第137話

枇杷との約束の日。

雛山は鞄の中にある、見知らぬ物を発見する。



137



雛山宅



パシャ


ベッドの上に置かれた黒い物体。

それを被写体にスマホのカメラ機能で撮った雛山は、その画像をそのままLINEの相手に送信した。


『これなんだけど』


『あぁ〜雛山の鞄の中に紛れてたのか!いくら探しても見つからない筈だわ〜』


『そうなんだ、鷹頭のモノか〜。いつの間に入ったんだろうねぇ~』


鞄の中身を整理しようと、全ての物を取り出した時に見つけた自分の物では無いもの。

手のひらサイズの機械の様だがそれが何なのか解らず、鷹頭に事のあらましをLINEで話していたのだ。

持ち主が特定しホッと胸をなでおろす。

いつの間にどうやって潜り込んだかなんて、あまり深い事は考えない。

何故なら、雛山のかばんの中身はいつもゴチャゴチャしている。

最近一番行動を共にする友人の物であれば、何かの拍子に入ってしまったとしか考えられなかった。


『これ何?』


『あぁ~~それは、ミニ四駆の部品だよ』


『へぇ・・鷹頭って、ミニ四駆とか趣味なんだ』


『言ってなかったっけ?まぁちょっとかじってる程度だけどな。あぁそうだ、今日何処連れてってくれるかもう連絡来たのか?』


『お店の名前は聞いてないけど、地中海のお店だって』


『地中海?どんな料理だ?』


『僕も解らなくて調べたんだけど、イタリア料理っぽいよ。オリーブオイルをよく使うんだって。オシャレだよね〜』


『へぇ〜〜〜、そんなレストランあるんだな。何処らへんにあるんだろ?』


『さぁ・・・原宿の駅で待ち合わせだから、原宿じゃないかな?』


そんなやり取りの中、雛山はふとスマホに表示されている時間が目に入った。


「やばい!もう出ないと!!」


『ごめん、時間だから』


サッと鷹頭にメッセージを送り、周辺に散らばった財布や定期入れなどを拾い集めて鞄に詰め込む。

そしてハンガーに掛けている大きめのアウターを羽織ると、チラリと全身鏡で自分の姿を確認。

サイズ違いのアウターは、明から譲り受けたものだ。

借りたままだったジャンパーは雛山のお気に入りとなり、同じものを買おうと明に聞けば「やるよ」と言ってくれた。

いつもの素っ気ない言い方だったが、雛山にしてみれば物凄く嬉しかった。

そんな明と・・・・昨日はまともに話してない・・・。

昨夜はフスカルで一緒だった。

枇杷の一件があり、雛山は明に対して余所余所しい態度を取ってしまった。

今では後悔している。

そもそも明を信じる事ができていれば・・・・こんなややこしい事にはならなかったのに。

出会った時から無条件で助けてくれた人。

無表情でぶっきら棒で冷たい態度をとる明だが、それでも雛山を気にかけてくれていた。

自分に向けられる明の不器用な優しさは、いつしかそれが当たり前の様に感じていたのかもしれない。

明が止める事に例え理由は言われなくても、素直に従うべきだった・・・・


「・・・・枇杷さんとの事が終わったら。ちゃんと謝ろう・・・」


雛山は鏡の中の自分にそう言い聞かせ、コクンと頷く。

そして鞄を肩に掛けて、自室を出た。


「あら、康ちゃん。今からお出かけ?念の為に折りたたみ持っていきなさいね」


階段を下りれば、丁度外から帰ってきた母と鉢合わせになった。


「え?今日は雨は降らないでしょ?」


「そうだけど、パラリと来ちゃうかもしれないじゃない」


朝から空は曇り空。

一応天気予報を確認したが、雨マークはついていなかった。

しかし母の言う通り、もしかしての事も予想し「解った」と返事を返すと、下駄箱の中から自分用の折りたたみ傘を取り出した。

そして靴を履き・・・


「それじゃ、行ってくるね」


「気をつけてね」


母の声を背中越しにききながら、傘を鞄にしまいつつ家を出た。

待ち合わせの原宿に向かうため、最寄りの駅まで徒歩で向かう。

それから40分程掛けて、原宿へと辿りついた雛山。

約束の時間より10分早く、待ち合わせ場所に到着。

道行く人から見つけやすい場所に立ち、スマホを手にしたまま周りをぐるりと見回す。

枇杷はどっちから来るのか・・・

そう言えば、どこに住んでいるのか聞いていない。

普段はプライベートの事を話さない相手に、何一つ枇杷の事を知らないのだと今更ながら気付く。

あまり自分を語らない常連でも、何度も顔を合わせ雛山に気を許せばポロポロと話してくれるもの・・・

だが枇杷は自分の事は一切話さず、いつも雛山の事を聞きたがっていた。


何も知らないのに・・・一緒に食事に行く・・・・


そんな思いが過ぎれば、言いしれない不安が込みあがってきた。

枇杷と顔を合わせれば人当たりがよく、言葉尻も柔らかく、そしてよく気も利く。

それだけの事で枇杷を知ったように感じて、食事を了承してしまった。

なんて浅はかだったんだろう・・・・フスカルの外でお客と会う事が急に怖くなってしまった。

そんな時に手にしていたスマホが鳴り出した。

電話の相手は枇杷だ。


「ふぅ〜〜」


雛山は無意識に深呼吸を一つし、そして通話ボタンを押した。


「はい」


「南の方向見て」


南・・・?

雛山は首を傾げながら、枇杷が指定した方向へ視線を向けた。

すると、数メートル先の車道に枇杷が立っていた。

雛山と目が合うと、彼は満面な笑みで手を振り始める。

その笑みはフスカルで見るものと変わらない。

うん・・・ちょっと初めてだから不安に思っただけ、枇杷さんはいい人だしそんなに心配する事ない・・・

雛山は心のなかで自分にそう言い聞かせて、納得したかのようにコクンと頷いた。



138へ続く

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