第3話 飛べない魔女はただのブートキャンプ中
「も、もうむりぃぃぃぃ」
「大丈夫。お前ならできる。さあ、勇気を出してあと一歩」
違う。私に足りないのは勇気じゃない。ちなみに、愛でも、希望でもない。体力だ。あと、アイスクリームだ。真っ白で冷たい神の食べ物だ。
体に溜まった熱がダラダラと心の涙となって、体中から吹き出す。暑い。辛い。死ぬ。
「こ、殺される」
婚約者に殺されかけて私は、絶望した。
世界を救うために婚約者である第二王子はここに居るはずなのに。何故、こんなひどい事をするのだろう。
「大丈夫だ。人間はこの程度じゃ死なない」
「嘘だ……。そもそも、当事者が死にそうだと言っているのに、ぜーはー、ぜーは。部外者に言われても、ぜーはー。ぜーは。説得力、ない」
「俺も同じことをしてるだろ?」
何をおかしな事を言っているんだと言う顔をしているが、はっきり言う。お前がおかしい。
異界のダイエット器具は者によっては低温火傷とかするし嫌だななんて、甘っちょろい事を言っていた時期もありました。はっきり言おう。低温火傷の方がマシだ。異界の文明の利器を今こそ使うべきだ。
ダイエットのコーチとなった第二王子はとにかく厳しかった。「後ちょっとだ」「お前ならできる」と応援しながら、とんでもないブートキャンプさせられた。
腕立て伏せに、スクワット。よく分からない筋トレが永遠に続く絶望。地獄はここにあった。
贅肉が悲鳴を上げる。私も悲鳴を上げる。
「それに今日は死なない為のスペシャリストをお呼びした」
「はぁい♡」
「嫌あぁぁぁぁぁぁ」
私はにこやかに手を振る、【癒しの魔女】を見て叫び声を上げた。素晴らしく美しい、第一王子のお嫁さんがどうしてこんな豚の近くにいるのだ。
私をこれ以上みじめにさせる気か。豚のお家でブヒブヒ言っていいのは豚だけだ。美女も美男もお呼びではない。
そして【癒しの魔女】がここに居る理由なんて碌なものじゃない。知ってる。彼女の異能は決して心優しき聖女が使うようなものではない。
馬車馬が力尽きても、また走り続けれるようにしてくれる、鬼教官な能力である事を。
「王子、もう。もう。駄目です」
私は第二王子が開催した、私だけの私の為の私専用ブートキャンプに強制参加させられ、命を燃やし尽くさんとしていた。
「らめぇぇぇぇぇ」と少しお色気を出して拒否しようとも、王子は止まらない。まあ、豚のお色気なんて、逆にイラッとするかもしれない。だとすると、私はとんでもない間違いをしてしまった。ああ、選択肢をもう一度選びなおしたい。……駄目だ、どのコマンドを選んでも、【予言の魔女】ではないのに、強制的にブートキャンプになる未来しかみえない。私とは真逆のアウトドア派王子には、インドア豚の気持ちが届かない。
大体、王子と違って、私は一枚多く肉布団を身に纏っているのだ。その為1℃周りより気温が高い。そんな中動けば、死にそうになるのは当たり前だ。
お願い気づいて。こんなダイエットは無茶すぎると。
「仕方がない」
「や、やっと休憩」
「【癒しの魔女】カモン」
ぱちりと鳴らされる指に私は絶望した。
「では、僭越ながら」
金色の髪の美女は一見はかなげだ。でも知っている。彼女もまたアウトドア派の鬼教官であると。豚が倒れても、動揺した様子一つない。
癒しの魔女が豚汁まみれる手を握れば、水分が抜けて少し縮んだ気がする豚の体がキラリと輝く。
そして輝くと、熱かった体温は下がり、ひぃひぃと上がっていた呼吸も普通に戻る。残ったのは豚汁まみれの子豚だ。
「よし、第二部やってみよう!」
「嫌ぁぁぁぁぁ。何でそんな体力がゴリラなの?!」
【癒しの魔女】の能力を一度も使っていないのに、同じだけ動いたはずの王子は相変わらず元気だ。
「公務から逃げるには体力が必要なんだよな」
「すっごいアホな理由ありがとう、体力ゴリラ王子。だからもう許して。豚はゴリラになれないの!!」
ゴリラじゃないから、豚は豚なのだ。
「死ぬ気で頑張れば、種は越えられるはずだ。さあ、勇気を出して一歩踏み出そう!!」
こうして今日も地獄のブートキャンプは続いていく。
その後、種が越えられたかどうかは、神のみぞ知る。
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