第11話 珈琲とドーナツを食べる

「美味しい珈琲と美味しいお菓子、この2つがあれば最高の時間を過ごせる」


市街の駅ナカにあるドーナツ屋のカウンター席で、カフェオレとチョコがけのフレンチクルーラーを並べて友人の村山弥生はそう語った。彼女は目に見えて疲れており、ヒールパンプスを履いた足を空中でブラブラとさせている。

それもそのハズ、私達は朝から市街に乗り込んで映画鑑賞をし、それから昼下がりの今に至るまで市街中を歩き回りヘトヘトに疲れていたのだ。

ファッション雑貨から生活用品まで様々揃った駅ビル、各階で物産展などのフェアを催しているデパート、それらを繋ぐ長いアーケード、全てを隈無く歩き回った。私も疲れているが、それよりヒールパンプスを履いていた村山はもっと疲れていることだろう。


「珈琲を楽しむ間はスマホやテレビを見ない。余計な情報を取り入れず、香りと味だけに集中するの」


村山の話に私は「自分はいつも逆だな」と思った。家で茶や珈琲を嗜まないことは無いが、嗜んでいる最中にスマホを開いて仕事である記事の執筆なり趣味のツイッターなりGoogleのディスカバーなりを見てしまう。ちなみに最近よくディスカバーに表示されるのは人気輸入食材店のオススメベスト10だ。

しかしスマホを見ずに珈琲を飲むのも悪くない。ちょうどドーナツ屋に入ってからずっとスマホをミニバッグに入れていたので、今回はスマホを取り出さずに珈琲とドーナツに集中することにして、私は机上のカフェオレとグレーズがけのオールドファッションに向き直った。


「ちなみにこのカフェオレ、カフェインレスなんだ。後口に変な苦味が残らなくて良い」


なるほど、と村山の説明を聞いてからカフェオレを1口飲んでみる。パッと飲んだだけでは普通のカフェオレと大差無く感じるが、確かに後口は普通のカフェオレに比べて苦味が弱く飲みやすい。

続けてグレーズがけのオールドファッションを1口齧る。しっかりした見た目のくせに口の中ではホロホロと解け、一緒にグレーズが溶け出して口の中が甘さで包まれる。そこへカフェオレをもう1口飲んで口の中をリセット。何だかすごく、良い。

ふと、私は自分の真正面に目を向けた。カウンター席は店の窓に面しており、座ると駅ナカを行き交う人々の姿が見える。仕事なのか早歩きで人波を抜ける女性、駅ビルへ遊びに来た学生らしき少年達の集団、家族連れ…と人間社会が詰まりに詰まった風景をぼんやりと眺めてから、またドーナツを食べてカフェオレを飲み、ホーッと息をついた。


「黒牟田君、わかりみ?」


「すごくわかりみ」


「私は仕事の前とか、1人で出かけた時にもやってるよ」


「あぁー、俺もやろう」


あと1時間くらい、こうしていたいなぁ。そう思いつつも私達は10分程度でドーナツも珈琲も平らげ、ついでに同居人へのお土産を買って店を後にするのだった。




その日の夜、仕事でヘトヘトの身体をソファに横たえYouTubeを見ていた同居人の秋沢圭佑に珈琲とグレーズがけのドーナツを出してみた。


「え、やば何〜!?ありがとう!めっちゃ感動した〜!」


秋沢は大きな丸い瞳を潤ませ、ドーナツと珈琲を食べ始めた。その間ソファに放置していたスマホには、人の耳の穴から大きな耳垢を取り出す動画が表示されており、私は「これを見た後でよく食べ物を食えるな」と思ったのだった。

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