第4話 高級食パンを食べる

買ってしまった、ああ買ってしまった。そう言いながら同居人の秋沢が玄関先で小躍りする。その手には紙袋。白地に達筆な筆文字で店名が書かれた紙袋。昨今各地に進出している高級食パン屋群のものだ。

高級食パンというと柔らかい耳ともちふわの生地、口に広がる甘味の強さが特徴で、私も友人からお裾分けで頂いた際にそのふわふわ甘々具合に感動したものだ。ただその名の通りなかなかお高い品物で、基本1本単位での販売で864円。つまり1斤432円となり、パン屋さんでちょっと良い食パンを買うよりも倍近くしてしまうのでなかなか手が出せない。あと1本はちょっと多い。

そういうわけで今まで買うことを避けてきた高級食パンを、秋沢の奴は買ってきたのだ。


「話のタネにさ、食べてみようよ」


ウキウキしながら家に入ってくる秋沢から紙袋を受け取り、早速切ってやろうと包丁を取り出す。直後、秋沢から「待ってー!」とご近所さんに響きそうな程の音量で叫ばれた。


「切らないで!待って!すぐ手ェ洗うから!」


そう言って秋沢は台所で手洗いとうがいを済ませると、紙袋に手を突っ込んだ。そしてデケデケデケデケという口頭ドラムロールと共に掲げられた高級食パンの、丸々1本という豪奢なお姿に私は思わず感嘆の声を上げた。


「TVでしか見たことない姿だぁ…!」


「元気な食パンですよー」


秋沢の手から私の手に食パンが渡る。食パンはズッシリと重く、これが864円の重みかと感動していたら秋沢から「返せ」と食パンを奪われてしまった。


「返せってお前、包丁を持ってるのは俺だぞ」


「丸々1本の食パンにはやっておくべき通過儀礼ってもんがあるだろ」


通過儀礼とは。困惑する私の前で、秋沢が食パンの中心部を両手で掴み、徐に割ってみせた。白く柔らかいクラムが露出し、ほんのりと小麦の香りが漂ってくる。

なるほど、これが通過儀礼。確かにこれだけ大きな食パンなら一度は手で割ってみなければなるまい。よくぞ思いついた。感動しつつ私は真っ二つに割られた食パンを受け取り、包丁で切ってみせた。勿論厚切りで。

そうして切れた食パンの1枚を2人で半分ずつ分け、1口齧ってみた。耳が非常に柔らかく、クリームっぽい甘味が感じられる。


「美味ーい!」


「美味いでしょ!?生のままイケるでしょ!?」


ウンウンと頷きながら食べ勧めていたところで、私はふと思い立ち冷蔵庫からホイップクリームを取り出した。無性にホイップクリームが舐めたくなって買った品だが、きっとこの食パンに合うハズ。

「コラボレイション」などと言いながら私の分と秋沢の分、それぞれにホイップクリームをかけて、クリームまみれの食パンを齧ってみる。コラボレイション成功。食パンとホイップクリームの相性の良さを見せつけられた。


「どうしようこの食べ方1番美味いかも…1本全部これにしていい?」


感動に打ち震えながら尋ねる私に秋沢がチッチッチッと人差し指を振りながら、紙袋に添えられていた紙を取り出した。そこに書かれていたのは日数ごとの食べ方。


その壱、買ったその日は生でそのまま。


その弐、それ以降は焼くと美味しく召し上がれます。


「兄貴ィ、食パンにトーストは欠かせねえだろぉ…鍋の締めにちゃんぽん麺ぐらい欠かせねえだろぉ…」


「誰がちゃんぽん麺なんぞ入れよんかぁ…鍋の締めにはちぢれの乾麺じゃろおがぁ…」


「ちゃんぽん麺!」


「ちぢれの乾麺!」


私達は食パンそっちのけで相撲を始めた。




翌朝、私達は痛む腰をお互いに労りながらバタートーストを食べるのだった。

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