飛べた魔女の物語
6話 飛べない魔女はただのリバウンド
毎日毎日、私の住む豚小屋に王子が通っていたある日の事。
唐突にその日常が終了した。嫌がらせの如く連日通い詰めていた、第二王子がようやく豚小屋に来なくなったのだ。
とうとう、私は解放された。
「やったぁ!! 私は自由よ!!」
祝、自由!! なんて素晴らしい。
「そうよ。今までが間違っていたのよ。これが世界の真実なのよ。真実の愛よ。勇気よ、希望よ!! マジカル★プリン!! ホーリ― アップ!!」
私はそう言って、バケツプリンを異界から取り寄せる。
これは王子の目が怖すぎて、これまでずっと食べられなかったのだ。絶対見た瞬間没収される。ちなみにあの王子、食べても食べても太らない体質らしい。くそっ。神はなんて不平等なのか。
ああ、それにしても、プルンと揺れるその魅惑のフォルムのなんと素晴らしい事か。
「何という、悪魔の食材」
ごくりと唾を飲みこむ。
少し前の引きこもりライフの時だったら、こんなに罪悪感と多幸感に挟まれたような気持ちにもならなかった。目の前にある。だから食べる。ただそれだけだった。
でも、第二王子のおかげで、私はこの罪の甘さを知ってしまった。
「素晴らしい。素晴らしいわ!! 大きくても可愛らしいだなんて。なんと小悪魔な食べ物なのかしら」
私は異界のミュージカルのようにプリンの讃美歌を謳いながら、憎らしくも愛らしいそのフォルムにメスを入れ、口いっぱいに罪の味を堪能する。口の中でとろける食感。まさに至福。
「そうよ。私には、これがお似合いなのよ」
誰にも止められる事のない状況に、少しだけ切なさを感じる。でもこれでいいのだ。
豚が第二王子の時間を奪う事こそ間違い。世界は正しい方向へ正された。だから、私も豚に戻らなければ――。
「……こ、子豚ぐらいにしておこうかな」
ふと第二王子の鬼教官っぷりが脳裏に浮かび、少しだけ節制しようかなと思いなおす。ブートキャンプは私のトラウマだ。
いや、でも子豚でも異世界の枠は通れないんだけどね。そもそもあのサイズが悪いと思う。子供だったら楽に通り抜けできるけど、大人になると結構キツイのだ。相当痩せないといけない。
「しばらく異世界に行って、色々情報仕入れておこうかな。通り抜けできなくなった後も、もっと美味しいものをお取り寄せしたいし」
痩せている今しかない。
期間限定なのだ。
そうと決まればと、私は異世界に降り立ち、様々なグルメを見て回った。時間の流れが違うので、しばらく異世界に滞在しても問題はない。
そもそも私を止める相手もいないのだ。
私は寂しさを紛らわせるために、様々な愛を求めた。甘い愛に、冷たい愛、熱々なところにかけられた愛に、苦みの利いた大人な愛。ちなみに愛(あい)のラストには素(す)が入るけど、これも愛だ。
「これこそ、真実の愛……素」
素晴らしい。素晴らしすぎる。
この愛があれば、もう何も怖くない――。
「おい」
「……何でしょう」
「お前が妊娠したという噂がな、国外まで聞こえてきたんだけどな?」
「あはははは。面白い噂ですね」
豚小屋で自由を満喫していた所に再び第二王子がやってきた。その顔は美しいのに凶悪に歪んでいる。
「いや。豚が嫌いなら、お城に帰っていいブヒよ?」
「てめぇ、また子豚に戻りやがって!! 馬鹿、本当に馬鹿!! そのお腹、何ヵ月だ!!」
「……ざっと、一ヵ月ぐらい?」
「一ヵ月で、何喰ったらそんなになるんだ?! ああ??」
「愛……素? いや。えっと。その。色々私の欠けているものを補おうと――」
「お前にかけてるのは自制心だ!! 浮気ものめ」
私の自由な時間は約一ヵ月で終わってしまった。可笑しい。三ヵ月ぐらい公務で外国に行かなければいけなかったんじゃなかったのか。
「いや、だって。一人になったら、私はやる事ないし。そうすると自然に……ね? 仕方がないの。皆が私を呼ぶのだもの」
「よし。分かった。今から一緒にハネムーンだ」
「は?」
「てめぇの最悪な噂を本当に変えてやる」
こうして凶悪な顔をした第二王子に追いかけられた子豚は必死に走り、いつしかベスト体重まで戻っただった。めでたしめでたし。
ちなみに、R18な運動があったのかどうかは、神のみぞ知る。
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