりだ?」
意識を取り戻した俺は、自室で自問する。どうやら、昨日から今日にかけてずっと意識混濁をしていたらしい。
突然俺が行かないとなると、婚約者の精神面が心配だ。何だかんだ俺に心を開いてくれているが、いまいち信用しきれないというのが現状だろう。気長に長期戦で彼女の心が癒えるのを待とうと思っているが、行けない日があっても、必ず俺がまた来ると思ってもらえる程度の信頼が欲しい。
俺が見捨てる事なんて絶対ないと自信を持ってほしいが……まあ、高望みだな。せめて不安なら、この間渡した指輪で連絡して欲しいけど、連絡なしと。仕方がないと思うけど、少し残念でもある。
「それにしても油断したな」
元々俺は、体がかなり丈夫だ。暗殺者が困惑するレベルで丈夫なので、そういう魔法使いなのではないかと噂が流れていたりするが、なんてことない。普通の人間レベルで丈夫なだけだ。元々運動は好きなので、きっちり鍛えているし、過去視の能力のおかげで毒薬が入った食事などは全て事前に気が付く事ができた。それゆえに、ベッドにお世話になることは中々ない。
「風邪は癒しの魔女も治せないからなぁ……」
癒しの魔女が治せるのは、体の損傷などの状態異常だ。なので体内に入った菌や毒はどうにもできない。下手すると、菌まで元気になって病気が悪化すると言っていた。
だから俺の婚約者の能力が世界を救う鍵となったわけだけれど、今は関係ないので割愛する。本当は脳内で俺の婚約者の素晴らしさを、延々と演説していたいところだけれど、今は下手に興奮して熱を上げている場合ではない。とにかく、早く治さないと――。
「失礼します、王子殿下」
「……私は何も許可してないが?」
はぁはぁと婚約者可愛いなと思いつつ、熱い息をはきながら苦しんでいると、一人の令嬢がおつきのものを連れて部屋の中に入って来た。誰だ、こんな女を中に入れた馬鹿は。
くっそ。久々の熱の所為で本当にこっちはしんどいんだぞ? ただ婚約者に悶えているわけじゃないんだぞ?
苛立ちはしたが、それでも仕事関係かもしれないと思い、諦めて上体を起こす。すると俺の傍付の執事が俺の前に歩み出た。
「王子殿下はご病気でお休みされています。ご退出を」
「私は三大公爵家令嬢にして、魔女ですのよ? 私は貴方ではなく、王子殿下に用があってきましたの。そこをどきなさい」
うぜぇ。二つ名がないレベルの魔女の癖に、何を偉そうに言っているんだ。とはいえ確かに三大公爵家の令嬢ならば、偉そうにしても普通か。義姉上が珍しく腰が低いタイプというか、フレンドリータイプなだけで。
「誰の許可を得てこの場に? 三大公爵家と言えど、私の私室に勝手に踏み入れてもらっては困る」
とはいえ、苛立っているからと言って王子の仮面を外して、うぜぇ、出てけとも言えない俺は、丁寧な口調で抗議する。……熱があるんだから、本当にこういう疲れる行為はさせないで欲しい。
「王子殿下がご病気だと聞きまして、良く効く薬をお持ちしましたの」
「お気遣い感謝するが、王家には専属の薬師がいる」
「ですが父の太いパイプで手に入れた、大変貴重で、とても良く効く薬ですわ。私、王子殿下が心配で、心配で。是非使って下さい」
差し出された薬は、白くて細長く変わった形状のものだった。
それに触れて俺はため息をついた。確かにこれは俺のために用意されたものらしい。そして、ついでに兄上が確認してみろとこの令嬢を俺の部屋い招き入れたようだ。
……頼むから、せめて元気な時にそういう仕事を回して欲しいけれど、このタイミングが丁度良かったのだろう。後で、しっかり病気休暇を貰おう。そろそろ婚約者の家にお泊りがしてみたい。この間彼女と話していた、異界の花火を一緒にしてみたいと思っていたところだ。
「この薬はどう使うものだ?」
「どう? ああ。丸薬ですの。薬湯ではありませんが、良く効くはずです。水で飲んで下さい」
「ありがとう。後日、公爵にはお礼参りに行かせてもらおう。あまり弱っている姿を見せたくはないんだ。今日は帰ってもらえるか?」
「……わかりました」
もっと感謝されると思ったのか少し不満げな顔だったが、俺が病気だという事は忘れていなかったようで、外に出ていった。それを見届けてから、俺はベッドに倒れ込んだ。
「兄上に、あの令嬢の親は黒で、【異界渡りの魔女】から俺の名を使って薬を奪ったと伝えてくれ」
「良く分かりましたね。能力を使ったのですか?」
「能力は使ったが……そもそも、この薬は魔女の嫌がらせだぞ。ついでに可哀想だから、この薬は飲み薬ではないことだけは伝えておいてくれ。婚約者が逆恨みされても困る。確かに解熱剤ではあるけどな」
「は?」
彼女がしぶしぶ渡した薬は解熱剤だ。たぶんこの世界にあるどんな解熱剤よりも効果があるだろう。
「これは座薬だ。尻から入れる薬だよ」
きっと以前見せたことのある俺だったら分かると思って渡したのだろう。よっぽど俺の名前で薬をねだられた事に腹を立てたらしい。公爵の行動は俺を心配してというよりも、異界の薬欲しさにという感じがありありとしていた上に、相変わらず婚約者に無礼な言動をしたようだ。基本的に何でもするりと流すアイツが腹を立てるぐらいだから相当だ。
しかも娘をわざわざ俺の所によこして、娘との仲も取り持とうとか、本当にいい加減にして欲しい。婚約者がまた婚約破棄破棄言い出したらどうしてくれるんだ。破棄破棄言い過ぎて、ゲシュタルト崩壊しそうなところから、ようやく少しだけ前進したというのに。
「あと、薬、何かあったらくれと【異界渡りの魔女】の所に誰か使いに行ってくれないか? アイツ、俺が昨日行けなかった事と、俺がアイツを頼らずに別の奴から病気の事を聞かされて拗ねてる――糞ヤバい。可愛いすぎるだろ、畜生」
座薬からさらに詳しく過去を読み取れば、婚約者はかなり俺に気を許してくれたようで、俺が頼らなかったことを拗ねているようだ。気を失ってたから、頼れない状態でもあったのだけど、先に別の奴が俺を助けたいと言ってきたのが悔しかったらしい。
なんだこの可愛すぎる婚約者。
座薬も嫌がらせではあるけれど、俺が喋る事もままならないぐらいだったら、尻からなら薬を体内に入れられると思ったようだ。そして【予言の魔女】に座薬の件は伝えてある――うげ。どうして、そこで連絡を取るのが【予言の魔女】なんだよ。アイツ、嬉々として俺に嫌がらせをしてくるに違いないぞ。
まあ、でも、婚約者が可愛いから今回は許す。
「ああ。この薬、どうしよう。折角のプレゼントだし、どこかに飾るか?」
純白の粒がとても尊いモノに想えてきた俺は、うっとりと座薬を見つめた。
「熱の所為で頭の病気も酷そうなので、尻に突っこんでおいて下さい」
後日熱が下がった俺は、確かに座薬を部屋に飾るのはないなと反省した。執事の助言はもっともだ。
それでも、やっぱり俺の婚約者は可愛いと思う。これが病気だというなら、一生治らなくていい。
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