第131話
竜一と久々の再会。
好きだと自覚していた雛山は、彼を見た途端体の自由を奪われてしまう。
131
野掘ボルダリングジム
ウェアに着替えロッカールームから出た雛山と鷹頭。
ウキウキワクワクの表情の2人は、細長い廊下を歩き賑やかなフロアへと足を踏み入れた。
「あれ?誰か居る」
これから向かう明と白田が待っている場所、そこに見知らぬ男が背中を向けて立っているのに気がついたのは鷹頭だった。
その言葉に、雛山は足を動かしながらその男の背中を視界に入れる。
そしてそれが誰なのか解った瞬間、心臓が飛び出るほどに跳ね上がり思わず足を止めた。
「?どうした?」
立ち止まった雛山に気づいた鷹頭は、自分も足を止めて振り返る。
「な・・なんでここに居るの・・・」
心に思った疑問が、口から漏れる。
呼吸をするのも忘れ、体が緊張で固くなる。
周りの雑音も耳に届かず、目の前の鷹頭の姿さえ視界に入らず・・・・ただ、男の後ろ姿だけに意識が集中する。
すると男の側に居た明が、雛山達に気がついた。
竜一の足をローキックで蹴り、青年2人がいる方向をくいっと顎で示す。
そして男は、雛山の方へと振り向く。
相変わらずの三白眼の目が雛山を捉え・・・そして、エクボを浮かべて笑った。
途端に全身の血が一気に流れ始めたかのように、体中が熱くなる。
頬の熱さを感じながら、どこか夢心地のように頭がぼうとしてしまう。
「久しぶりだな」
いつの間にか男は、雛山の前へと歩み寄っていた。
掠れたような低い声で話しかけられたと解っていても、雛山は何も言えずただ男を見上げるだけ。
「亀田選手だ・・・」
そして一緒に居た鷹頭も、テレビで見たプロボクサーが目の前に居ることに唖然とする。
「おい、ピヨとハゲさっさとしろよ。借りてるの20時迄だぞ!」
「そう急かすなって」
明の怒号が飛んでくるも、竜一が2人の代わりに返事を返す。
「受付で靴借りて来い。さっさとしね〜とあいつ暴れだすぞ」
そう言うと男は、雛山の背中に手を添えて誘導するように受付のある方へと押した。
押された勢いのまま、受付へと歩き出す雛山。
男が触れた部分に、未だ男の手の感触が残り異様に熱を持つ。
心臓はドキドキしっぱなしで呼吸もうまく出来ず、頭の中はどうしようどうしようの文字しか思い浮かばない。
「26センチと・・・・おい、雛山。足のサイズは?」
「・・・・え・・」
「足のサイズ」
言われている言葉が耳に入るが、頭がハッキリとしない。
何とか状況を把握しようと鷹頭と、受付に立っている男性の顔を交互に見あった。
「あ・・えと、25.5です」
そう雛山が答えると、受付の男性は「ちょっと待っててね」と奥へと姿を消した。
「なぁどうしたよ。顔が赤いし、何かぼ〜としてよ〜〜。熱でもあるのか?」
心配げに、雛山の顔を覗き込む鷹頭。
体調が悪いと誤解されているのが、心苦しい。
ここは正直に鷹頭に打ち明けようか・・・・そう思い雛山は意を決したように、真っ直ぐ青年を見る。
「あのね」
「うん」
「実は・・・僕、亀田さんの事が好きで」
「・・・・・・・・」
あれ・・・反応がない・・・・?
結構な告白をしたのに、目の前の青年は目をパチクリしているだけ。
その反応に、雛山は少し不安に思う。
「え・・知ってるし」
「な!?」
何で知ってるの〜〜〜〜!!?
大声を発しそうになり慌てて自分の口を両手で塞ぐと、続きの言葉を心の中で叫ぶ。
「いや、前に言ったじゃん。お前の好みのタイプに亀田さんど真ん中だって。それに・・・・ボクシングジムに通い続けるのって、そういう事なんだろうな〜と思ってた」
「そ・・・それは・・・」
ボクシングジムへは普通に楽しいと思い始めてたから、通っていた節はある。
しかし明にも同じような事を言われた「ジムに通うのは、あいつと繋がりを断ち切りたくないから」と。
やはり竜一に会うことを期待していた自分が居たのだろうか・・・・・正直、自分自身でも解らない。
だけどいつもジムに足を踏み入れた瞬間、何かを探すように視線を巡らせるのは・・・・彼の姿を探してるのから・・・・
一緒に買物に出かけた日から、長い時間を掛けて彼に恋をしているのだろうと自覚した。
諦めなくちゃと思っていたのに、諦めきれない自分が存在しているのだと今知った。
そして久々に会った男に、心臓が壊れるぐらいに高鳴り、全身が彼の存在を意識している。
竜一に対して今までこんな事はなかったし、こんな経験すらしたことがない。
生まれて初めて感じた感覚に戸惑い、このまま平常心で壁をよじ登るなんて出来る気がしない。
「雛山はどうしたの?」
どうしたいの?
そう鷹頭からの投げかけに、雛山は黙り込む。
どうしたい・・・・・
もう一度自分自身で問い掛けてみるが、答えは浮かばない。
ただ・・・・相手はノンケで、これから世界へ進出するプロボクサー・・・とてもじゃないが、釣り合わない。
それに・・・・
「亀田さんから、そういう目で見るなって言われてるから」
「え!?そうなの?」
そんなハッキリと言われた訳じゃないが、結局は同じこと。
その時点で、自分は失恋してる。
「事前に忠告されてるとか・・・・。恋心どうこうより、自分が受け入れられてない感じで寂しいな」
暗い表情の雛山に釣られるように、鷹頭の顔もどんよりと暗くなる。
性癖は違えど、感じた事は同じ。
ノーマルとは言いがたい人間の引け目に、2人は同時にため息をついた。
132へ続く
本物の亀田さんを見れば、竜一の年齢で世界へ行くのは遅いのでは?と思いましたが、スタートした年齢が違うという事にしておいてください。
30歳でも世界へいってる選手も多いようです。
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