第130話

雛山と鷹頭を連れてきた場所は、ボルダリングジム。

ここで、竜一と雛山を急接近させる計画を立てている明だったが・・・



130



「うわぁ・・・・」


初めて訪れた場所で、雛山の第一声がこれだった。

地面から天井までカラフルな人工石で飾られた壁を、口を開けてただひたすら見上げている雛山。


「これ、ロッククライミングってやつ?」


そう隣に立っている鷹頭に、顔を向けずに問い掛けた。


「多分、ボルダリングってやつかな」


「え?違うの?」


初めて聞く名前に漸く壁から視線を外し、隣の青年に顔を向ける。


「あんまり俺も知らないけど、ロープを使う使わないの違いなのかな〜〜?けどボルダリングは、初心者でもやりやすいってのはよく聞く」


「へぇ・・・・」


「多分、ついている石の色も重要なのかな〜、ほら石の横に数字も書いてるだろ?ただ単に、登るだけじゃないみたいだな」


室内の壁一面に付けられたホールドは、大まかに3箇所に分かれていた。

ABCと大きく明記されており、BとCには既に2つのグループが使用している。

4人の女性だけのグループをB、Cは6人男女のグループだ。

年齢は自分達とそう変わらない、若い層だった。

隣で軽々と登っていく女性を見ると、物凄く簡単に見える。

だが動きなれているのを見ると、何度も足を運んでいる人達なのだろう。

鷹頭が言ったようにロープがついておらず、下にマットが敷いてあっても落ちた時の衝撃を想像して不安になる。

なんせ・・・・自分は運動音痴。

筋トレや走るだけならまだしも、反射的な判断や頭を使うスポーツは苦手だ。

隣は女性ばかり、音痴を発揮して笑われたりしないだろうか・・・・

とそんな不安に襲われていた時、女子グループが騒がしくなる。

何だろうと雛山は、彼女達が見ている先に顔を向けた。


「ほら、お前ら着替えてこい。後、受付で専用の靴借りろよ」


彼女達の視線の先に居たのは、明と白田。

いつの間にか、スーツからいつもの動きやすい服装へと着替えていた。

しかも、白田もちゃっかり着替えている。


「白田さんも、するんですか?」


「勿論。丁度ジムに行く日で着替え持ってたからな」


なんか良いかも・・・・

さっきまで感じていた不安な気持ちは、嘘みたいに消え去った。

皆でチャレンジするのは、どこか遊びにも感じられ心がワクワクし始める。


「おしっ!雛山行こうぜ」


「うん」


鷹頭も同じ様に感じているのか、笑顔で雛山の肩を叩く。

そして2人でロッカールームと表示している場所に向かって歩きだすと、ちょこちょことその後を追ってくるミニピン。

犬同伴でも怒られないのかなと思いながらも、嬉しそうな顔で見上げてくる犬に「まぁ良いか」と気にしないことにした。





「明と体動かすのって、二回目だね」


4メートル程ある高さの壁を見上げている明に、隣に立つ男がそう言った。

ここに来るまで、鷹頭にヤキモチを焼いていた男と同一人物かと疑うほど、表情は一変。

恋人に向ける甘ったるい表情の男に、思わず吹き出しそうになる。


「サッカーの時以来か」


「ボルダリング初めてなんだけど、明はしたことあるの?」


「いや、オレも初めて」


「ルールとかあるんだよね」


「あぁ、竜一が教えてくれるはずだけど・・・・」


「・・・・・・・」


言葉を止めた明に続き、白田も口を閉じる。

なぜなら・・・


「おい!置いていくなよ!」


勢いよく外に通じる扉が開くと、お怒り気味の竜一が声を荒げて入ってきた。


「人が準備している間に、何も言わず放って行くとかありか!?」


そう、吉本ボクシングジムに竜一を置いてけぼりでここに来た2人。

行く場所は解ってるんだからいいだろうと、深く考えていない明。

そして恋人が向かうなら、それに従うまでの白田。


「明はわかる。今までも何度もあったしな!俺が何度言っても、直す気ゼロだしよ!」


ならいい加減に慣れろよ・・・と喚く男に鬱陶しそうな表情になる明。


「けどよ・・・」


意味深な竜一の言葉。

そして男は、明からその隣に立っている白田へ視線を移す。


「仁まで、一緒に置いていくとかないよな〜」


そう言うと、ガシっと白田の首に腕を回した。

そんな竜一に、明はピクリと眉を動かす。

スキンシップ激しい男の行動よりも、明が気になったのは・・・・


「おい・・・、いつの間に名前呼びしてんだよ・・」


「別にいいだろうが。何、何か不都合でもあんのか〜?」


明らかにワザと煽る相手に、明はイラッとして舌打ちをする。


「あぁ・・・あれか、お前まだ他人行儀に名字で呼んでるもんなぁ〜〜」


竜一のからかいに、明の額に青筋が浮き出る。


「プロボクサーが一般人に喧嘩売ろうなんて、とんだ腑抜け野郎だな。表出ろ」


「はは〜〜、いっちょ前にヤキモチですか!?おい仁、こいつ意外と心せめ〜ぞ」


竜一は馬鹿にしたように笑いながら、白田に視線を向ける。

そして「めっちゃ喜んでる!!」と嬉しそうに破顔している白田を見て、大げさにツッコミを入れた。

おいおい・・・そんなに喜ぶことかよ・・

明も恋人の表情に拍子抜けし、竜一へのイライラが萎んでいく。


「お前もうちょっと、仁を大切にしろよ」


「うるせぇなぁ〜、クソハゲ。そいつから離れろ」


いつまでもくっついている竜一に、蹴りを入れる明。

だがそれを軽々と避けた男は、漸く白田から体を放した。


「良かったなぁ〜仁。ちゃんと愛されてて」


「はい」


「口閉じろ!バカボクサー!お前もだっ何が【はい】だっ!締りねぇ〜顔なんとかしろ!」


怒りかそれとも羞恥心か、顔を赤らめて2人に吠える明。

古き友人からの揶揄いに恥ずかしさもあるが、いつの間にかグッと距離を縮めた竜一と白田。

未だ堂々と下の名前を呼べないのに、ごく自然に恋人の名前を呼んだ竜一にカチンともきた。

そして怒りや恥よりも、恋人らしく嫉妬した自分に対して密かに驚いていた。



131へ続く

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