19話 飛ばした王子はただの魔法使い
王子と言えば、キラキラした世界に生きる、キラキラした生き物を想像する人は多い。
実際王子は、世間一般よりは裕福で、教養も積ませてもらい、大規模なパーティーが開催されたりする。だからそこそこキラキラしているのかもしれない。しかし実際はキラキラメルヘンなだけの世界では生きていない。
今日も今日とて、やりたくもない王子業を行っている。
「流石、王子殿下ですな。あれだけてこずらせた【異界渡りの魔女】を飼い慣らすとは」
「いいえ。とんでもない事です。私は彼女に情けをかけてもらったというだけ。彼女の意志は彼女のものです」
黙れハゲ。シバくぞこら。
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる男を前に、俺は罵りたいのを我慢してさらりと【異界渡りの魔女】に対しての悪意が混じった言葉を流す。というかこういうの真面目に受け取って喧嘩すると、兄上が五月蠅いのだ。立場とか、貴族同士の権力争いとか、色々あるのは分かっているんだけどさ。
おかげで本当にストレスが溜まる。
さっさとアイツの所に遊びに行きたい。
今日は兄上のご命令と言うか、お願いでこの髪の毛がいささか寂しくなった貴族と会談をしているわけだが、さっきから軽々と地雷を踏みぬいてくれる。それでも王子の仮面はまだ外せない。
先ほど彼から献上された宝石に手を触れながらため息をつく。
俺があいつを守り抜くには、王子の仮面もまた、大切な武器の一つだから。
「謙遜はいりませんよ。それにしても、【異界渡りの魔女】も所詮女だったという事ですな」
「さて。彼女はか弱いレディーですが、ただの女性ではありませんよ。それに、ハートを奪われているのは彼女ではなく、私の方ですから。結婚を許してくれない彼女に、私は乞い続けるだけです」
下衆な事言うなよ。マジで切るぞ。
王子の仮面を取る気はないけれど、ヒビがピシピシと入る。あー、血管ぶち切れそう。
そもそもいまだに彼女との関係はとても清いものだ。口づけ一つ許されていない。俺は彼女の中の身内枠にようやくは入れた所なのだ。
確かに彼女は俺のために痩せて、世界を救ってくれた。でもまだ全てを許してくれているわけではない。少しだけ心の扉を開いて招いてくれたに過ぎないのだ。
その証拠に、ある時からアイツは俺に対して敬語を使い始めた。多分これは俺に、心の中に踏みこまれないようにする為の抵抗だ。
だからと言って雑な喋りだったら、彼女の内側に入れたのかと言えば、そういうわけでもない。アイツは誰にも膝を折る気がないから、権力も無視して雑な喋りをする。
だから敬語を使うという事は、これ以上足を踏み入れてくれるなという反応だけれど、その存在が近くにいる事を許してもいるのだ。
厄介というか、ややこしいというか……。でもその変化が愛おしい。
「王子を振り回すとは、生まれながらの悪女ですな。美しい男が好きだという話ですし、この先も王子が魔女の面倒をみる必要はない――」
「そう言えば」
折角彼女の事を考えて気分が少し浮上したというのに。
俺はいらないことをいう馬鹿の言葉をにこやかに笑って遮った。いい加減、勝手に俺の気持ちを決めつけるのは止めてもらいたい。俺は義務などで通っているわけではないのだ。
通いたいから通っている。ただそれだけだ。
少しでも脳みそがあるなら分かるだろうに……あっ、ないのか。
「貴方の持つ山の宝石の産出量が減ったからと言って王家が爵位を落とすなんて事はないので、嘘はつかない方が身の為ですよ? 偽物を混ぜるのはルール違反です。むしろそれならば偽物だとちゃんと明確に言って、安く正々堂々と売ればいいと思いますが?」
「な、何を……」
少しの動揺。
顔にはあまり出ていないが、何故それを知っているのかが聞きたいのだろう。だが俺も種明かしをする気はない。
「それから、お嬢様も。どうやら金髪、碧眼の青年といい関係の様ですね? この間の夜会でお会いした時、少々体調がすぐれない様子でしたが、きっといい知らせが聞ける事でしょう。お祝い申し上げます」
生まれてきた子供が俺の子だと馬鹿げた騒ぎを起こすな、俺は知っているぞという意味で話せば、彼は顔色を青くした。
本気でそれを狙っていたのか、それとも娘が勝手に誰かと付き合い、身ごもっているのを知らなかったのかは知らないが、こちらを馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。娘との間を取り持つ為に俺の婚約者を下げる話をするのは悪手過ぎる。苛立ちしか感じない。
「よ、用事を思い出しました」
「それはいけない。早くそちらへ向かって下さい。あっ、借用書が沢山ある件は、王にそれとなく既に進言してありますので、わざわざ必死に隠さなくても大丈夫ですよ」
にっこり王子スマイルで手を振り、貴族親父の退出を見守ってから、俺はため息をついた。本当に嫌になる。さっさと公爵になってアイツと一緒に領地に引きこもってしまいたいが、まだ兄上の敵はいるので、俺はまだしばらく雲隠れはできない。
こっちの地盤が緩めば、絶対俺の方に厄介事も来るだろうし、きっちり兄上を王位につけるまでは油断できないのだ。
「あー、癒されたい。こういうの、本当に面倒だ」
俺は行儀悪く足を開きソファーの上でだらけたようなポーズをとった。魔法使いの力を使っても、体力的には全く疲れない。でもこういう駆け引きは精神的な疲労が大きい。
「お疲れ様です。今日はもう行って大丈夫ですよ」
傍に立っていた、俺の素を知る執事がそう声をかけてきた。
「言われなくてもそうする。もう本当に、俺の能力をあてにしないで欲しいよ。もしくはさっさと、きな臭い貴族は切り捨ててくれよ」
「必要悪はあるんです。全てを切り捨てたら、なにもない不毛地帯になりますから」
知ってる。
どんな事柄も、表と裏がある。あの貴族が不正をやっていたのは本当だけど、不正をする事で、領民の生活を守っていたのも事実だ。宝石が取れなくなって、仕事を失うのは彼ではなく領民だ。
だから正義を振りかざして、全てを断罪する事はできない。ただ、俺に迷惑をかけるのは本当にやめて欲しい。
「……分かってても疲れるんだよ」
「でもその能力のおかげで、何も語らない【異界渡りの魔女】に近づけたんでしょ?」
その通りだ。
この能力のおかげで色々面倒なこともやらされるが、役立ってもいる。結局のところ、どんな事柄だって表と裏があるのだ。
「分かってるよ。【過去視】の能力を忌み嫌ってなんかいない。大切にしているさ」
見たくもない過去もみえるけれど、知りたい事も知らせてくれる。俺の婚約者は必要な事も語ってくれないから。
だから俺は魔法使いで良かったと思っている。
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