第9話 イチゴ飴を食べる

自分で言うのも難だが、私はそこそこ強面である。眉毛は20代の頃に患った抜毛症が元で無くなっており、またツリ目気味で三白眼なので目つきがかなり鋭く見える。しかも身長が183cmと平均身長より高めなので、道を歩いていると老若男女から2度見ぐらいされるし軽く避けられる。




しかし2020年9月半ばのある日、市街に出ていた私は珍しく道ゆくギャルから熱い視線を送られていた。それというのも市街に入る2時間前、私は5〜6年程保っている長めのツーブロックアシメをケアしてもらおうと入った美容室で、オーナーである細木という男の思いつきにより自分でも感動する程の美男子にされていたのだ。

まず乾燥気味の肌は何やら沢山塗りたくられてツヤ感を手に入れた。しかもシェーディングやらハイライトとかいう技術で顎のラインや鼻に立体感を出された。さらに言えば無くなっていた眉毛は描くことで甦り、ただ鋭いだけの目はアイシャドウとアイライナーで力強くなった。こうして私はアイドル顔負けの美貌を手に入れたのだ。


「う〜ん、抜群の完成度!これから予約無いから店閉めて見せびらかしに行こ〜!」


店を経営する者としてどうかと思う発言に呆れながらも、私は細木とアシスタントの純也君に連れられるがまま市街へと躍り出た。そうして今までにほぼ送られることの無かった視線を四方八方から浴びることとなったのだ。


電車で14分かけて市街の駅へと降り立ち、細木に誘導されるがまま駅を出るまでに沢山の視線を浴びた。「え?」という声も沢山聞いた。何に「え?」と言っているのかと辺りを見回すと細木から「アンタだよ」と笑いながら言われてしまった。人間、驚きを口にすると悲鳴よりも「え?」が先に出るらしい。

しかしあまりにも「え?」の声を浴びすぎると、こちらとしてもソワソワしてしまう。着てきた服が変じゃないか、せっかくしてもらった化粧がよれてないかなど確認していると、純也君が私の肩を叩いてこう言った。


「イケメンって何着ても『そういうファッション』で済ませてもらえるんですよ」


純也君の瞳には曇り1つ無かった。




駅前にはロータリーを囲むように様々な店が並んでいる。その殆どは居酒屋だが、中には老舗の花屋やオフィス用品専用の文具屋などが紛れている。

そんな中にいつからあるのか、フルーツパーラーを名乗る店ができていた。純也君はその店を見つけるなりアッと声を上げ、細木と私を置いて店の中へと駆け込んでいった。

何だアイツはと2人して呆然としながら待つこと5〜6分。いそいそと店から出てきた純也君の手に、3本の赤い棒。よくよく近づいてみれば串刺しにした4つのイチゴをテラテラの飴でコーティングした物体─イチゴ飴だ。


「食べながら歩きましょう!今の初郎さんがコレ持ってたらビジュアル強いですよ!」


遊んでんのか。疑心暗鬼で串を受け取れない私に細木が笑いながら


「トレンド押さえてんじゃん!ギャハハハハハ!」


ナメくさっとんか。疑いの目を向けつつもとりあえずイチゴ飴を受け取り、細木のスマホでスリーショットを撮ってから私達は駅前の通りを抜けた先にあるアーケード街へ歩き出した。すれ違ったギャル達が「え?」と囁き合った後、フルーツパーラーに駆け込んでいくのが見えたので純也君達の言うこともあながち間違いではないのかもと思った。

それはそうと、飴のコーティングされた果物とは何年ぶりだろうか。多分幼い頃にリンゴ飴を食べて、その固さに心が折れたのが最初で最後だと思うが。

ふっと甦った思い出からイチゴ飴への抵抗が生まれるのを感じつつ赤くて可愛らしい粒を1つ齧り、思わず「ん〜!」と裏声を上げてしまった。

固くてパキパキする甘い飴を噛み砕くごとに、柔らかくて甘酸っぱいイチゴがじゅわっと出てきて非常に美味い。飴をコーティングすることで逆にフルーツのジューシーさが際立っている。初めての食感だ。リンゴ飴より遥かに食べやすい。


「ね〜これ美味いんだけど!」


細木の胴を肘で突きながら声をかけると、細木と純也君も同じ感動を味わっていたらしく、2人とも蕩けた顔で「ねー!」と返してきた。


「これシャインマスカットもあったんですよ!」


「マジで!?高いんじゃない!?」


「4粒で400円です!高いけど4粒あれば十分満足ですし、400円でシャインマスカット食えると思ったらお得じゃないですか!?」


「わかりみ〜!ギャハハハハハ」


じゃあ次にフルーツパーラーへ行った時ははシャインマスカットを買おう。そう約束して、私達はあっという間にイチゴ飴を平らげた。その間に何組かの老若男女から「イチゴ飴どこ売ってるっけ?」「食べる?」という声が聞かれた気がした。

ちなみにこの後、残った串を捨てる為のゴミ箱を探すのに我々は苦労した。市街はゴミ箱が少ないのだ。




帰宅後、家事を終えてうたた寝していた矢先に、同居人の秋沢が仕事から帰ってきた。私は化粧をしているのを忘れており、いつになく緊張した様子で接してくる秋沢に気味の悪さを覚えたのだった。

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