第10話 チョコレートを食べる

バレンタインデーが好きだ。

正確に言うとバレンタインデーに向けて商業施設に設けられた特設会場が好きだ。普段お目にかからない宝石のようなチョコレートがショーケースに所狭しと並ぶのを見るのも楽しければ、その中から気になるものを1つ選んで購入し食べるのも楽しい。

例え買えなかったとしても実家の母親から毎年チョコが送られてくるし、ライターとしての契約を結んでいる出版社に乗り込めば女性職員がチョコをくれるので嬉しい(翌月に私も何か返さなければならないが)。

とにかくバレンタインデーは良い日だ。




そういうわけで、今年もデパートのバレンタイン特設会場に乗り込み、どこぞの高級ホテルの名前が入った9個入り1200円のチョコアソートを買ってきた。その選考基準は【特別感】と【お手頃さ】。バレンタインデーなのでその時期にしか出回らない特別なチョコを頂きたいが、残念ながら庶民の味覚しか持ち合わせていないので高すぎる物を買っても豚に真珠でしかない。だから特別でありながらお手頃の物を買うのだ。


こうして自分用のバレンタインチョコを確保し帰宅すると、居間のソファに秋沢がドッシリと腰掛け、テーブルの上をじっと見つめていた。そこにあるのは、かの有名な惑星の形をしたホワイトチョコ。


「あっ、おかえり初郎君!」


私の帰宅に気づいた秋沢が立ち上がる。テーブルに置いていた惑星チョコを持って。


「あの、初郎君に食べてほしいチョコがあったのね。ホラ毎年これ綺麗だって言ってんじゃん?そんで結局買わないでいるけど、でも気になるものは1回食べておいた方が良いよ。人生1回だけだしさ、話のタネにもなるしさ」


照れ臭そうにしながら惑星チョコを差し出してくる秋沢。何やら耳を赤くして言い訳がましく色々言っているが、恐らくこれは彼からのバレンタインチョコ、所謂"友チョコ"という奴なのだろう。

そうすると、私が取るべき行動は─


「あ、ありがとう。実はこれ、君に…」


自分の為に買ってきたチョコを、私は秋沢に渡した。




チョコを交換してすぐ、私は2人分のブラックコーヒーを淹れた。自分が食べるハズのものが手を離れたことは、実はあまり不満ではない。別の特別なチョコを貰えたし、何より秋沢が私の為だけにチョコを選んでくれたのが嬉しくてたまらなかった。

そうして2人並んでソファに座り、お互いに貰ったチョコを口に運んだ。秋沢がくれた惑星チョコはホワイトチョコ独特の臭みが無く、口の中でチョコが溶ける度に濃厚ながら上品な甘味が広がる。そしてチョコが溶けきる前にコーヒーを流し込むと、熱々で苦いコーヒーの中に残りのチョコが溶け込んでうっすらと甘い。

これぞ至福の時。温まる身体にホッとしソファの背もたれにもたれかかったところで、秋沢から袖を引っ張られた。


「1個トレードしない?」


そう言って彼から、ミルクチョコで斜めに線を引かれた四角形のスイートチョコを渡された。食べてみると中にヘーゼルナッツ味の柔らかいガナッシュが入っていた。




後日、秋沢が小さな紙袋を提げて仕事から帰ってきた。中には会社で女性社員から貰ったというチョコが3つも4つも入っていたので、来月一緒にお返しを買いに行こうと約束した。

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