7話 飛べた魔女はただのモテキ

 今日も元気だ、引きこもりたい。

 引きこもり隊、隊長の子豚は、今日も自宅警備という任務をしつつ、食っちゃ寝、読んじゃ寝をしようと思っていたのに、強制的に外出に付き合わされた。

 くそう。ただの豚を世間様にお見せしても何もいい事なんてないと言いたいところだが、王子の婚約者として、行かないといけない行事らしい。……いや、本当に、さっさと破棄して下さい。お願いします。


 そんなこんなで連れて来られたのは、疫病の隔離治療院だった。といっても、薬を渡してあるので、もう大半の者が回復している。それでも病という者は本人の持つ体力で回復度が変わる為薬だけではどうにもならなかったものもいた。

 そんな隔離治療院で私が訪問した場所は子供が主にいる場所だ。ここにいる子供は病気から快復してきた者が大半だが、中には親が入院中なのでここで暮らしている子もいる。親がいなければ生きていけない年齢の子達は、親の回復を待つしかない。


「まじょさん、ありがとう」

「まじょさん、だいすき」

「まじょさん、こっちでえほんよもう?」

 部屋に入った直後から、何故か私はモテキに突入した。待ってくれ。私に子守の能力はない。わらわらと子供に囲まれた私はうろたえるしか能がなくなっていた。


 ただの豚が、魔女になり、結果、世界は救われた。

 そして薬で助かったという子供達が集まっている場所に第二王子に連れて行かれたのだからこういう風に歓迎されるのも分からなくはない。感謝は一応理解はできるが、大好きは何故そうなるとしか言えない。きっと豚を懐柔しといた方がいいと思った大人の入れ知恵に違いない。でも子供である彼らの謝辞にどう反応したらいいのか分からず途方に暮れた。


 大人相手なら、適当なブラックジョークを出すこともできるが、相手は子供。しかも思いっきり純粋な目でこっちを見ている。下心もなさそうな様子だと、流石に無下にはできない。

 どうするの、これと、王子を見るが、王子は王子で女の子達に囲まれていた。……美形の周りを囲む子供達……。可愛いは正義。美しいも正義。つまりここは楽園――って、違う違う。

 とにかくすぐに援護は来ないようだ。

「えっと。それは、良かったです」

「まじょさんのおかげで、おとうさんとおかあさんがたすかったの」

「ありがとう、まじょさん」


 見捨てようとしたはずの者達からの謝辞に、私はどうしたらいいのか分からない。

  父親と母親に助かって欲しかったと嘆いた自分は、とても昔の事だ。もしもあの時両親が助けられていたら――のIFな自分がこの純粋無垢な少年少女達なのだろう。

 羨ましいかと言われれば、そういうのはない。喜ばしいかと言われれば、それも良く分からない。

 ただきっと、両親がいた方が、この世は生きやすかろうとは思うけれど……まあ、それだけだ。

「私は……悪い魔女だよ。だからお礼なんていう必要はないんだ」

 だって、私はこの笑顔を守ろうなんてしなかった。

 目も耳も塞いでいた私は、この子達が感じた恐怖を知らない。ただ、結果的に助けた。それだけだ。

 そこには優しさなんてない。ただの偶然だ。

 そして助けられなかった命もある。この賛辞を受け取るという事は、死んでいった人とそれを見送らなければいけなかった人の想いも同じように受け取らなければいけないという事だ。

 

 そんなもの抱えきれない。

 私は、私の事だけで精一杯だ。私は誰の人生の責任も取れない、ただの豚である。


「もしもお礼を言いたいなら、あの王子様にいいなさい。彼が私の飼い主だから」

 飼い豚の私は彼が望んだから薬を取ってきた。それだけだ。

 私が進んでやったわけではない。

「うん。おうじさまにもいうよ」

「でも、まじょさんのおかげなんだよ」

「ありがとう、まじょさん」

 重すぎる言葉の数々に、逃げ出したくなる。

 だって、だって、だって。

 私が次にちゃんとできなければ、そのお礼は憎しみになるのでしょう? 誰でもそう。一度救ったら、何度だって救わなければ責めるのだ。救えなかった時は憎み指さすのだ。

 お前がちゃんとやらないから○○は死んだって――。


「ありがとう。魔女さん」

「豚でいいです。……ぶひ」

「お前がこの賛辞を抱えきれないなら、俺が一緒に持ってやるよ。大丈夫だ」

 先ほどまで女の子に囲まれて楽園にいたはずの王子が私の隣にいた。まるで私が崩れ落ちないように肩を抱きながら。

 王子が勝手にこんな場所に連れ出したのだから、私は王子という壁を利用させてもらう。いつもならこんなキラキラフェクトのかかった顔の隣にいるとか嫌だけど、今はもたれるのにちょうどいい。


「まじょさん、おうじさまとどういうかんけいなの?」

「飼い主と――」

「夫婦兼家族だ。だから、何かあったら俺の方に言え」

 飼い主と家畜と言おうと思えば、まさかの夫婦発言をされた。ちょっと待て。私はまだ婚約しかしていない。

 ギョッとして王子を見れば、彼はいい笑顔をしていた。いや、子供相手に説明が面倒だからって、そんな適当な事を。子供と言うのは意外にちゃんと理解していて、周りの大人に言いふらすんだぞと言いたい。


「まじょさん、ぼくとけっこんして」

「駄目に決まってる。俺は不倫は許さない主義だ」

 えっへんと威張るように王子が言えば、男の子がむくれた。

「ずるいー」

「先に生まれた者の特権だ」

 大人げなく応戦する王子に私はあきれつつもくすりと笑った。

 まあいいっか。どうせ明日からはまた引きこもりの日々。この少年少女達の親と会う事もない。影で何か言われても私には聞こえない。

 とりあえず今は彼の隣だと、何とか息ができる。やっぱり私はただの豚で十分だ。

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