17話 飛べた魔女はただの怪談話

 水浴びもしたくないほど外の直射日光が殺傷力を増した午後。

 私はあまりの暑さにイライラしていた。外に出ればカリっと黒く焼きあがった豚となり、部屋にこもれば蒸し焼きされた豚となる。

 なんだこれ。 


「ヤバい。これは、ヤバすぎる暑さだわ!! 人を殺す勢いよ! 地獄の灼熱だわ!!」

「……暑いけど、そこまでか?」

 窓を全開にした部屋にいるにもかかわらず、ダラダラと汗が滝のように流れる。私はこの不快感にきぃぃぃぃと叫んだのに、隣にいる王子はほぼ汗をかかずにシレッとしていた。

 神様は不公平過ぎる。確かにキラキラエフェクトを背負う王子が、豚のように汁まみれになったら見た目の素晴らしさが半減してしまう。汗を流すにしてもきらりと輝く爽やか風味が必要だ。もしくは、頬を赤らめてのお色気モードか。

 うん。やっぱり、神は正しかったわ。豚汁にまみれて汚物になっていてもいいのは豚だけだ。


「肉布団が多いんですー。ほっといて下さい」

 私は王子のお色気モードを頭から追い出す為、顔をそむけた。

 暑すぎて脳まで煮えそうなのに、これ以上の熱はいらない。心頭滅却、煩悩退散。脈よ平常値に戻れ。

「痩せろ」

「今運動したら、絶対死にます。間違いなく死にます」

 一瞬で血の気が引いた。

 でも望んでいたひんやりはこういうのではない。

「死んだら困るな。よし。癒しの魔女呼ぼう」

「親切な顔をして、絶対時間外ブートインキャンプ突入じゃないですか。止めて下さい。殺す気ですか。本当に今日の暑さは洒落にならないんですって」

 今日は過去最高の暑さではないだろうか。

 しかも何だかじっとり暑くて、余計に不快だ。豚汁だけで既にしっとりパックなので、これ以上の蒸気はいらない。


「まあ確かに、いつもよりは暑いな」

 私が暑い暑いと騒いでいるので、王子がようやく異常気象を認めた。

「というわけで、異界の冷却グッツを取り寄せてみたいと思います」

「おおっ。どういったのがあるんだ?」

 私が冷却グッツをネットで探し始めると、王子がそれに食いついた。暑さを感じていないようだったので、暑いのは私だけかと思ったが、何だかんだ暑かったらしい。……いや。私の暑苦しい呼気と見た目で、暑く感じてしまうのかもしれない。

 やっぱり王子は暑そうに見えない。


「あの。暑いんで、半径1m以内には近づかずに待っていて下さい」

「はあ?!」

「いや、本当に。これ以上の熱は無理です。嫌なら出ていって下さい。出口はあちらです」

 私が作りだした空間のねじれに手を触れていた為、王子がその手元を覗き込もうとしていたが、本気で暑いので近づくのは辞退してもらった。絶対無理。というか、その顔近づけるな。豚汁が付いて汚れたらどうするんだ。臭いだって、絶対ヤバい。豚だって、恥じらいを持っている。


 私の本気度が分かったのか、王子はしぶしぶ離れてくれた。私はしゃぶしゃぶ派なので、しぶしぶとかそういうパフォーマンスはいらない。ちゃんと見せると言っているのだから、急いで近づいた所でなんの利益も産まないだろうに。

 ちなみに、今の私は冷しゃぶ派だ。暑い日こそ熱いものメニューは流石の豚も無理だ。

 我慢大開する人の気が知れない。


「異界でしか使えないものも多いので、中々冷却グッズ選びは難しいんですよね」

「異界でしか使えない? 例えばなんだ?」

「【くーらー】という部屋の温度を一気に下げる道具が異界にはありますが、それを動かすには電気が必要で、この国では無理です」

 この【くーらー】の素晴らしさは異界で体験しているので、ぜひ使いたかった。でも流石に電気は買えないので仕方がない。

「同じく扇風機という、自動で風を発生させるのもありますが、これは小さな携帯用の電池で動くタイプでないと使えないですね。大きいものは【こんせんと】? というところからの電気が必要です」

 電気。早く誰か発明してくれないだろうか。

 一応、この世界にもエレキの発想はあるとどこかで聞いた気がするので、後少しの辛抱だとは思うけれど……思いたいけど、できるなら今欲しい。


「なら、どうするんだ」

「買うなら水で濡らしただけで冷たく感じる布とかですかね。もちろん電池で動く扇風機は買いです。後は、塗るとヒヤッとするものとか、叩くと冷えるのとかですかね」

 本当は冷凍庫も欲しいけど、やっぱりこれも電気が必要なのだ。

「あまり想像はつかないが、それで楽になるなら買った方がいいな。俺がいる時に倒れれば癒しの魔女を呼んでやれるが、お前が一人の時に倒れたら心配だ」


 ……こういう時、王子の言葉は義務なのか、本当の優しさなのか分からなくなる。少し考えれば、私が死んだら完璧に世界は滅亡の道しかないのだから、この心配は義務だと思う。でもそれだけではないと思ってしまうのは、私がかなり絆されているからだろうか。


 でもあまり王子に近づき過ぎるのは危険だ。

 ある日突然王子が手のひらを返したかのように冷たくなったら、私はどうなってしまうだろう。

 今までのぼっち豚生活にちゃんと戻れるだろうか。

 彼が優しい人だと信じてはいるけれど、全てを信じるのは怖い。だって、人間の心は簡単に代わるから。

 だから王子には適度な距離を取ってもらいたい。婚約破棄にいつでも応じられるように。


「そう言えば、涼しくなるには怪談もおすすめだと異界では言われてますね」

 私は話しを変える為、別の涼しくなる方法を言ってみた。

「怪談か。暑い中でそんな話をするなんて珍しいな。怪談と言えば、冬だろうに」

 この国は冬の鬱々した世界でこそ、怪談がはえると思われているが、異界では違うようだ。実際夏場はお化け屋敷という、恐怖をわざわざ体験しに行く遊びが流行っていた。


「そうですね。では。僭越ながら、私が怖い話を一つ」

「なんだ。面白そうだな」

「これだけ暑いじゃないですか。こうやって、連日汗だくになっているので、豚の体も縮んでもいいと思うんです」

「ん? そうだな?」

 話の着地点がみえないようで、王子は首を傾げた。

「でもびっくりな事に、体重計に乗りましたが、増えてました。怖いですよね。なんで増えたんでしょうね。未知の力が働いたんですかね」

「は?」

 その時の王子の凶悪に歪んだ顔が、私にとっては人生で一番の怪談だった。そしてやりすぎた私は、しばらくお風呂の後のアイスが食べられなくなったのだった。

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