12話 飛べた魔女はただの魔女
「第二王子との結婚の日付だが、いつ頃がいい?」
「……お帰り下さい」
今日もいい日だ飯が美味い。だけど太ると、トラウマ破滅フラグ、ブートキャンプがやってくるので、私は飯をそこそこに、のんびりと異界の本を読んでいた。
そこに現れたキラキラ美貌の第一王子。黒髪碧眼の貴公子は、本から出てきたような風景だが、生憎と現実だ。こんな養豚場は王子様が来ていい場所じゃない。養豚場にいるべきなのは豚か飼い主のみだ。豚のストレス値が上がるので、帰って頂きたい。
「兄上。その話は先ほどしたように、彼女と俺の仲をもっと深めてからと考えています。周りが口出しすると恋愛がこじれるのは、古今東西昔から決まっていると言っているでしょうが」
「そもそも、恋愛じゃなくて、ペット愛ですから」
豚に恋した王子様とかシャレにならん。風評被害が起きる。
「だけどな。子供の事を考えれば、早くに結婚した方が良いだろう」
「それこそ、余計なお世話です。世継ぎ必須とか考えが古いんです。兄上の所が産んでくれれば、それで十分じゃないですか。俺は一代限りの公爵でもいいですし、兄上の所の次男や三男辺りが俺の後を継いでもいいですから」
「いいわけないだろ。そもそも、うちだって婚約だけだからまだ子供がいないんだぞ? そろそろ結婚をと考えてはいるが」
「いや。豚は人間産めませんからね」
「だったら、なおさら兄上の所が先でしょ。俺の所が先に男児でも産んだら、義姉上に色々言うものも出てきます」
聞けよ。
一応。ブヒブヒじゃなくて、人間の言葉喋ってるんだぞ、この野郎。
養豚場入口は、王子の喋り場ではない。とうわけで二人まとめてお帰りいただきたいので、身内である王子が兄である王太子を連れて帰るべきだ。
私は深くため息をつく。そもそも、婚約破棄の話だって、何度も出ているじゃないか。主に私から。
「この際はっきり言いますから、聞いて下さい!!」
私はパンパンと手を打ち鳴らし、王子達の目線を奪った。そんなもの本来は欲しくないけれど、勝手に出荷話をされても困る。確かに今の私は第二王子に飼われた養豚だ。でも私は元々は誇り高き野生豚だった。そう。私は自由とジュースを愛する豚だったはずだ!
「私は婚約破棄を望んでます」
「いや、望んでない」
「勝手に私の代弁をしないで下さい」
「俺は分かるからいいんだよ。で、破棄は望んでない。でも結婚と子供もまだ望んでない。お前が望んでいないなら、俺はいらないから、とにかく現状維持だ」
きっぱりと第二王子に言われて、私は瞬いた。
あれ?
「というわけで兄上はお帰り下さい」
「……仕方がない」
第二王子の言葉に、本来ならもっと偉いはずの王太子殿下が帰って行った。残ったのは、いつもの王子と豚だけだ。
「えっと。いいんですか?」
いや、最初に追い返したのは私だけど。この状況、第二王子には不味いのでは?
珍しく、私はうろたえた。どうしていいのか分からない。人の為にうろたえたのは久々な気がしたけれど、そんなことも私は気が付かないくらいに動揺していた。
「そもそも、最初から俺の婚約に関しては兄上も口を出さない約束だったんだ」
「はぁ」
「でもあの人も大概ブラコンだから、口出ししたくなったんだろ」
「えっと、それなら豚との婚約破棄を後押しするのでは?」
一応世界は救われているので、豚の婚約者が第二王子でなければならないわけではない。今後太らないように管理するのはまた別の者をあてたっていいだろう。私が従うかどうかは分からないけど。
それにこれだけキラキラした王子だ。いい縁談の一つや二つ、いや百や二百ぐらい持ってそうだ。
「ブラコンだからしないんだよ。くっそ。本当にお前はっ!!」
「痛っ。ちょ、つむじを押すと下痢になるって言われているんですってば。止めて下さい」
「今日も隠れて間食しただろ。ちょうどいい。体から全て出せ」
くっ。何故バレタし。
そこそこ食事をして、ついでにそこそこ間食した。もちろん、前に比べれば、全然大した量ではないけれど。
「匂いで分かるんだよ。でだ。お前を見張る必要があるからな。俺は絶対婚約破棄しない。だから諦めろ」
「まだ何も言ってもいないのに。それで結婚はどうするんです?」
「したくなったらすればいい。したくなければしなくていい」
「子供は?」
「欲しければ作って、いらなければ作らない」
王子としての自覚があるのだろうか? 絶対反発が出る案件だろう。
「結婚したくない理由があって、子供が欲しくないのにも理由があるんだろ? それを聞かずにこっちの意見を一方的に言うのはフェアじゃない。ちなみにお前が望めば、俺はどちらも全力でヤル」
「……下ネタは反対です」
「分かった。なら、しない」
あっさりだ。あっさり塩味だ。あまりにあっさりしすぎて、私が心配になる。
でも王子はいたって普通だ。無理している感じは全くしない。
「……私の両親は、私の所為で自分達が死ぬ羽目にまでなったのに、最期まで私に恨み言一つ言いませんでした」
私は少しだけ、私の過去を話す事にした。豚の過去など面白くもない。でも私が結婚したくない理由はそれを話さなくては上手く伝わらない。
「私は自分がそんな親になれるとは思えません」
私さえ彼らの子供でなければ、両親は村八分にされなかったし、病気なのに医者に診てもらえないなんてこともなかった。医者に診てもらったからといって死ななかったとは思わない。あの時医者に診てもらった者でも死んだ者は沢山いた。でも診てもらえる、それだけで、見捨てられたわけではないと絶望以外の何かを持てたはずなのだ。
そんな絶望の中に立たされたにも関わらず両親は、絶対私の所為だなんて言わなかった。村人は死んだ両親を前に、彼らが死んだのはお前の所為だと言ったというのに。私は村人の言葉こそ正しかったと思う。
でもそこまでしても子供を見捨てないのが親だとしたら、私はそんな素晴らしいものになれる気がしない。
「なあ。その話は、お前の枷になる為の話ではないと思うんだが?」
「へ?」
「その話は、お前が、お前の両親が素晴らしい人間たちだったと誇る話だ。お前がそれと同じになれというものじゃない」
王子は困惑した顔をしていた。慰めではない。本当にそう思っているのだ。
「……私の両親は素晴らしい人間だったのでしょうか?」
「当たり前だ。お前の両親は素晴らしい人間だった。それは間違いない」
隣人から裏切り者、卑怯者と罵られていた両親は、素晴らしい人間だった。……誰もそんな言葉をくれなかった。
「すみません。ちょっと激辛ラーメン食べてきます」
「何でそうなる!!」
だって、泣いてしまいそうだから。
悪い魔女に涙はいらない。それぐらいなら、だったら汗だくになって涙が分からない状態になった方が良いと思う。
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