第129話

鷹頭と一緒に吉田ボクシングジムへやってきた雛山。

そこには居ないはずの白田が居て・・・



129



吉本ボクシングジム



仕事を終えた雛山は、鷹頭と共に吉田ボクシングジムへと向かう。

途中のコンビニで軽食と水分を買い、ジム入をするのがいつものパターンとなっている。


「なんかさ〜〜ミニピンの散歩行ってたら、俺も犬が欲しくなってさぁ」


「えぇ~、それは週イチだからじゃないの?毎日朝と夜の2回は行かないと駄目でしょ?」


そんな話しをしながら、2人はジムの扉を開けて中へと入り「こんばんわ〜」と声を揃えて挨拶をした。

ジム内にはこの時間にいつも居るメンバーと、早めに来ている明がマットの上でストレッチをしているのがいつもの光景だ。

だが今日は少し違う・・・・明の姿がない代わりに、何故かその恋人が居た。

その男はベンチに腰掛け、尻尾を千切れんばかりに振っているミニピンを撫でている。


「あれ・・・・白田さんだ」


今日は彼も、通っているスポーツジムへ行っているはず。

雛山は何故ここにいるのだろうと、トテトテと白田が居るベンチへと歩み寄る。


「お疲れ様です。今日はどうしたんですか?」


そんな言葉を投げかけると、白田は顔を上げて雛山の存在に気がついた。


「あぁ、ちょっとね」


そうハッキリとしない返答だったが相変わらずの爽やかな笑顔を向けられ、雛山はまぁいいかと追求する気を失った。

そこへ少し遅れて側にやって来た、鷹頭。

そんな青年を目にして、白田は途端に表情を固まらせる。


「お疲れ様です」


ペコリと頭を下げる鷹頭。

だが白田からはそれに対して返しが無い。

あれ・・・もしかして・・・

雛山は少し嫌な予感が過る。


「何で、鷹頭がここに居るんだ」


いつもより声のトーンが低い白田に、サーと鷹頭の顔の血の気が引いていく。

雛山の予感は的中。

だが全く嬉しくない・・・・・恋人に何も聞かされていなかった白田。

爽やかな笑顔から貼り付けたような笑顔になった男に、雛山は背中に冷や汗を掻き始める。


「あのっ、僕が誘ったんです。鷹頭は元々スポーツしてた人間で、社会人になってから身体を動かしてないって言うから」


「ふ〜〜〜ん・・・」


何故、自分は必死に弁解してるんだろう・・・・そんな疑問があるものの、言わずにいられなかった。

鷹頭がどこで何をしようが自由だ。

なのに明に関わる事に関しては、物凄く心が狭くなる男。

今この場に居ない明に「もう〜〜言っててよ〜」と心のなかで文句を言うぐらいは許してほしい。

しかし、そんなタイミングで明は姿を現す。

ロッカールームから出てきた明は、ベンチ周辺に居る3人を見ると「お」と呟きながらそばにやって来た。


「いつも時間チョッキリに来るな〜お前ら」


と、3人を取り巻く変な空気を全く気にしていない明。

そこで雛山は彼の服装が、未だスーツ姿なのに気がついた。

だからといって、それを問いかける余裕は全くない。


「明」


さっきから瞬きせずに鷹頭を見ていた白田が、静かに恋人の名を呼ぶ。

汗をダラダラ流している鷹頭は、縋るように明に視線を向けた。


「あ?何?」


「鷹頭・・ここに通ってるんだね」


「そうだけど。あ?言ってなかったっけ?」


「うん、聞いてないね」


「そっか。おいお前ら、今日はこいつの散歩しなくていいからな」


と白田の足元に居たミニピンを抱える明。

え!?いまので終了!?

「そっか」の一言で終わらせた明に、雛山と鷹頭は目を白黒させる。


「明」


やっぱり白田は「そっか」で納得していなかったようで、もう一度明の名を呼んだ。


「あ?今度は何?」


「俺は来ちゃいけないんだよね」


「あぁ」


「なのに鷹頭はいいの?」


「・・・・・・・・・・・」


黙り込んだ明。

白けたように目を細めて白田をじっと見ている彼に、雛山は内心ヒヤヒヤとする。

もしや・・・・ここで喧嘩勃発かと不安が押し寄せる。


「スマホだせ」


やがて明が手のひらを男に差し出して、そう口にした。


「何するの?」


「待受データ消す」


「!?」


どうやら明の言葉は、白田にとって脅しだったようだ。

物凄いショックを受けている男は、スマホを取り出す素振りは一切ない。

待受画面が・・・・物凄く気になる・・・


「言っとくけど、また雅から貰おうとか思うなよ。あいつにも釘さしとくからな」


「それは・・・・」


うろたえる白田に、明はふんと鼻を鳴らした。


「今日、来たこと許してやったんだから文句言うなよ。こいつがプライベートで、どこで何をしようが勝手だろうが」


「はい・・」


白田さん・・・完全に尻に敷かれてる・・・

2人のやり取りを見ながら、そんな事を思う雛山。

隣の鷹頭に視線を向ければ、ほっとしたようで顔色ももとに戻りつつあった。


「今日はここでトレーニングはなしだ。このまま、ちょっと移動するぞ」


だから明はウェアに着替えてなかったのかと、雛山は納得した。

犬を抱えたままさっさと歩き始めた明に、手荷物を持って付いていく白田。

雛山は鷹頭は一度視線を交わしてから、少し遅れて2人の後へ続いた。

そのまま外へ出ると、明は駅とは反対の方向へと足を進める。

白田はごく自然に、彼の横へと並んだ。

すると明が、白田に何かを話し始めた。

内容は雛山の耳には届かない。

そんな2人の背中を見ながら、後を続く雛山と鷹頭。


「さっきの、殺されるかと思った」


そう小声で話しかけてくる鷹頭に、自分もとコクンコクンと頷いて見せる雛山。

嫉妬心丸出しの白田は、口元に笑みを浮かべているものの目が笑っていない。

しかも瞬きを一切しないあたりが、恐怖を誘う。

そんな男に、明は上手く対処しているようで・・・・・さっきの脅しが効いたのか、それとも明がその後何かを言ったのか・・・今は甘い表情で明と何やら話している。

そんな目の前のカップルを見るとなんだか微笑ましくなる。

以前に増してぐっと親密に見える2人は、それだけ絆が強くなったということだろう。


「お前、顔がニタついてるぞ」


「ふふふ、だっていいと思わない?明さんと白田さん」


「・・・・・・・・・」


雛山の言葉に、鷹頭は前の2人をマジマジと見る。


「あ・・・ごめん」


小難しいような表情の青年に、雛山は慌てて謝罪を入れる。

そうだった・・・彼は人を愛せないんだった・・・


「俺には恋人同士の感情は解らないけど・・・。あの2人みたいにお互いを理解しあって許し合えるって・・・いいよな」


そう答える青年の口元は緩やかに笑っている。

雛山は同じ様に口元を緩ませて「だね」と返し、再び前を歩く2人に視線を向けた。



130へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る