第7話 参鶏湯を食べる
「参鶏湯食べに行こうぜ」
そう言って仕事仲間の木村総司が行きつけの韓国料理屋に連れて行ってくれたのは、確か2019年の初め頃。同居人の秋沢圭佑が会社の飲み会に行ってしまったので、夕飯を簡単にラーメンなどで済ませようと考えていた矢先のことだった。
木村とはライターとしての契約をしている出版社の紹介で知り合って以来、度々私をオススメの飲食店に連れて行ってくれる。件の韓国料理屋もオススメのうちの1つで、過去に2回程連れて行ってもらったことがあり、その時はチヂミやトッポギ等のポピュラーな料理を食べさせて貰った。しかし参鶏湯はメニューでその名を見ておきながらずっと手を出して来なかった。何なら似た名前のサムギョプサルと混同していた。
私はハッキリと区別をつける良い機会だと意気込み、木村氏と共に店の暖簾をくぐった。
参鶏湯は出来上がりまでに1時間かかるとのことだったので、私達はツナギとしてチヂミとヤンニョムチキンを食べた。チヂミは外側がカリカリと、内側がモチモチとしていて美味しい。私は時折家でチヂミを作るが、こうまでカリカリには仕上がらない。プロのなせる技といったところか。タレの酸味も丁度良い。ヤンニョムチキンはこの日初めて食べたが、甘辛ダレと銘打たれた真っ赤なタレが非常に辛く、思わず木村を殴りそうになった。「拳!拳が上がってるよ!」と青ざめた顔で指摘された為に未遂で終わったが。
ツナギの2品を食べ終わったところで、ようやく参鶏湯が運ばれてきた。石鍋の中でグツグツと滾る白濁のスープに、漫画で見るような丸鶏が浸かっている。そのインパクトに満ちたビジュアルに私は思わず「すっっっげ」と感嘆しつつ写真を撮った。
「黒牟田君、参鶏湯は初めてだっけ?」
「サムギョプサルと混同してました」
「似ても似つかねぇ」
そりゃ現物はねと木村に返してスマホを収め、私は備え付けの鍋用レンゲを使って取り皿にスープを移し、1口啜ってみてハイハイと頷いた。味について私は水炊きのようやものを想像していたが、それより遥かに優しくてコクがあり、にんにくや生姜の風味もある。いかにも薬膳料理といった味だ。鶏肉はホロホロとしていて、箸とスプーンを使えば簡単にほぐれてくれる。食べるとジューシーで美味い。
「これ良いなぁ」
「良いだろ?これは滋養強壮の効果があるから夏は夏バテに効くし、また高麗人参や棗、にんにくとか血行促進を促す食材が詰まってるから冬には身体を温められる、薬膳中の薬膳だよ!」
木村の少しばかりくどい説明を半分聞き流しつつ鶏肉を解体すると、胴体から白い粒やら茶色い果実やら色々溢れ出してきた。
「なんかいっぱい出てきた」
「今半分ぐらい言ったよ!?高麗人参!棗!にんにく!あと栗とかもち米とか出てきてんの!」
「ごめーん聞いてなかった」と正直に申告してから、スープの染み込んだもち米をレンゲですくい取り取り皿に移す。そしてまるで鶏雑炊だと思いながら取り皿を見つめていると、突如取り皿の中に大ぶりの棗が飛び込んできた。
「棗そんなに好きじゃないんだよね。あげる」
木村から押しつけられたものだった。食べてみたらレーズンのように甘かったが、意外にもスープの邪魔にはならなかった。
それから鶏肉を解体しつつ参鶏湯を食べ進め、石鍋の中が鶏の骨だけになった頃、私の身体はポカポカと温かくなり背中が汗ばんできた。木村も額に汗をかきながら「ホットク食べようかなぁ」とメニューを睨んでいる。
「どうする?黒牟田君ホットク食べる?」
「いやぁもうお腹いっぱいなんで」
「そっか、じゃあお会計だ」
木村が伝票を持って立ち上がる。「ゴチです」と言ってみたら「悪いけど今日は割り勘で頼む」と真剣な表情で言われた。
冗談だったのにと笑いながら木村氏にくっついてレジに行き、店主の女性から呈示された値段を聞いて変な声を上げてしまった。
「3800円になります」
何故だ、3品しか注文していないのに。伝票に目を向ける。
ニラチヂミ…800円
ヤンニョムチキン…500円
参鶏湯…2500円
「にしぇんごひゃく…」
「そら丸鶏一羽入ってるし手間もかなりかかってるからね…だから君と割り勘しようと思って来たんだよ」
次は3人以上で食べに来た方が良いと思う。そう訴えながら、私はなけなしの1900円を木村に渡した。
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