第135話

ボルタリングジムを後にした雛山。

泣きそうな気持ちで、駅までの道のりを真っ直ぐ歩いていた。



135



ボルダリングジムを飛び出した雛山は、そのまま駅へと直行していた。

怒りと悲しみが入り交じる感情に心が支配され、泣きたい気持ちを必死に堪えている。

それでも我慢しきれず、視界が滲む。

すれ違う人に顔を見られないようにと、うつむき加減で急ぎ足で歩道をひたすら進む。

そんな時、進行方向でじっと雛山を見ていた女性が居た。

だが雛山はそれに気付かず、彼女の脇を通り過ぎようとした。


「雛山君っ」


咄嗟に雛山の腕を掴む手。

それにビックリし、思わず腕を引いてその手を振り払ってしまった。


「あ・・・」


そこで漸く相手が、先程ボルダリングジムで出会った灯だと気づく。


「どうしたの?」


雛山の表情にただ事ではないと察した彼女は、もう一度雛山の腕を掴む。


「ごめん、急いでるから」


こんな情けない姿を、他の人に見せたくない・・・雛山は彼女の手を掴み、やんわりと自分の腕から放させた。

そして軽く会釈をし、再び駅へと足を動かす。


「ごめん、私先に帰るね」


そんな言葉が背中越しに聞こえた。

どうやらその場に居たのは彼女だけではなく、友人達と立ち話をしていたようだ。

小走りで走り寄ってくる足音。


「ねぇ、雛山君」


隣に並んで歩く灯は、雛山を自由にしようとは思っていないようだ。


「お茶しようよ」


「・・・・なんで・・」


「何かあったんでしょ?私聞くよ?」


どうして?

さっき会ったばかりの女性は、とてもお節介な性格らしい。

他人の事に首を突っ込みたがる彼女に、理解が追いつかない。


「会ったばかりだし。君のことよく知らないのに」


「だからよ。よく知ってる人に話すより、話しやすくない?。それにそんなモヤモヤしたままの気持ちで家に帰ったって、気が休まらないでしょ」


「・・・・・・・・」


彼女の言葉に、雛山は足を緩め・・・そして立ち止まった。

確かにそうかもしれない・・・・。

今は味方が居ない状況の雛山は、この状況では相談する人が居ない。

この際・・・この子に聞いてもらおうか・・・

だが目の前の女性は、雛山に逆ナンをした人だ。


「その・・・君に優しくされても、僕・・・・君に好意を寄せたりはしないよ?」


変に期待を持たせたくないと事前にそう言うが、言い方が悪かったのか彼女はムッとした表情になる。


「どういう意味よ。そりゃちょっとは、期待したいけど。そんなハッキリ言わなくてもさ」


「違うよ。僕、ゲイだから」


気分を悪くしてしまった彼女に、慌てて性癖を暴露した。

それにより彼女は口を閉じてしまい、目をパチパチとさせて雛山の顔を見るだけ。

そんな反応に不安を抱き、言わなきゃよかったと後悔。

そして彼女をその場に置いて、再び歩き始めた。


「待って待って」


ガシリと腕を捕まれ、また引き止められる。


「ちょっとビックリしただけだから、兎に角お茶に行きましょ」


ゲイだと知ってもお茶に誘う彼女に、今度は雛山が目をパチパチとさせる。

そしてそんな雛山に、近づく新たな人影には一切気がついていなかった。



******



駅前のカフェ。

終電時間にはまだまだ余裕のある時間帯。

カフェの中は、結構なお客が居る。

その中の1組の客に、雛山は居た。

お茶へ誘った灯と、帰った雛山を追い掛けてきた鷹頭。

丸いテーブルにトライアングル状に腰掛けている、3人。

セルフで各自飲み物を手にし、席に着いた雛山は今までの事を2人に話した。


「何で俺に何も言わないんだよ・・・・」


そこで拗ねた顔で不満げに口にする鷹頭。

お互いの悩みを暴露している仲にしては、水臭いと思ったのだろう。

雛山は苦笑いしながら、そんな青年に「ごめん」と口にした。

言おうと思った事はあるが、バイト先の内輪の事だ・・・・・だから遠慮してしまった。


「けど不思議よね、そんなに止めたいのに。何で皆、正直に言わないのかしら」


「雛山が、傷つくと思ってるとか?」


「余計に傷ついてるじゃない。雛山君の好きな人まで、駆り出すなんてよっぽどよ」


「ん〜〜〜〜」


灯の言葉に、難しい顔で悩みだす鷹頭。

まるで自分の事の様に考えてくれる2人。

雛山はどこか不思議そうな顔で、2人を見ながらズズズとホットチョコをすする。

さっきまで怒りと悲しみの感情でいっぱいいっぱいだった心は、今はかなり落ち着いている。

それは2人にぶち撒けた効果もあるが、まるで自分の事のように真剣な2人の様子に救われたのもある。


「私はね、もしかしたら別の理由があるんじゃないかって思うの」


「どんなだよ」


「そんなの解らないわよ」


「解らねぇ〜のかよ」


「今だけの情報じゃ、解りっこないでしょ」


何だろう・・・この2人、前からの友人みたいだ。

出会ったばかりの2人は、お互い全く気を使っていない。

最初から敬語もなければ、言葉尻も遠慮がない。


「林檎さんって人の事よりも、皆雛山君を守りたくて止めようとしてるのかもよ」


「何から」


「そんなの解らないって」


「解らねぇ〜のかよ」


「だから今だけの情報じゃ、これぐらいしか想像つかないって」


彼女の言う通り・・・林檎とは別の事情があるのだとしたら・・・・

そう思えば、皆の必死な引き止めも理解できる。

なんせ林檎が絡んでいれば、理由を隠す必要はない。

それでも引っかかる点はあるものの、他の理由の方が納得する部分は多い。

枇杷との食事を反対する理由・・・・・それは雛山にも言えない内容。

一体・・・何があるんだろう・・・・

あれだけ拘っていた枇杷との約束。

それが急に不安に思えてきた。

皆が隠す理由が何なのか解らない・・・・それがかえって雛山の新たな悩みの種となってしまった。

それでも枇杷と会う日は近い。

そして林檎との約束もある。

雛山は無意識に、テーブルの上の自分のスマホに視線を落とした。

林檎と合流するにも、枇杷との行き先は不明。

その為雛山のスマホには、林檎から言われたGPS機能がついたアプリが入っていた。

これで雛山がどこへ行こうが、林檎は居場所を突き止めれる。

そこまでしていて、今更食事を取りやめるのも・・・・。

林檎の恋を成就させるためにも、絶対行かなくてはいけない。

引くに引けない状況に、雛山は一抹の不安を胸の奥底に押し込んだ。



136へ続く

灯ちゃんはちょっとした登場ではなく、これから雛山や鷹頭とつるむ位置にと考えております。

悩み多き男2人に、頼りになる女友達って感じですかね。

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