第132話

初めてのボルダリングに緊張MAXの雛山。

ギャラリーが見ている中、竜一の助言を無視して意地でも登ってやると意気込んだ。



132



野掘ボルダリングジム




「おしっ到達」


そう言って天井近くまで登った明は、ホールドにぶら下がったまま下に居るメンバーを見下ろした。

そんな彼を呆けた顔で見上げている、雛山と鷹頭。

そして明よりも先に登った白田は、拍手しながら「流石だね、明」と満面の笑みで褒め称えている。

広いフロアに響く拍手の音は白田だけじゃなく、BとCのグループも何故か拍手。

白田が登り始めたと同時に、二組のグループは登るのを止めてずっとこちらに注目していた。


「まぁ、ルール無視だからな。まずはこれが出来なきゃ話しになんね〜」


腕組しそう口にする竜一に、青年2人は不安そうに顔を見合わせる。

竜一が初めてボルダリングをする4人に言ったのは「取り敢えず、登ってみろ」だった。

確かにルールがあるとしても、登れなければ話にならない。

普段から体を動かしている白田や明は、軽々と登り問題なくクリア。

この中で一番の運動音痴の雛山は、ここに来た時に感じた不安を再び感じることになる。


「先に行くか?」


「ううん、鷹頭が先に行って」


社会人になってから運動しなくなったと言っていた鷹頭も、やっぱりスポーツ馴れはしている。

一緒にボクシングジムへ通っているが、鷹頭と自分のメニューは違う。

鷹頭の方が時間も回数も多く、それでも彼はちゃんとこなしていた。


明が地面に足を付けたと同時に、鷹頭が入れ違いに移動する。

そして雛山は鷹頭がホールドに手をかけたと当時に、後ろへ振り返った。

・・・・・何で、まだ見てるの・・・

2つグループの視線が、未だこちらに注がれている。

見目麗しい2人に注目するのは解るが、何故フツメンの鷹頭にまで視線が向けられているのか。

いや・・・半数以上の女性は、鷹頭じゃなく明と白田を見ている。

それに少しはほっとしたが、それでも少数だったとしても他人の視線を浴びて登るのは嫌な気分だ。

同じ運動能力レベルの人とならまだマシだが、ずば抜けている2人と、そこそこ出来る鷹頭では底辺の底辺に自分が居るような気になる。

少しは・・・筋トレも出来るようになったんだけどな・・・

自信が出てきた矢先に、鼻先をへし折られたような気持ちになる。

登るのが・・・苦痛になってきた・・・


「なんだ〜、もっともたもたすると思ってたのにな〜」


そんな明の言葉が耳に入る。

胃の辺りを抑えてウンウンと考えていた雛山は、その声に顔を上げた。

そこでいつの間にか鷹頭が、上まで登りきっていたのに気がついた。

友人の活躍を見ていなかった事に、ちょっと申し訳ない気持ちになるが、到頭自分の番だと思うと体に緊張が走る。

やばい、手汗が出てきた・・・

手のひらが湿ってきているのを自分で感じると、余計に緊張感が増す。

鷹頭が少しもたつきながら下りてくると、すぐに雛山の側へと戻ってきた。


「登るのは大丈夫だけど、下りて来る時は下を見ないほうが良いぞ」


そんなアドバイスを言ってくれるが、緊張で殆ど頭に入ってこない。

それでも無意識にコクンと頷き、雛山は壁の前へと移動した。

右に視線を向ければ、未だこちらを向いているギャラリー。

気にしないほうがいいと、振り払うように首を振ってから上へと顔を上げた。


「康気、無理するな。最初は登れる所まででいいからな」


いつの間にか、竜一が雛山の横に立っていた。

そして肩に置かれる、男の手。

その部分が熱くなり、連動するかのように心臓がドキドキとし始める。

それは登るプレッシャーからではなく、近くに居る男の存在で新たな緊張が芽生える。

男からのアドバイスは、雛山にだけ贈らたもの。

気遣ってくれて純粋に嬉しいと思うが、他の人よりも自分が劣っているからだという思いが強い。

それは当たっているが、好きな人にはもっと自分をよく見せたいもの。

それが悔しく感じ、意地でも登ってやろうと決心した。


「大丈夫です」


そうぶっきら棒に答えると、雛山は目についたホールドを掴み体を持ち上げた。

壁に取り付かれているホールドは、思った以上に掴みやすく、そして足にも引っかかりやすい。

これは・・・・上まで行けそう。

以前よりも体重は落ちて、筋力も上がった。

それにスパーリングの練習で、知らずの内にフットワークの軽さも身についてきていたみたいだ。

雛山は自分が想像した以上に動けることに驚きつつ、ひたすら上だけを見つめて壁を登っていく。


「雛山がんばれ〜〜」


そんな鷹頭の声援が背中に掛けられる。

ジム以外でスポーツをしたのは初めての雛山は、改めて運動する事の楽しさをこの身に感じていた。

あと一つ・・・・ゴールと書かれたホールドに手を伸ばし、そしてそれをガシッと掴んだ。


「出来た〜〜!!」


ギャラリーが居ることを忘れて、雛山は嬉しそうに声を上げて下に居るメンバーを見る。

が・・・・

それがいけなかった。

地面から4メートル離れた場所は、下から見るのとは全く違う高さ。

雛山の目は眩み、思わずホールドを掴む手に力がこもる。

鷹頭が言ったアドバイスの意味が理解できたが、もう遅い。

一度下を見てしまったら、高度に足がすくむ。

もし落ちたら・・・・と悪い想像をしてしまい、体が硬直する。


「雛山、大丈夫か?」


鷹頭の声が真下から聞こえる。


「ハゲ、真下に行くな。マットから降りろ」


「でも・・・」


「明の言う通りだ、マットから降りてろ。康気、そのまま掴まっとけよ」


下からの投げかけは耳に入るが、返事が出来る余裕は雛山にはない。

脚立でもいいから早く持ってきてと願いながら、ホールドに必死にしがみつく。

今更ながら、竜一が言っていた忠告を従うんだったと後悔する。

まだ余裕を持って下りれる高さで止まっておけば、こんな事にはならなかった。

ギャラリーの前でみっともない醜態を晒して、雛山は自分が情けなくなり泣きたい気持ちになる。


「おし、康気」


そんな男の声が、間近で聞こえた。

え?と雛山はギュッと瞑っていた目を開けて、真隣に居る男の顔を見た。

安心させるように微笑んでいる男は、右手だけでホールドに捕まり、左手は雛山の腰を掴んでいる。


「ほら、掴んでてやるから。俺の首に掴まれ」


そんな子供みたいな事とか、人の目があるからとか色んな思いが頭を過るが、早く降りたかった雛山は余計な事を考えず、男の首に片手を引っ掛けるともう片方の手もホールドから放し竜一にしがみついた。


「そのまま、掴まっとけよ」


耳元で聞こえる男の言葉に、コクンコクンと頷く事で返事を返す。

男が動き出したのを身体で感じる。

下を見ないようにと瞼を閉じ、男の首に回している手に力がこもる。

心臓が張り裂けそうに高鳴っている。

それは落ちたらという恐怖からか、それとも身体に感じる熱いぐらいの男の体温と、男の香りに包まれているからか・・・・

どちらにしても、既に雛山の頭はパンク状態。

軽い目眩を感じながら、全身で男の存在を感じていた。



133へ続く

ボルダリングって降りれなくなったら、どうするんですかね・・・・

このやり方は危険だと思いますが、今回は目を瞑ってください。

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