封印間際に彼氏だとカミングアウトした結果www

いとうその

封印間際に彼氏だとカミングアウトした結果www

 広い荒野の中で、自分より明らかに小さな少女の前に膝をついている男がいた。男は人の姿をしているが、背中には蝙蝠に似た翼を携えており、明らかに人とは別の生き物だった。


「ぐッ…」


「もう終わりか?」


 少女は男の前に剣を突きつける。威圧的な言葉に合わせて見下す視線。男は身体中に傷や出血が見られるが、この状況から少女によるものだと分かる。


「勇者よ…名はヒナギクと言ったな…たった1人で魔王たる俺を圧倒するとは…良くぞ…」


「そういうのいいから。もう終わりかって聞いてんの」


 自ら魔王と名乗る彼は、ヒナギクと呼んだ少女に称賛の言葉をかけるが、ヒナギク本人は聞く耳を持たない。


「随分高飛車な物言いだな…ああ、そうだ…俺に魔力は残ってない…お前の勝ちだ」


 男は魔王であり、少女は勇者であった。


 勇者ヒナギクは国より魔王討伐の命を受けて齢15の頃から旅をしていた。5年間の旅の中で魔王の情報は全く掴めなかったが、最近になって魔王自ら各国に姿を現し、世界征服を宣言した。


 姿すら掴めなかった魔王の情報が徐々に集まり、ヒナギクは遂に魔王を目前で捉えることが出来た。


 そして、世界をかけて雌雄を決した2人の激闘は、勇者の勝利で幕を閉じたのだ。


「あっそ。じゃあ、じっとしてなよ。このまま封印するから」


 ヒナギクは剣を鞘に収め、取り出した小瓶を地面に置く。両手を掲げると、小瓶は不思議な音を立てながら光りだす。


 動けなくなった魔王を小瓶を依代に封印する算段である。


「…封印だと?俺を殺さないのか?」


「殺しても復活するかもでしょ。それなら封印して管理した方がいい。安心して、私の封印魔法は発動したら私ですら解くことは出来ないから」


 魔族には特殊な方法でしか殺せない者もいる。ましてや魔族の王の生態など人間の予想もつかないものがあってもおかしくない。確実を取るには、殺すより封印する方が良いのだ。


「…なに?それは本当か?絶対に解けないのか?」


「そうだよ。しかも封印した小瓶は王都で厳重に保管する。アンタがこの世界に戻ってくることはないよ」


 ヒナギクは魔王にとって絶望的な言葉を放つ。しかし、魔王は首を横に振る。


「そうじゃない。お前は[発動したら]と言った。つまり発動して封印されるまでの時間はお前も干渉できないということだな?」


 何も魔法が発動した瞬間に封印される訳ではない。数秒かもしれないし、数分かもしれないが。魔法がヒナギクの手を離れることになる。普通だったら気にしないことであるが、魔王はわざわざ説明し直してヒナギクに再度確認する。


「え?そりゃそうだけど。発動したら抵抗出来ないことくらい分かるよね?」


「分かっている。そうか…言える時間が出来たな…」


 最後の部分は独り言のように小声だったためヒナギクは聞こえなかったが、ヒナギクから見ても分かるように、魔王は何か言いたげな表情を見せた。


「何か言った?」


「い、いや!あれだ!ざ、残念だなーって…封印は解けないのかーそうかー…」


 ヒナギクの問いに魔王は明らかに動揺していた。言葉遣いも違和感を感じる。


「なにそれ。最後の言葉がそれでいいの?魔王らしくないと思うけど」


「………」


「無視か。まあ、私には関係ないけど」


 可能であれば詮索したかったが、魔王が口をつぐむとヒナギクは面倒になりそれ以上の詮索はやめた。


 数分すると、小瓶から光の粒子が溢れるように出始め、徐々に魔王の周りを包む。


「はい発動完了。まだ少し時間掛かるけど、こうなったら私でも止められない」


「そうか…」


 魔王はまだ何か言いたげである。煮え切らない態度にヒナギクは少しのイラつきを感じた。


「…さっきからなんなの?気になるんだけど」


「い、いや…」


「今なら最期の言葉聞いてあげるよ。つっても壺渡したらすぐ人探しに国を出るから伝え回ったり出来ないけどね」


 ヒナギクの言葉に煮え切らない態度だった魔王は反応する。


「…人探し?」


 ヒナギクは「あー」と言って頭を掻いた。余計なことを言ったと気づいたのだろう。だが、別に話して損することではないし、これから魔王は封印されると思うと気が楽になり、先程まで敵として戦っていた相手にも関わらず、ヒナギクはそのまま素直に話すことにした。


「うん。一緒に旅してた人がいてね。その人…私の彼氏なんだけど、3年前に手紙だけ置いていなくなったから探さないと駄目なの」


「………」


 魔王はなんだか悲しそうにヒナギクの話を聞いていた。ヒナギクは話を続ける。


「魔王討伐の旅が終わったら結婚する話だったのにさ…ああー駄目だ。もう枯れたと思ったのに出てきた」


 ヒナギクの瞳から涙が垂れる。


「…その隈」


 魔王は、ヒナギクの目の下にあった隈を見つける。


「ああこれ?涙で化粧流れたか…寝る時間があったら彼探したくてさ…いなくなってから一睡もしてないんだよね。食事も殆ど摂ってない。身体の不具合は全部魔力で補ってる。化け物って蔑まれた魔力も初めて役に立った気がしたよ」


 通常、人間が3年間も睡眠を摂らずに生活するなどあり得ないが、彼女は自分の体内にある膨大な魔力でそれを可能にしていた。


「…そんなになるまで探したのだろ?諦めたらどうだ?」


 魔力で補っても身体が悲鳴を上げていることは変わりない。目の隈が証拠である。


「は?アンタに何が分かるの?」


 だが、魔王の言葉にヒナギクは怒りを表した。


「あーくんはね。家族ですら化け物呼ばわりしてた私に優しくしてくれた唯一の人なんだよ?魔王討伐が決まっても仲間が集まらない私を案じて一緒に旅に出てくれた。農家生まれで戦闘経験がないのに、私の負担を出来るだけ軽くしようと今まで持ったことのない剣を血豆が何度も潰れるまで振ってくれた。…それ以上あーくんを侮辱したら許さないから」


 先程までのサバサバした印象とは打って変わって声を荒げる。自分にとって「あーくん」と呼んだ恋人がどれだけ大切な人物であるかを熱弁する。


「そうか…諦める気はないのか…」


 魔王は更に悲しい顔をする。しかし、未だ怒りの収まらないヒナギクは魔王の表情に気づかない。


「うざいな、そう言ってんじゃん」


「…もう一度聞くが、この魔法は発動したらお前ですら解けないのか?」


「それもうざい。そうだって言ってる」


 封印の魔法は既に発動して、魔王を包んでいる。魔王はヒナギクに再度確認を取ると「そうか」とだけ言って大きく一呼吸してから言葉を続ける。


「じゃあ1つだけ伝えたいことがある…ヒナちゃん。もう俺のことは忘れて」


 ヒナギクを愛称で呼ぶと、魔王はヒナギクに今まで見せたことのない優しい顔で微笑む。


「は?…え?」


 ヒナギクは自分の目を疑う。魔王の全身から黒い霧が漏れるように発生すると、魔王は肌は褐色から白に、髪は白から黒に、翼もなくなり、全くの別人に変わる。


「…気が抜けたからかな…ギリギリの魔力で覆ってた変身も解けてしまったみたいだ」


 ヒナギクはその人物に見覚えがあった。


「あーくん…?嘘…」


 「あーくん」の愛称で呼ばれていたヒナギクの恋人。アーバンがそこにいたのだ。


 アーバンは気さくに笑う。


「姿だけだと確信できないよね。こういう時のために、2人だけの秘密の暗号作っといて良かった。[今日の晩御飯は2日前に狩った余りを使おう]」


「!…き、[キマイラの肉だね。でも私は3日前の余りがいいな]」


 アーバンの言葉に反応してヒナギクも言葉を続ける。


「[ドラゴンの肉か。じゃあバターで炒めよう]」


「う、嘘…本当にあーくんなの?」


 2人だけの暗号を言い終えると、ヒナギクはまるで夢でも見ているといた気持ちになる。


「まだ疑ってる?じゃあ出会った頃から話そうか?あれはヒナちゃんが3歳の頃。魔力が強すぎて子供を怪我させたって家を追い出された時。途方に暮れてるヒナちゃんを当時8歳だった俺が畑いじりの帰りに見つけて…」


 アーバンが丁寧に説明を始めると、焦ったようにヒナギクが話を遮る。


「し、信じる!信じるよ…今魔力感知したらあーくんの魔力に戻ってるし…」


 ヒナギクは魔王の魔力の気配から、懐かしの魔力に変化していることに気づいた。魔力の気配は十人十色であり、ヒナギクにとって見た目の変化よりも確信を持てるものだった。


「良かった。ヒナちゃんの魔力感知を騙せてたなんて俺もちょっとは強くなったみたいだね。ヒナちゃんには全然及ばないけど」


 アーバンが悪戯に成功したように無垢に笑うと、ヒナギクは口を手で覆って身を震わせる。


「…本当にあーくんなんだ。良かった…良かったよぉ…」


 先程の比ではない涙を流すヒナギクを見て、アーバンは悲しそうな顔をする。


「…泣かないでよ。もう会えなくなるんだ。俺まで悲しくなる」


 魔王であるアーバンはこれから封印される。既に封印魔法は発動しており、発動した本人のヒナギクですら止めることは出来ない。


「!?い、いやだ!折角また会えたのに…そんなの…そんなのって…!」


 ヒナギクも状況に気付き、焦りだす。


「本当は最後まで言わないつもりだったんだけど、ヒナちゃんがまだ俺を探してるって言うから…なんで魔王になってるのとか色々話したいけど、長話してると余計悲しくなっちゃうよね…とにかく、俺は封印される。もうヒナちゃんには会えない。ヒナちゃんは俺のことは忘れて、幸せに暮らしてほしい」


 ヒナギクは魔王を封印した後、アーバンを探す予定だった。だが、封印した魔王であるアーバンを見つけることは叶わない。ヒナギクの執着を見ると、いつまでも探し続けるだろう。アーバンはヒナギクの呪縛を解くために自ら名乗り出たのだ。


 アーバンが言い終わると、小瓶から出る光が鎖に形成され、アーバンを縛る。


「光が…」


「時間みたいだ」


 アーバンは小瓶に引き寄せられる。これから小瓶の中に封印されるのだろう。ヒナギクは必死に鎖を掴んでアーバンが引き寄せられないように抵抗する。


「いやだ!いや…お願い!あーくんを連れてかないで!あーくんがいないと私…私…!」


「ごめん…こうするしかなかったんだ…ごめんね」


 必死なヒナギクとは対照的にアーバンは悟ったように目を閉じる。


「あーくん!…あーくん!!!」






 ピピー!


「ん?」


 小瓶から機械的な音が聞こえてアーバンが目を開ける。


「あ、あれ?光が…」


 すると、ヒナギクが鎖に縛られている姿が目に映った。


「ちょ…なんでヒナちゃんまで縛られてるの?」


「な、なんか私も封印対象になったっぽい」


 封印魔法を理解しているヒナギクは状況を説明する。すると、今度はアーバンの方が焦り始める。


「え!?嘘嘘嘘嘘!今までの俺の苦労は!?」


「うわ…吸い込まれる」


 アーバンの焦りなど関係なく、ヒナギクは小瓶に引き寄せられて行く。


「ちょっと!抵抗して!ヒナちゃんなら抜け出せる!頑張って!」


「無理だよ。私の封印魔法だよ?抜け出せる訳ないよ」


 アーバンはヒナギクに声援を送るが、ヒナギク本人はほとんど無抵抗で引きずられて行く。


「こんな…こんなことって!こんなぁぁぁぁ!!!!!」


 そうして、2人は揃って小瓶の中に入って行ったのだった。



 真っ白な空間に2人は座っていた。地面すら白いため上下左右の感覚がおかしくなるが、とにかく座っていた。


「…あの…その…」


 さっきまでお互い今生の別れと言ったセンチメンタルな空気が流れていたのに、2人して封印されるという、言ってしまえば間抜けな結末になってしまった。アーバンも言葉が見つからずぎくしゃくしている。


「…んじゃいつ結婚する?」


「落ち着いて?」


「大丈夫。1割冗談だよ」


「ほとんど本気じゃん…ああもうなんでこうなったかなぁ」


 ヒナギクの言葉を皮切りにお互いが話し始める。


「ご、ごめんね?まさか発動中の魔法に物理的に割り込めるなんて思ってなかったから…我ながら自分の才能が怖いわ」


「こんな時に天才肌出さなくていいよ…これでヒナちゃんが自由になれたと思ったのに」


「え?」


 含みのある言葉にヒナギクは疑問を持つ。


「…もう隠す必要ないし全部話すよ…何から話すかな」


 それからアーバンはこれまでのことをヒナギクに全て話したのだった。


「なるほど…つまり」


 話を聞き終え、ヒナギクは息を整えると早口言葉のように話し始める。


「魔王は既に死んでいて、私達の国王は生まれつき魔力の高い私を国から追い出すために架空の魔王を倒す旅を命じていた。それに気づいた元魔王幹部はあーくんに先代魔王の力を与え、魔王になることによって私を煙のような魔王討伐から解放させるのを取引に、魔王がいなくなったことによって暴徒だらけと化した魔界を統治してくれないかと提案した。あーくんが選ばれたのは私の膨大な魔力を浴びても平気でいられることから魔王の魔力を注入しても耐えれると考えてのことだった。あーくんは魔王幹部の取引に応じて魔王になり、3年かけて魔界を統治することに成功した。目的を果たしたあーくんは世界に魔王が復活したことを伝えて存在を知らしめると、私を魔王討伐から解放するために潜在的に居場所を教え自ら殺される覚悟で私と今日戦った」


「ってことであってる?」


 言い終えるとスッキリしたような気持ちのいい顔でアーバンに確認を取る。


「すげー説明口調じゃん急にどうしたの?いや合ってるけどさ」


「うーん。ようはあれでしょ?全部私のために自分が犠牲になろうとしたんでしょ?」


 ヒナギクが更に要約すると、恥ずかしさからか、アーバンは頬を赤らめて目線を外した。


「…まあ、そうだけど」


「なるほど、好き。結婚しよう」


「怖い怖い。さっきからヒナちゃんどうしたの?いつもは奥手で子犬みたいだったじゃん。告白もその…俺の方からしたし」


 ヒナギクは友好関係の狭さから来るものなのか、奥手な性格だった。しかし今のヒナギクは一転して積極的である。


「…子犬も3年も放置されると発情するんだよ」


「ヒナちゃんの口から発情とか聞きたくなかった!」


「そうだ。私は3年も待ったんだ。甘えさせてよ!オラ!」


 3年間も会えなかった思いが今爆発しているのだろう。ヒナギクはアーバンに飛びかかる。勢いよく抱き着こうとしているのだ。


「ちょ!いきなり抱きつかないで…よ?」


 抱き着こうとしたが、お互いの身体がすり抜けてそれは叶わなかった。


「す…透ける…」


「…なんだか本当に封印されたって実感するな」


「そうだね…」


 まるで魂だけの存在であるように、お互いが封印されていることを再認識させられる。少し静寂が流れるとアーバンの口が開く。


「…ヒナちゃん…ごめ…」


「やったー!」


 アーバンは謝罪の言葉を述べようとしたが、ヒナギクは喜びを露わにする。


「ど、どうしたの?」


「だって大好きなあーくんと一緒にいられるんだよ?私にとってこれ以上の幸せはないよ」


 ヒナギクは機嫌よく身体が横に揺れる。


「元の世界には戻りたくないの?」


「元の世界って言い方はちょっと違うかな」


「え?」


「あのまま、あーくんだけ封印をされてたら、それはあーくんのいない世界でしょ?」


「………」


「そんなの私は耐えれないよ。死んだ方がマシかもしれない。それに比べて、今の私は自信を持って幸せだって言えるよ。あーくんがこんなに近くにいるんだもん」


 ヒナギクはアーバンに熱い想いを持っている。それは、アーバンもずっと前から分かっている。


 だが、アーバン本人は複雑な顔をしていた。


「…俺だって、ヒナちゃんと一緒にいたかった…ヒナちゃんと結婚して、小さな家を建てて、子供ができて…お爺さんお婆さんになっても仲良く暮らしたかった…」


 湧き出るように幸せな未来の想像を始める。


「けど、ヒナちゃんには他の人にはない力がある。みんな怖がるけど、俺は世界を幸せに出来る力だって思ってる。ヒナちゃんが自由になって、世界中を救ってくれることが俺の願いだったんだ…」


 しかし、ヒナギクを誰よりも近くで見たアーバンはその才能を広く使って欲しかった。ヒナギクの為ならば魔王になって命を絶つ程の覚悟を持っていた。アーバンは自分よりヒナギクのために行動していたのだ。


「…本気で言ってるの?」


 すると、アーバンの言葉にヒナギクは立ち上がる。急に立ち上がったヒナギクにアーバンは驚くが、ヒナギクは身を震わせながら言葉を続ける。


「勝手に決めないでよ!」


「ヒナちゃ…」


 心中穏やかでないヒナギクはアーバンの言葉を遮る。


「世界中が私を称えてもあーくんに頭なでなでされる方が嬉しい…世界中に褒美をもらってもあーくんの手作り料理の方が嬉しい…あーくんの考えは私を思ってのことだって分かる…でも!」


 涙を流しながらも、強く主張するように目を大きく開ける。声は既に震えていた。


「あーくんの考えには、あーくんの価値が考えられてない…」


 涙を見てアーバンはヒナギクの言葉の重みを感じた。アーバンは自身の犠牲によって、誰かが悲しむ事を考えてなかった。ヒナギクの為ならば自分のことなんてどうでも良かったが、よりによってそのヒナギクを悲しませてしまうことに気づかなかった。


「…そう…か」


 アーバンは力が抜けてカクンと頭を下げる。


「俺は村人Aで良かったんだ。ヒナちゃんのことが世界に知れ渡って、ヒナちゃんの故郷に訪れた旅人に国を紹介する役。ヒナちゃんが輝ければ俺はどうでも良かった…死んでもいいって思ってた…でも、もう少し欲張ってもいいのかな…」


 話終え、顔を上げてヒナギクの方を見るとつかえが取れたように気持ちの良い笑顔を見せた。


 ヒナギクは未だに涙が収まらず必死に手で拭っていた。しかし、ヒナギクもまた力が抜け膝から崩れ落ちる。


「私は欲張りだから、あーくんには旦那さんになって貰わないと困る」


「…厳しいなぁ…ヒナちゃんは」


 ヒナギクが声を出して泣き始めると、アーバンは申し訳なさ半分、嬉しさ半分で泣き止むのを待ち続けた。


 数分して、ヒナギクはようやく泣き止む。目の下も隈よりも涙によって赤く腫れていた。


「もう大丈夫。落ち着いた」


 鼻声になっているが落ち着きは取り戻している。


「良かった。この空間じゃ落ち着かせようにも背中もさすれないからどうしようかと思ってた」


 身体を触ろうにも透けるため、アーバンがヒナギクにしてやれることは見守るだけだった。


「にしても、まさか、あーくんがそんなに考えてるなんて思わなかった」


「そりゃ、ヒナちゃんのためなら…」


「まさか、老後のことまで考えてるなんて」


「そこなんだ」


 アーバンの熱弁は虚しく、ヒナギクはアーバンの話した幸せな未来が気になっていたようだ。


「どうする?封印が解けた時のためのシュミレーションでもする?」


「おままごとのこと?封印が解けるなんて気が遠くなるなぁ…何百年かかるか分かんないでしょ」


 この魔法はヒナギクすら解くことが出来ない。依代の小瓶は荒野にあるため厳重に保管されるとまではいかないが、それでも途方もない時間がかかることが想像される。


 アーバンはヒナギクを巻き込んでしまったことを再認識した。しかし、ヒナギクは気楽なままである。


「いや…案外…お」


「は?」


 すると、2人の身体が光出す。強い光に思わずアーバンが目を閉じる。



 アーバンが再び目を開けると、先程まで戦っていた荒野が目に映った。


「やっぱり。元々1人用で作った魔法だからオーバーフローすると思った」


 封印魔法は1人用であり、2人入るには定員オーバーだとヒナギクは考えていた。


「…あの…その…」


 アーバンはヒナギクに目を合わせれない。ヒナギクに説得され、自分の過ちに気づいた時にはもう遅く、封印されて二度目のセンチメンタルを味わっていたのにこんなに直ぐ封印が解けたのだ。自分が滑稽にすら感じている。


「…んじゃ家はどこに建てる?」


「………ビーフシチューの美味しい店があったよね?あそこの近くに建てたいな」


 この後、2人は幸せに暮らした。

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