20話 飛べた魔女はただの人参
チリンチリン。
そんな呼び鈴で招かれざる客はやってきた。
「弟のやる気スイッチは何処にあると思う」
「分からないから、帰って下さい」
何故現れた第一王子。
豚のお家に王子は一人で間に合っているので、これ以上はいらない。どっちも王子じゃ区別がしにくいじゃないか。
すぐさまお引き取り願いたい。
今日もいい日だ飯が美味いとのんびり異界の【えきべん】なるものを食べていたのに。幸せなひとときを邪魔されるのは豚だって嫌だ。
それでも玄関先で騒がれるのは辛いので、しぶしぶ部屋の中に入ってもらったところでこのなぞの質問。
はっきり言って何故はらぺこ豚に対して、こんな質問をしてくるのだろう。あれか。仕事のし過ぎで、とうとう気が狂ったか。
……いや、流石に仕事を絡めたデスリは良くないな。第一王子は今日も爽やかな笑顔と共に隈がある。以前見た時もそうだった。豚が言うのもなんだが、この人、本当に不健康そうなのだ。
もしや病弱なのかと思ったが、よく来る王子曰く、第一王子はワーカーホリックで、働きアリ属性だそうだ。とにかく黙々と仕事をこなす。そして過労死直前まで行くと、婚約者の【癒しの魔女】がシャランラと体力を全回復させ、再びゾンビのように働いているとか。マゾか?! と言いたいが、そういうわけでもないらしい。
豚が同情するのもなんだか悪い気もするが、王よ、もう少し自分の息子を労わってやれと思う。流石に、この隈ヤバいだろレベルだ。
でも【癒しの魔女】がこの隈でも癒さないという事は、これでまだ大丈夫と判断したという事で……。ある意味、ブートキャンプを軽々こなす、王子と同じタフさだ。
「大体、やる気スイッチなんて言葉をどうして知っているんですか」
それは間違いなく異界の言葉。私は彼の前で使ったことなどなかったはずだが?
「弟から聞いたんだ」
「……仲いいんですし、普通にお願いしたらどうですか?」
お兄ちゃんのお願いなら、流石に聞くんじゃないかな。王子も第一王子の事を働き過ぎで心配だって言っていたし。
「頼みたいのは、国外視察なんだ。前に一度頼んだが、あれ以来引き受けてくれない。なんでも、国外に行っている間に婚約者が妊娠したというデマが流れたそうで」
「それは大変でしたね」
嫌味ですか。嫌味ですね。分かります。
いや、私の事は気にせず行ってくれて全然構わないんだよ。ただ、本当に、世の中に美味しいものがありすぎるのが悪いんだと思う。そして美味しいものは大抵脂質と糖質が高くて、豚のもとなのだ。
……まあ、あれはちょっとやりすぎたなと反省はしている。いや、だって、王子がいないなら今のうちに暴飲暴食しないとって思ってしまったんだもの。鬼のいぬうちのなんとやらだ。
「弟と一緒に国外視察――」
「婚約破棄を勧めてみたらいかがでしょう。国外までついて来てくれる可愛らしい娘さんは沢山いると思いますよ」
「他に案はないだろうか」
……普通にスルーしやがった。王子が私以外と婚約するのが解決方法としては一番じゃないかなと思うんですけどねー。そもそも、引きこもり豚をただの外を軽く超えて海外に連れ出すとか、ストレス死を狙っているとしか思えない暴挙だ。
動物虐待反対!
「貴方が行けないのは分かりますが、視察は弟でないといけないんですか?」
流石に死相がみえてる第一王子に行けなんて無茶な事を言ってはいけないぐらい、豚だって分かる。
それなら部下を使えばどうだろうか。大臣とか、何か偉い位を持った人を派遣しておけば、とりあえず相手の国のメンツは保たれる気がする。でも政治には詳しくないので、本当のところはよく分からない。
「弟の【魔法使い】としての能力が必要なんだ」
なるほど。王子の能力が何かは知らないけれど、それが必要なら他の人では難しいだろう。結局のところ王子の能力が真似できないレベルだから、誰でもない彼がわざわざ婚約する事になったんだろうと思っている。
そうでなければ、わざわざ王子を豚と婚約させる必要がない。別に豚を懐柔させるだけなら、誰だってよかったはずだ。私の能力は便利かもしれないけれど、王子の婚約者でなければいけないほどでもない。しかも私は、豚であり、平民だ。
「それに期間も今回は短い。隣国だから、馬を飛ばし滞在を2日程度とすれば、15日ぐらいで帰ってこれるはずだ」
この間が3ヶ月……いや、結局1カ月で帰ってきてしまったわけだけれど、それに比べれば格段に短い。グダグダいう期間ではないだろう。
「なら、何か人参ぶら下げたらどうです?」
「人参?」
「成功報酬です。豚はおだてれば木にも登りますが、王子はおだてても無駄でしょうし。どちらかといえば、人参ぶら下げた方がやる気が出るかと」
王子なんだから、あっちこっちで、褒められ慣れているだろう。特にあの顔だ。絶対若い娘さんにキャーキャー言われ慣れている。……あの顔だし、絶対いつか浮気を理由に婚約破棄とかになるんじゃないかな。
「成功報酬は考えてみよう。だが、おだてるのは君にやってもらいたい」
「は?」
無駄だと言ったはずなのに、なぜそれを私が?
「これはこの国の王太子としての命令だ。やってくれるな?」
「いや。豚の声援なんていります?」
ブヒブヒって鳴くしかできない豚ですよ?
ブキャー、ブキャー言っても、鼻で笑うでしょ。お色気もゼロだし。
「絶対いける」
良く分からないが、早く【えきべん】が食べたいが為に、とりあえず引き受けた。そしてその日の午後、私は王子に『働いている姿を見てみたい』、『国外に行くときに着る正装姿見てみたい』的なお願いをしてみた。
ついでにジャージをいつもデスってくるので、少しでも気分が良くなるよう王子が送ってくれたドレスを着た。お腹の当たりが苦しかったけど、それは内緒だ。ヤバい。少し太ったかも。
……えきべん、美味しかったからなぁ。
「……し、仕方がないな。待ってろ」
そう言って正装姿を見せてくれた王子は、そのまま国外に出かけたのだった。
第一王子が用意した成功報酬は何だったんだろう。きっと、よっぽどいいものだったに違いない。
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