第146話

ブルーシャトーの事件後、愛野宅にやってきた雛山と竜一。

衝撃的な出来事でやっとホッと一息をつく雛山は、お腹も遠慮なく空腹を主張し始めた。



146



愛野宅



コトンと目の前に置かれた、湯気が立っているホットココア。

見ただけで口の中に甘さが広がりそうな感覚に、雛山の喉がコクリとなる。


「有難うございます」


夫々に飲み物を配り終えた白田に、お礼を述べると雛山は早速マグカップを手にする。

心底疲れた時は、甘いものが身体も気持ちも癒してくれる。

竜一には珈琲だったが、何も言わずとも白田は雛山には甘いものを出してくれた。

そういう細かい心使いは、営業部のトップの為せる技なのだろう。


「あいつ何処に行ったんだ?」


雛山の隣に胡座をかいて座っている竜一が、正面に腰掛けた白田に明の所在を聞いた。

愛野宅へ来た時は一緒だった明。

竜一と雛山を居間に通してから、白田と共に姿を消したが、戻ってきたのは飲み物を手にした白田だけ。


「もうそろそろ、戻って来ると思いますよ」


そう白田が答えた直後に、玄関から物音がした。


「あぁ・・腹減った」


白田の言う通り、本当に戻ってきた明。

何しに外へ出ていたのか知らないが、玄関で呟いた明の言葉が微かに雛山の耳に届いた。

ぐるるぅぅぅぅ〜〜〜〜〜

明が居間に顔を出したのと同じタイミングで鳴る、雛山のお腹。

隣の男は「ぷはっ」と吹き出し、膝を叩いて大爆笑。

そんなに笑わなくても・・・と雛山は顔が熱くなるのを感じた。


「昨日作ったシチュー温めようか?」


「朝、親父と食っちまって、もう殆ど残ってね〜よ」


「そうなの?沢山食べたんだね。一昨日の角煮は?」


「昨日の晩酌に全部平らげた」


何気に、半同棲してます的なやり取りをする2人。

この家には太郎も居るので、そんな甘いものではないと思っていても、いかに白田がこの家に通い詰めているのかよく解った。

だが雛山は目の前の2人よりも、気になる事がある。

竜一も気にしているようで、その黒い生き物から視線を外さないでいる。


「フスカルまでまだ時間あるし、出前取るか」


「そうだね」


「あのぉ〜〜、明さんいつの間に犬飼ったんですか?」


この前2度目の訪問をした時は、居なかった厳つい大型犬。

明が居間に現れた時後ろにピッタリとついて来て、明と白田の間が定位置だと言わんばかりにちょこんと座った。

初めて見る来客に吠えもせず、主人の明の側に居る犬は、しつけが行き届いているように見える。

とても、最近飼い始めた犬とは思えない。


「近所の犬、貰った」


「貰ったって、犬ってそんなに簡単に譲渡できるもんなのか?」


「こいつの事はイィ〜んだよ!それより飯だ、飯」


明は竜一の言葉を切り捨て、スマホを取り出す。


「ちんたらしてたら、またピヨの腹が主張しだすぞ」


とニヤリと笑う明に、雛山は居たたまれない気持ちになった。

そして明は、スマホの画面を上に向けたまま雛山の前に置くと「好きなの頼め」と食事の選択権を譲ってくれた。


「良いんですか?」


「さっさと頼め、オレも腹減ってんだ」


「はい、じゃぁ」


「人数分、適当に頼めばいいから」


雛山は明のスマホを手に、Uberのアプリを操作しながら食べたいものを選び始めた。

明だけじゃなく、空腹の限界は雛山も同じ。

なんせ地中海を食べれると思っていたのだから・・・・

結局何も口にしないまま、トラブルになりブルーシャトーから明の家へとやってきた。

本当ならば事情聴取で警察署まで同行しなければならないのだろうが、何故かそれは無かった。


「カゴに入れました」


ボリューム満点で、到着まで時間がかからないものを選んだ雛山は、スマホを明に差し出した。

明はそれを受け取ると、ちょいちょいとスマホを操作する。


「あぁ〜やばい、写真見るだけでヨダレ出そう」


そんな明の呟きに、クスリと笑う白田。

そしてスマホに視線を落としている恋人に顔を寄せ、「何かつまめるものだけでも、作ろうか?」と囁くように口にする。


「ん」


「じゃ、ちょっと待っててね」


明の短い返事を貰い、白田は嬉しそうな表情で腰をあげる。


「モエ、オヤツやるから来い」


居間から出ていく直前、明の隣に座っている犬に声を掛ける白田。

モエと呼ばれた犬は、ゆるゆると尻尾を振りながら男の後に付いて行った。


「完全に、嫁だな」


そんな竜一の呟きに、雛山は心中で激しく頷く。


「うっせ〜〜なぁ。あいつがそういう質なんだから、仕方ねぇ〜だろう」


「まぁ、お前に尽くすのが生きがいみたいな節はあるよな。嫁にも見えるけど、あれだ・・・おかんみたいな感じでもあるな」


「おい・・・喧嘩売ってんのか?」


スマホから顔をあげる明は、鋭い視線で竜一を睨む。


「はははっ。2人病院送りとは、まだ喧嘩の腕は訛っちゃいなかったな。久々、やってみるか」


明の睨みを受けながらも、余裕の笑みを浮かべる竜一。

雛山はまさか本当に喧嘩をおっ始めるのではないかと、オロオロとし始める。

この状況を止められる白田は居らず、ここは自分で何とかしなければならない。


「ああぁ〜〜の、それよりもビックリしましたよね!!??」


二人を止めようとする気持ちが先走り、音量MAXで2人に割って入る雛山。

その声がでかかったのか、「うるせぇ〜なぁ」と迷惑そうに顔を歪める明。

だが竜一はおかしそうに笑いながら、「何がだ?」と普通に返してくれた。


「林檎さんが、警察の人だったなんて。僕、驚きでした」


「お前、表彰されるとか無いのか?巻き込まれたとはいえ、協力した事になるだろう?」


竜一の言葉に、表彰かぁ〜〜と期待が湧き上がる。

大変な目に合ったが、警察から表彰されるなんて一般市民からしてみれば名誉なこと。


「馬鹿が・・・」


七三分けでリクルートスーツを身にまとった自分が、警察のおえらいさんから表彰されているシーンが頭に浮かんでいた中、明の吐き捨てるような言葉が耳に入った。


「あ?何だよ明、そりゃお前が「警察なわけねぇ〜だろうが」は?」


「え・・・どういう意味ですか?」


制服の警察官と一緒に現れた林檎。

フスカルで親しんだ雰囲気とは全くの別人だったが、あの場に居て警察関係者じゃなければ一体何なんだろう・・・


「あいつは、東源組の人間だ・・・・多分な」


ふっと鼻で笑いながらそう口にする明。

その内容がすんなりと頭の中に入らず、ポカンと口を開けてただただ明を見ることしか出来ない雛山だった。



147へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る