15話 飛べない魔女はただの夏風邪

 最近毎日来る王子の姿を見て、私は舌打ちしたくなった。

 正直今日は顔も見たくなかった。だが、家の鍵を王子は持っているので、勝手に入ってきてしまう。……いや、今日は玄関に鍵をかけただろうか? 駄目だ。全く記憶がない。思い出そうとすると、頭痛がしてくる。

 

「……帰って」

 私は力なく今日も豚小屋へやって来た王子に声をかけた。

 しわがれた声は、ぶっきらぼうなものになってしまい、王子の眉間にしわが寄る。とはいえ、今日は喧嘩をする気もない。なので下手に出る作戦だ。とにかくさっさとこの家から出て行って欲しい。

「大丈夫よ。流石に今日明日は暴飲暴食できないから。たぶん少しは子豚になるわ。良かったわね。一週間後ぐらいからまた来場お願いします……」

 たぶん夏風邪か何かだろう。

 私はぐったりとベッドに転がっていた。食欲はないのでたぶん流石の私も痩せると思う。異界から取り寄せた経口補水液を飲むがあまりおいしくなかった。脱水になれば美味しいという話だけれど、本当だろうか。だとしたら、もう少し我慢したら美味しくなるのだろうか。

 いや、それより、アイスとか、そう言ったものをもう少し後で食べよう。多分熱もありそうなので、それなら美味しい気がする。


「今日は閉店ぶひ……」

「丁度いい。中々病人食を披露する機会がなかったんだ。色々バリエーションがあるぞ。味見しろ」

 そう言って、王子はズカズカと部屋の中に入って来て、私のすぐそばまでやってきた。

「部屋に入らないで下さいとちゃんと人間の言葉で言ってますー」

「飼い主は、三百六十五日、いつでも面倒見るんだよ。で、どうする。甘いものからショッパイもの、後ちょっと刺激のあるものまでいろいろレシピはあるぞ」

 何を言っているんだこの王子は。

 風邪だと言っているんだから、豚もこの時ばかりは太ったりしない。というか、風邪の時は大抵痩せるから、今回もそのパターンだ。何もしなくったって、異界に渡れないサイズにはならない。


「帰れ」

「嫌だ。何なら俺が今まで食した中でワーストワンを口の中にぶち込むぞ」

 何で美味しくないものを食べさせようとするのか。嫌がらせにしても、もう少し食材に感謝の念を持ってほしい。

「本当に辛いんです……ゴホゴホゴホッ。帰って下さい」

 いい加減してくれ。喋るのもつらいんだと言えば、頭の上にぺちっと、異界の冷却シートを貼られた。そう言えば、こんなのがあると前に王子に見せた気もする。

 王子はこの世界にないものが結構好きだ。


「俺は風邪は引かないんだ」

「何ですか。そういう魔法使いなんですか?」

「俺の能力は違うな。風邪を引かないのは馬鹿だからだ!」

 ……威張って言うな。

 体調が悪いのでツッコム気力もない。もう知らないと、私は目を閉じた。何度も帰れと言ったのだ。これ以上は自己責任だ。

 大体、馬鹿が風邪を引かないというのは、風邪を引いた事に気づかないからという話だ。馬鹿でも風邪はうつる。


「馬鹿に飼われている自覚があるなら、大人しく飯を待ってろ」

 そう言って甘い飼い主は豚を甘やかすのだった。

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