第3話 ハイボールを飲む

馴染みの出版社に小説の原稿を持ち込んだら却下された。理由は「頭からお尻までエドワード・ゴーリーのパクリだから」。名字の頭文字につくアルファベット順に、男子高校生が酷い目に遭っていくという凄惨な短編なのだが、どうやらエドワード・ゴーリーとかいうどこぞの作家が先に書いていたようだ。

ほんのりとショックを受けたが、しかしヘコんでいたって仕方無い。新しい話を書かねばならぬ。心機一転し出版社を出たところで、同じ街の中にある酒類販売業者で営業主任を務めている同居人の秋沢某と出くわした。時間休消化の為に定時よりも少し早く退勤した彼は、事前に私が伝えていた持ち込みの時間の最中に退勤したことに気づき「じゃあ一緒に帰ろう」と出版社まで足を運び、私が出てくるまで待っていたらしい。


「持ち込みどうだった?」


「駄目でした。何世代も前の作家とネタ被りしました」


「えー世知辛」


広い世の中だしネタ被りとか探せばゴロゴロ出てくんじゃないの。そうぶーたれる秋沢を「おやめなさい」と制止し、私はスーパーへ買い物に行こうと提案した。明日以降の食糧を買い揃えておきたいと思ったのだ。




秋沢と電車に乗って地元の駅に降り立ち、自宅付近のスーパーへ乗り込む。私がカゴを持つ担当で、秋沢が商品を吟味する担当。カートを押すよりもカゴを直に持った方がダイレクトに重みが伝わるので、衝動買いを避けやすいというウチの両親の持論だ。

2人で野菜コーナー、肉コーナーと回り目欲しい物を買い物カゴに入れていく。そして酒コーナーに差し掛かったところで、私はふとハニーウイスキーという存在を思い出した。蜂蜜が含まれた甘いウイスキーで、6〜7年前に複数のウイスキーブランドが販売して人気を博していたものだ。

久し振りにあの甘いウイスキーが飲みたいなぁと棚を見回し、そして気づいた。ハニーウイスキーがどこにも無い。名前の頭に『ト』がつくブランドのハニーウイスキーならどこに行っても見かけたのに。私は棚を見回しつつ秋沢に尋ねた。すると秋沢が言いにくそうにこう答えた。


「…トがつく奴はもう売られてないよ」


私は目を剥き、それから顔をしかめた。しかめにしかめた。秋沢からは「持ち込みであんまりヘコまなかったクセにハニーが無いだけでヘコむの…?」と引かれてしまった。


結局普通のウイスキーの中で1番安いブランドの小瓶を買い、私達は帰途についた。


家について手洗いとうがいをした後、買った物を整理していると秋沢がウイスキーを冷蔵庫に入れた。


「ウイスキーって冷蔵だっけ?」


「まあ後で説明するから。ホラ冷蔵庫に直すもの貸して」


秋沢に促され、冷蔵庫に仕舞う物をまとめて渡しておいた。私は常温の物を整理した。




買った物の整理が終わった後、朝から干していた洗濯物を片付けたりワチャワチャとしていたらあっという間に夜になった。夕飯は簡単にしようとニラと豚コマの醤油炒めを作っていたら、隣で秋沢が2人分のグラスに氷を入れ、箸でグルグルとかき回し始めた。グラスを冷やしているらしい。

グラスを冷やし終わると、中にキンキンに冷えたウイスキーと炭酸水を注いだ。それからレモン汁を数滴垂らし「出来上がり」と言った。


「もしかしてそれハイボールじゃないすか」


ニラ豚炒めを皿に盛りながら訊くと秋沢は「うん」と満面に笑みを浮かべて答えた。

ハイボールはウイスキーを炭酸で割ってちょっとレモンの匂いやら風味やらを効かせた人気の酒だが、私自身は美味しいと思ったことが無い。味が無い気がする。

とりあえず秋沢の前では美味しいと言っておこうと半ば残酷な判断をして食事の準備を終え、食べ始めた。まずニラ豚炒めを1口食べて、それからハイボールを1口。


「あれ、うま!」


美味しいと思えなかったハズのハイボールがやたら美味い。ウイスキーの独特な甘みはしっかりするのにやたらと爽やかで、ニラ豚炒めの脂が流されていくようだ。いったい秋沢はどんな魔法をかけたのかとハイボールを何度も味わいつつ考えたが、隣で見ていた限り秋沢は居酒屋等で見られるようなごくごく大衆向けの作り方をしており変わったことは何も無かった。本人に訊いても照れ臭そうに「普通に作っただけだよ」と返すのみ。

しかし何かあるハズだ。ずっとハイボールを美味しいと感じなかったハズの私が美味しいと感じられる程の何かが。"何か"を確かめようとハイボールをチビチビ啜っていたら、見かねた秋沢が「本当に普通に作っただけだって」と呆れ気味に言った。


「ほんとぉ?僕ホントはハイボール好きじゃなかったのに、こんなに美味しく飲めてるんだよ?」


「ハイボールの美味しさがわかる歳になったんでしょ!」


私はハニーウイスキーの件に続き再び目を剥いた。何だか自分の加齢を突きつけられた気がしたのだ。

そうか、もうすぐ30歳も半ばかぁ。将来への不安に苛まれ出した私は、暫くのあいだ秋沢から「何かあったら養うから」と宥められるのであった。

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