第133話

失敗し落ち込む雛山。

1人はなれた場所で、皆の姿を眺めていた彼に声を掛けたのは1人の少女だった。



133


野掘ボルダリングジム



情けない・・・・

雛山の頭の中は、その言葉しか思い浮かばない。

明と白田そして鷹頭は正式にボルダリングのルールを学び、改めて壁を登り始めている。

少し離れた場所で三角座りをして、4人を眺めている雛山。

寂しいと思うも足元にはミニピンが寄り添っているだけ、ほんの少し気がマシかもしれない。


「はぁ・・・」


それでもため息は止まらず溢れ出る。

調子に乗らなければあの輪の中に入れたのに・・・自分の能力を買いかぶりすぎた結果がこれだ。


「劣等感ってやつよね」


頭上から降り注いだ女性の声。

自分に向けられたものなのかと疑問に思いながら、雛山は顔を上げた。

すると雛山の脇に立ち、見下ろしている女性が居た。

たしか、隣の女性グループの1人だ。

OL風のグループは何処か華やかだったが、彼女はその中でも目立ちそうにない地味なタイプ。

セミロングの髪を1つに纏め、化粧けもあまり感じない。


「気にすることないわ。初めてで一番上まで行ければ、凄いほうよ。私は地面から足が離れた瞬間に、無理って叫んじゃったもん」


「そうなの?」


「そうよ。今は何とか上まで行けるけど、まだクライムダウンになると焦っちゃう」


「くらいむだうん?」


「ロープを使わずに、自力で下に下りる事よ」


そう言うと彼女は、雛山の隣にしゃがむ。


「他の子達もね運動神経がよくて、鈍臭いのは私だけなの。だから、一緒にプレイしてると足を引っ張ってるんじゃないか、呆れられてるんじゃないかって思っちゃうの」


「・・・・・・・・・」


「だけどさ、皆だって私の鈍臭さを知った上で一緒に居るんだから、甘えて良いと今は思ってる」


彼女の言葉は、自分と重なるところがある。


「ボルダリングは人によってレベルが設けられてるから、上手い下手関係なく挑戦出来るスポーツよ。だから皆に遠慮してないで、一緒にやった方が良いわ」


そう言って笑いかけてくる彼女に、雛山も笑顔で返す。


「うん、そうする。ありがとう」


「ううん、気にしないで。だって本当は、貴方のお友達のイケメン2人に、恋人がいるかどうか探りにきたんだもの」


悪戯な笑みを浮かべた彼女に、あぁそういう事かと納得する。

下心を隠さず、ハッキリと言う彼女に自然と嫌な気持ちにはならない。

それに彼女が言ってくれた助言は、雛山の心を軽くした。


「いるよ」


「だよね。私もそんな気がしてたけど、訊いて来いって煩くて」


少し離れている場所でこちらの様子を伺っている彼女のツレ達。

知りたいのは彼女ではなく、どうやらお友達が知りたかったようだ。

だけど、この子も気にはしてるのだろうと思った矢先「因みに君は?」と質問された。


「え・・・・・」


思わぬ言葉に、目が点になる。


「彼女いるの?」


どうしてそんな事を知りたいんだろう・・・

彼女はいないし、彼氏もいない。

ここはどう言えば正解なのか・・・・雛山は一瞬迷った末「ええと、いないかな」と答えた。

金輪際会わない人に、バカ正直にゲイだと答える必要はない。


「私、灯(あかり)。君は?」


「雛山」


「雛山君ね。また会えたら良いな。じゃもう撤退の時間だから、行くねっ」


まるで雛山狙いだったような素振りに、手を降って立ち去る彼女に反応できず呆然と見送る。

え・・・・今の・・って逆ナン?

生まれてはじめての逆ナン。

女性に興味はなくても、人から好意をもたれた事が少し嬉しいと感じてしまう。


何気なく、帰り支度をしている女性グループに視線を向けている雛山。

そんな彼の前に、竜一が歩み寄ってくる。


「康気」


名前を呼ばれ、ハッとした表情で男を見上げた。


「もう、今日は止めとくか?」


雛山の前でしゃがみ目線を合わせる男に、雛山は首を振る。

彼女がくれた言葉で、少しやる気が出た。

彼女の友人達のように、明達も雛山の事をよく知ってくれている。

それを踏まえてボルダリングに誘ってくれているのだから、今更恥ずかしがったり遠慮したりする必要はない。


「リベンジします」


目の前の男の顔を真っ直ぐ見つめ、ハッキリと答えた雛山。

竜一はその言葉に、嬉しそうに笑い「そうか」と頷きながら返した。

ドキン・・・

まただ。

男の笑顔を見ると、心臓が激しくリズムを刻み始める。

男の事が好きだと自覚しただけで、こんなに自分の感情が制御不能になるなんて・・・


「あのよ・・・」


笑顔だった表情が突然消え、歯切れの悪い投げかけをする竜一。

男は、今は困ったように眉を寄せている。


「なんですか?」


「その・・・・」


「?」


「あぁ〜〜と。土曜日だけどよ、ちょっと付き合ってくれね~か?」


「え・・・・・」


想像していなかった、竜一からの誘い。

どうして自分を?と疑問に持つも、胸の中に甘い期待が湧き上がる。

嬉しい・・・嬉しいのに・・・


「すみません、その日は予定があって」


そうその日は、枇杷と食事に出かけるのだ。

そして林檎と合流する・・・・林檎の恋を応援したいから、竜一の誘いに乗りたくても無理なのだ。


「どうしても?」


「・・・・はい、すみません」


「はぁ・・・」


目の前の男は、盛大に溜息を吐く。


「あの、別の日なら・・・」


「俺もあいつと一緒で遠回しにとか無理だな」


「へぇ?」


「あのな、康気。その日は客と飯に行くだろ?」


「・・・・・・・」


何故、それを知っているのだろう・・・・

竜一のその言葉に、純粋に自分を誘ったのではない?と疑問が過る。


「そいつと飯を止めて、俺と出かけないか?」


「・・・明さんから、言われたんですね・・・」


「・・・・・まぁ、そんなところだ」


気まずそうにそう答える男に、目の奥が熱くなり、鼻先がツンとする。

そこは否定してほしかった・・・・

そこまでして、枇杷との食事を止めたいのか・・・・竜一を使ってまで・・・・

明が電話で言ってきた時は、頭にきて意地になった。

だけど相手が竜一だと、胸を切りつけられたかの様に痛んだ。


「皆が心配しなくても、僕は林檎さんの恋を応援してます。安心してください」


視界が潤んできた。

雛山は泣き顔を隠すように、立ち上がる。


「今日はもう帰ります!」


「おいっ康気!」


竜一の顔を見ようとせず、雛山は急ぎ足でロッカールームへと向かう。

呼び止められる声を耳にすると、より一層足を早めた。

一刻も早くここから逃げ出すために。



134へ続く

以前、2丁目の闇とは関わらないと書きましたが・・・少しだけ足を突っ込むかもしれません。

そうでもしないと、この2人の距離が縮まらない(汗)

メイン2人が主ですので、雛山のゴタゴタが終わりましたら一旦シリーズは終了するかもです。

竜一✕雛の行く末は、ちゃんと固めてから別シリーズで開始する方向で・・・まだハッキリしませんが。

これまで足を運んで頂き有難うございます。

最近は仕事が忙しく思うようにUPできません。

ご感想コメント頂けましたら、張り切ります。

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