第139話
雛山を追いかける竜一の誘導にタクシーを走らせる明と白田。
目的地も判明し、ホッと胸を撫で下ろす。
139
原宿
白田が止めたタクシーに乗り込む明。
運転手がお決まりの「何方までですか?」と後部座席に投げかけた。
「電話の相手の指示に従ってくれ」
そう返した明は、通話中の電話をスピーカーへと切り替えた。
「道なりを真っ直ぐだ」
電話の相手は竜一。
雛山の乗った車を追い掛けながら、ハンズフリーで通話している。
運転手は少し戸惑いながら「はい」と返答し、車を発進させた。
「竜一さん、ナイスタイミングだったね」
竜一がタイミングよく雛山を見つけていなかったら、明達は完全にあの車を見失っていた。
そうなれば、もう雛山に鬼電しまくるしか手段はない。
それも相手が電源を切ってしまえば、終了となるだろう。
白田の言葉に明は納得し頷きながらも・・・・ある事が引っかかり、目を細めて隣の男を見た。
「・・・・・なぁ、何で下の名前で呼んでんだよ」
以前までは「亀田さん」と呼んでいた白田。
それがいつの間にか「竜一さん」呼びに変わっていた。
竜一が白田に馴れ馴れしく下の名前で呼ぶのは、元々男がそういう性分で深い意味はない。
最初はイラっとしたが、もう諦めて好きなように呼ばせている。
だがそれが白田になると・・・・話は別だ。
「また、やきもちかぁ〜?」
車内の会話は勿論、スマホが全て拾っている。
竜一の笑いを含んだ言葉に、明はムッとした。
物凄く腹が立つのに、隣の男は満面な笑みで明を見ている。
明から焼きもちを焼かれるのが、嬉しくて仕方がないのだろう。
それも更に明をイラつかせる。
「うるせぇ、お前は黙って枇杷野郎を追いかけろ」
「へいへい・・・おっ、曲がったぞ。岡持二丁目の交差点を左折だ」
竜一のナビに、運転手は小さく「はい」と声を発する。
そして竜一の言う交差点に差し掛かったのは、それから5分後の事。
そこで、思ったよりも竜一と距離が離れている事に気づく。
尽く信号に引っかかったのが、余計に距離を引き離してしまったのだろう。
「角にある虎虎不動産の路地を入っていった・・・・・あぁその通りにブルーシャトーっていう地中海のレストランがあるな。おっ車がコインパーキングに入って行ったぞ。向かうレストランは間違いないみたいだ。俺は近くにバイクを止めて、お前らが来るのをパーキングの前で待ってるから」
「解った」
店が判明すれば、こっちのもの。
後は素知らぬ顔で、雛山に話しかけて同席すればいい・・・・
明は竜一との通話を切り、ふぅと安堵の溜息をついた。
「ブルーシャトー・・・・2ヶ月前にオープンしたばかりのお店みたいだね」
流石仕事が出来る男、白田。
さっそくスマホで店のHPを確認している。
「地中海って何食わしてくれんだ?」
「イタリア料理みたいだよ、ほら」
そう言いながら白田は、明の身体に寄り添いスマホの画面を見せる。
丁度食べログの写真が映し出されている画像に、明は「ふぅ〜〜ん」と唸る。
「評価も良いみたいだね」
「ふんっ。枇杷野郎は新しい物好きなんだな」
「テーブルが18席で個室なしの程よい広さのお店だから、雛山が何処に座っているのかもすぐ解るね」
そこまで考えてるなんて・・・・未だに竜一の名前呼びは引っかかるものの、そういう細かいトコロまで調べる男に関心する。
「はぁ・・・ハラハラしっぱなしで、腹減った」
触れ合っている肩。
明は体から力を抜き、男の肩に思いっきりもたれ掛かる。
硬く逞しい肩に頭を預け、少し休憩とばかりに瞼を閉じた。
そんな明に、恋人の優しげな眼差しが向けられている事は気づかない。
「まぁ後は2人の邪魔をするだけだから、普通に食事を楽しもうよ」
「ん」
明は瞼を開き、男の視線を至近距離で受け止める。
「この後はどうする?フスカルに行くまで、まだ時間はあるでしょ?」
「ん〜〜〜お前んち行こうかな」
「うん、解った」
少し甘さを含んだ白田の声色。
もう既に彼の頭の中には、この場に第三者が居ないものとなっているようだ。
今にもキスをしそうな雰囲気を醸し出す恋人に、明は思わず苦笑いする。
そんな時「あの・・もう着きますよ」と運転席から控えめな声が掛かる。
明はその言葉で、体制を整え窓の外に視線を向けた
丁度、竜一が言っていた不動産屋の角を曲がる所だ。
そして間もなく、ブルーシャトーと看板がかかったレストランの前を通り過ぎる。
そこから数メートル先にコインパーキングのPマークが見えた。
そこで、竜一が待っているはずだ・・・・
「何だよ・・・」
停止したタクシーと、明の呟きが重なる。
「どうしたの?」
明の呟きに、料金メーターを見ていた白田が反応した。
8台程の車が駐車出来るコインパーキングには、6台の車が止まっていた。
「黒のベンツ・・・黒のレクサスばかり。そんな事あるか?」
「・・・・」
こんな小さなパーキングに、そんな高級車が半数を占めているのは珍しい。
ありえるかもしれないが、全ての車が黒色だと言うことが妙な胸騒ぎを掻き立てる。
白田も同じことを思っているようで、表情が険しくなっている。
「それに竜一も居ない」
「明、竜一さんから連絡ないの?」
待っているはずの男の姿は周辺にない。
明はスマホの画面を確認すると、一通LINE通知が入っていた。
サイレンの設定で気が付かなかった。
内容を確認すれば、探していた竜一だった。
『枇杷って奴の車が止まってる駐車場が高級車だらけだ。嫌な予感がするから、先に入る』
竜一もパーキングの様子に、不穏な空気を感じたのだろう。
明の到着を待てず、先にレストランに入ったようだ。
「すみません、お釣りは結構ですので」
白田は万札を運転手に渡すと、開いているドアから外へと出る。
そして未だ車の中に居る明に「明。兎に角、俺達も行こう」と真剣な面持ちで言った。
140へ続く
交差点の名前は実際に原宿にあるわけじゃございません。
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