第145話

明達の前に現れた、警官達。

タイミングが良すぎる登場に、明は不審に思う。



145



「残りの前歯、全部へし折ってやるからよ」


そこで明は足を止めてニヤリと口を歪ませ、雛山に銃を突きつけている男を煽った。

しかし明は枇杷を見ていない。

枇杷の後ろ、じりじりと間合いを詰めている男に視線を向けていた。

レストランへ通じる出口に背を向けている枇杷と雛山は、気づいていないだろう。

明がそう仕向けていたからだ。

背後から忍び寄る竜一の存在を枇杷に感づかせない為に、わざと相手の気持ちを揉み立てた。

とは言うものの竜一が雛山を助ける前に、枇杷が銃を撃ってしまえば・・・それで終わり。

だが明には、枇杷がそう簡単に銃をぶっ放せないと確信があった。


性犯罪は犯しても、被害者が警察署に駆け込まれなきゃ警察は動かない。

しかし殺人となれば、話は別。

被害者は口を封じられるが、親しい人間が多ければ多いほど厄介になる。

ここに雛山だけではなく、雛山を助けに来た明や白田も居る。

3人の人間が一同に行方不明になれば、騒ぐ人間も多く警察も動き出すだろう。

それにレストランで喚いていた竜一の存在も脅威となって、枇杷は引金を引けない。

まぁそれも・・・・枇杷が怒りMAXになりリミッターを外さなければの話。


竜一が枇杷の首根っこを掴み、雛山から引き剥がしたところで・・・・枇杷のリミッターは外れたようだ。

盛大に尻もちをつき壁に背中を打ち付けた枇杷は、怒り心頭になり銃口を雛山に向ける。

それに気がついた竜一は、咄嗟に雛山の体に覆いかぶさり自ら防弾と化した。

明はハッと息を飲み、枇杷を止めようと足を踏み出す。

だがそれよりも早く、明の顔の横をかすめて何かが飛んで行った。


ガン!!


折りたたみ傘がクルクルと回転して、枇杷の手元に当たる。

その反動で手から放れた拳銃は、オレンジ色の折りたたみ傘と一緒に床の上を転がっていった。

明は傘が飛んで来た方向に振り返る。

そこには伸ばした右手を宙に浮かせていた、白田が居た。


「でかした」


サッカーだけじゃなく、野球も出来るとは・・・・コントロール抜群の恋人を明は褒め称えた。

それが嬉しかったのか、白田は嬉しそうに明の方へと歩み寄ってくる。

それは呼んだら控えめにしっぽを振って寄ってくるモエと被って見え、明は思わず笑いを漏らす。


「やるじゃね〜か」


明は隣に並んだ白田の肩をパシンと叩いた。

少々力がこもってしまったが、本人は顔を顰めるどころかどこか誇らしく輝いている。


「くしょぉ〜〜、くしょぉ〜〜」


前歯が折れ空気が抜けた言葉を繰り返す枇杷の声が、廊下に響く。

そんな時、大勢の人達が絨毯を踏みしめる音が明の耳に届いた。

いつの間にか開いていた、隠し扉の方へと視線を向ける。

そこには制服姿の男達が、こちらに向かってぞろぞろと行進していた。

枇杷はそれに全く気が付かず、遠く離れた場所に転がっている拳銃を取ろうと、四つん這いになって前へ進む。


「なぁ竜一、お前か?」


明は通報したのはお前か?と竜一に問いかけるも、頭の中ではありえないと解っていた。


「俺じゃない」


解りきった男の返事に「だよな」とつぶやく。

こんなに早く警官が動くはずもないし、誰かが通報しても2人の警察官が来る程度だ。

電話で竜一が「外の様子がおかしい」と言ったのは、こういう事だったのかと理解した。

てっきりお仲間が来たのかと思ったが・・・まるで狙ったかのような警察の登場。

正直、助かったと素直に喜べない。


「明・・あれって・・・」


耳元で白田が囁く。


「・・・・あぁ・・・」


白田の言いたいことが解った明は、制服の警官達と一緒に居る、私服の青年に目を釘付けになる。

サラサラの黒髪に、銀縁眼鏡を掛けた青年。

雰囲気は違うが・・・・知っている人間だ。

枇杷の伸ばした手が拳銃に届きそうになった時、青年はその手を踏みつけた。


「もう終わりだよ」


男の手を踏んだまま身をかがめて、静かな口調で言葉を続ける。


「君も、君の部下ももう終わり。それに頭ももう捕まったから、東源組ももう終わり」


青年の言葉に枇杷が言葉にならない叫びを上げたと同時に、制服の警官達は慌ただしく動き出した。

これで枇杷も、留置場行きが決定した。


「おいっ大丈夫か!?」


竜一の焦った声。

警官が来たことで雛山は安心したのか、その場に座り込んでしまった。


「腰が・・・抜けました・・」


覇気がない声でそう口にする雛山に、竜一は隣にしゃがみこみ「よく頑張ったな」と青年の髪をくしゃくしゃと撫でる。

そんな中、明と白田の側に1人の年配の男が近寄ってきた。


「君達・・・・ここまで首を突っ込むなんてね」


「エバラさん」


呆れた様な表情の男に、白田は苦笑して相手の名前を呼んだ。

以前、フスカルの上のスナックで会った刑事だ。

2丁目の闇に関しては、警察は動かないと言っていたが・・・・どうやら、影で動いていたようだ。


「不本意だ。もっと簡単に片付くと思ったけどよ・・・・まさか、レストランの隠し部屋に拉致られるとは思わなかった」


元々やくざに喧嘩を売る気は無かった。

だが雛山を拉致られて、仕方がなくだ。

警察が踏み込んでこなかったら、自分たちの命は無かっただろうし、助かったとしても・・・今後どんな脅しを掛けられるかも解らない。

まぁ脅されたら、こっちも死ぬ気で抵抗するつもりではあった・・・倖田とフローラの権力を使って・・・。


「ピヨちゃん、怪我はない?」


いつの間にか地べたに座り込んでいる雛山の前に、青年が目線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。


「え・・・と」


枇杷は話しかけてきた相手が誰だか解っていないのだろう、首を傾げて相手をまじまじと見ている。


「巻き込んでしまって、ごめんね。君を囮にしないと、ここが突き止められなかったんだ」


「え・・・もしかして、林檎さん?」


ここでやっと相手が誰だか解った雛山。

それでも信じられないと、まじまじと林檎を見ていた。

いつもの派手な金髪ではない上に、耳や鼻、唇のピアスも取り外されていた。

それに銀縁フレームの眼鏡が、以前の林檎とはかけ離れた知的な人種にカモフラージュしている。


「おいっ。囮って、どういう事だよ」


林檎の言葉に反応した竜一は、林檎の胸ぐらを掴み無理やりに立たせた。

これには明も聞き捨てならないと、3人の元へ歩み寄る。


「こいつをここに来るように、けしかけたのはあんたかよ!」


「亀田さん、暴力は駄目」


雛山は慌てて、竜一のズボンを掴み引っ張る。


「こいつがどんな怖い目にあったと思ってんだ!犯罪者捕まえる為なら、何だってしていいと思ってんのかよ!!」


「・・・・・・」


何も言えねぇ・・・。

明も林檎に文句を言ってやろうと思うも、竜一が言いたいことを全て言ってしまう。


「これだから、サツは信用できねぇ〜んだよ!!」


それは主観だろうが、明も同意見とばかりにウンウンと頷く。


「放せ!!放しやがれ!!」


明の後方から、威勢のいい男2人の怒鳴り声が飛んでくる。

チラリと視線を向ければ、閉じ込めた男達が警官にしょっぴかれていた。

ただ・・・1人は・・・


「救急車を1台お願いします」


と近くの警官が無線で指示をしているところを見ると、まだ意識を取り戻していないようだ。

相手の髪を両手でつかみ、顔面を思いっきり膝蹴りをした犯人は「あ〜ぁ、顎粉砕したかな」と小さく呟く。


「枇杷の怪我も、部屋で伸びている男も君かい?」


部屋から出てきたエバラが、苦笑しながら明に近寄ってくる。


「過剰防衛とか言うなよな、こっちはやくざ相手に必死だったんだ」


「後々もっと上の人間がやってくる、手についた血ぐらいは拭いたほうがいい」


とエバラは手に持っていたハンカチを明に差し出した。


「エバラさん、本当に正当防衛だったんです」


白田は心配げな表情で、エバラにこちらに罪はないと訴える。

ただ明は素手だけじゃなく三脚で人をぶっ叩いていることもあり、白田としても明が過剰防衛で罪に問われるのではと危惧していた。


「大丈夫だよ。全て僕がした事にしておけば」


何故かここで口を挟む林檎。

未だ竜一に胸ぐらを掴まれているが、本人は涼しい表情。

フスカルでの騒々しい林檎とは、本当に別人のようだ。


「は?どういう意味だ?」


私服でこの場にいる事を考えれば、林檎はマル暴といわれる組織犯罪対策部の人間なのだろう。

ただ雛山と歳が変わらなそうな林檎は、刑事になるには早すぎる気がする。

それに明がした事を全て庇い立てる気でいる、林檎の意図が理解できなかった。

明は眼鏡越しの林檎の瞳に、本当に刑事なのか?と疑いの目を向けた。



146へ続く

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