第140話
不安な気持ちのまま、レストランに入った明と白田。
そこにはガラの悪い男が喚いていた。
140
ブルーシャトー
赤レンガの外壁に青々とした葉が絡み、洋風の外観のレストラン。
入り口にはメニューボードが置かれ、美味しそうな料理の写真が飾られている。
何処にでもある普通のレストラン。
明はそんなレストランのドアの前に立ち、ドアノブを掴むことを躊躇しいた。
先程のコインパーキングの光景は、何を意味するのか・・・・これからの事が予測出来ずに胸の中が不安に支配される。
怖いもの知らずだった高校時代は、何も考えずに危険な事にも首を突っ込んだ。
だが今は、守るべきものもある・・・自分の誤った行動で、大切な人が傷つき悲しむのだけは避けたい。
そして・・・
明は、後ろに佇んでいる男を振り返った。
「もし・・・何かあったら」
「大丈夫だよ。明は俺が守るから」
そんなセリフを何時もの笑みを浮かべて、さらりと口にする恋人。
明は思わずふっと笑い、ゆるゆると首を振る。
「俺は大丈夫だ。自分の身は自分で守れる」
家柄と容姿のおかげで、幼少時代から武術を習わされていた。
護身術も身についているし、その後の荒れた学生時代に喧嘩も腐るほどしてきた。
ただ・・・心配なのは・・無関係な竜一を巻き込んでしまった事。
「竜一を巻き込んだ。あいつ、試合が近いのに・・・警察沙汰にでもなったら・・・・。だから中で何かあったら、あいつが暴走しないように見といてくれ」
「うん、解った」
明の言葉に頷く白田。
だが次の瞬間には、拗ねたように唇を尖らせ「俺の心配はしてくれないの?」と子供のように言った。
「何言ってんだ、オレの行く先には絶対お前がついてくるんだから。何が起きても運命共同体だろ?」
口に出して言ったものの、ちょっと無責任な発言だったかと後悔した明。
恋人とは言え、竜一と同じ様に彼も巻き込んでしまった。
だが本人は「う・・運命・・共同体・・・」と明の言葉を繰り返し、そして甘く溶けそうな表情を明に向けた。
「勿論!明と運命を共にするよ」
それは、まるでプロポーズの返事。
今更、自分が言った【運命共同体】の言葉がズシンと重く感じた。
急に恥ずかしくなった明は、熱くなる顔を隠すように再びドアの方に身体を向け、ガシっとドアノブを掴む。
「行くぞ」
気合を入れるように呟き、明は扉を引いた。
途端に、外へ漏れ出す怒号。
「だから、嘘つくんじゃね〜!!ここに入って来ただろうが!!男二人がよ!」
「・・・・・・」
既に問題勃発。
出入口付近で、3人の店員を相手に怒鳴っている竜一。
レストランの中は、数組のお客の姿も見える。
客達は迷惑がったり、怯えていたりと夫々に反応は違うものの、一応に竜一へ視線を向けている。
そんな友人の姿に、明は呆れたように言葉も発せず「この脳筋が」と心の中で罵る。
そんな中、来客である明に気づいた店員の1人が、慌てた様子でやって来た。
「お騒がせ致しまして、申し訳ございません」
竜一に呆れて物が言えない明に、深々と頭を下げる店員。
怒鳴り散らす客にビックリしていると、勘違いしたようだ。
「2名様でしょうか」
そして席へ案内しようとする店員に、明はどうしたものかと竜一を見た。
向こうは未だ明の存在には、気がついていない。
「はい、2人です」
明が迷っている隙に、白田が代わりに返事を返した。
そんな男に何か策でもあるのかと首を捻って相手を見上げたが、いつもと変わらないにこやかな表情のままで彼からは何一つ読み取れない。
「ではこちらへどうぞ」
「すみません。こちらの窓側の席に座ってもいいですか?」
店員が奥の席を手で指し示すと、白田は出入口から最も近い端っこのテーブルを指差した。
だが店員は「え・・ですが」と戸惑い、チラリと騒いでいる竜一に視線を向ける。
騒がしい男から少しでも離れた場所をと、店員として配慮したいのだろう。
「大丈夫ですよ、気にしてませんから」
白田は店員の意図を汲み取り、爽やかな笑顔で店員を諭した。
「それでは・・どうぞ」
少し心配げな表情のままではあるが、店員は白田の要望通りに一番端の窓側の席へと案内する。
「さぁ明、行こう」
明にそう声を掛けて、店員の後に続く白田。
他人のフリを決め込む白田に、明も何も言わずに竜一に視線を向けつつも席に向かって扉の前から動いた。
その時、やっと竜一は明の存在に気が付き視線が合う。
明は微かに首を振ってみせ、外へ出ろと視線で合図し、それから他人の振りをするようにふいっと顔を背けた。
それで解ってくれたのか不安だったが、竜一から声が掛けられる事はなかった。
日当たりもよく外の様子がよく見える窓際の席に、明と白田がついた頃。
竜一は「もういい!」と吐き捨て、乱暴な動作で外へと出ていった。
「大変ご迷惑をお掛け致しました。それではご注文が決まりましたら、そちらのベルでお呼びくださいませ」
変な客が居なくなりホッとした表情の店員は2人に頭を下げると、そのまま席から離れていく。
明は窓越しに竜一の姿を確認し、相手も明を見たところで、手元のスマホを操作し電話をかけた。
そして外の男と通話が開始されると、窓の外の男に「しー」と人差し指を口に添えて見せる。
それからスピーカー通話に切り替え、スマホをテーブルの上に置いた。
「・・・居ないね」
テーブルの上のメニューに視線を落としたまま、白田がボソリと呟く。
その意味は聞き返さなくてもすぐに解った。
一つのフロアしかないレストラン内は、柱や仕切りはあるものの座っている客の顔は辛うじて見える。
なのにレストランに入った筈の雛山と枇杷の姿は、どこにも見当たらなかった。
本当に・・・このレストランであってるのか?
竜一が言っていたことを疑うわけじゃないが、2人の姿がないとなると嫌でも半信半疑になってしまう。
隣のテーブルに座る女性2人の視線を受けながら、明は眉間にシワを寄せてはぁと溜息をついた。
141へ続く
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