第128話

吉本ボクシングジムへやってきた白田。

恋人から怒られるのではと、入る事を躊躇していた彼の前に現れたのは・・・・



128



平日の18時過ぎ

吉本ボクシングジムの周辺は、駅や商店街の近隣にあり人の通りが多い。

そしてたまたまこの辺で営業の仕事を終えた白田は、会社に戻らずこのまま直帰予定。

本日恋人の明は、ボクシングジムへ行っている日。

そんな日の白田も、いつもなら通っているジムへと向かう。

だが、今日はどうしても・・・明を一目見たかった。

折角近くに居るのだからという理由と、毎日でも愛しい恋人に会いたい気持ち。


本当ならば雛山が吉本ボクシングジムに通う時点で、自分もジムを変えていた。

だが明が頑なに「来るな」と言うものだから、泣く泣く諦めたのだ。

「お前が来ると、オレが思うように動けなくなるだろうが」と明がいう事もわかる。

動きやすい服装は時として、明の素肌を人に晒すことになるし。

明のロッカールームでの生着替えに、シャワー室で一糸まとわぬ姿をジムの男たちは目にするのだ。

白田が近くにいればSP並に、明から片時も離れないだろう。

明にやるな!と言われれば我慢するが、ストレスで胃に穴があくのは自分でも予想できる。

だからここは明の言葉に従い、スポーツジムは別々の所へ行く事に納得した。


だけど、今日は一目見るだけ・・・・。

ジムの人達も顔知りなのだから、差し入れぐらい持っていっても・・・明は許してくれるだろう。


「・・・・・・」


そう自分に言い聞かせても、目の前の扉を開けられない白田。

もし、明が怒ったら・・・・と躊躇してしまう。

顔を見たいが・・・怒られたくはない・・。

明に会いたいという気持ちはただの我儘で、明を困らせたいわけじゃない。


ここは大人しく帰るか・・・

と白田は踵を返し、駅へと向かう。


「おいおい、入らずにどこ行くんだ?」


そんな言葉と共に、誰かに二の腕を掴まれた。

自分の腕を掴んでいる手から相手に視線を向けると、そこには竜一の姿。

丁度白田とすれ違う所だったようで、目を丸くした男が白田を見上げていた。


「明に用があるんだろ?」


「あ・・いえ、近くに来たついでにと」


「なら、入りゃ〜いいじゃねぇ〜か」


彼の言うことは全くその通りである。

だからといって明に来るなと言われている事を、正直に相手に言うのは・・・気が引ける。


なんせ、竜一とはこれが二度目。

一度目のあの最悪な出会いから、顔を合わせていなかった。

明の古くからの友人で親友と言っていい彼は、明の口から度々話題に出る。

その度、あの時の事を思い出し、何とも言えない気持ちになるのだ。


『明が嫌ってると言うより、亀田さんが俺みたいなタイプが嫌いなんじゃないですか?まぁお互い様ですけどね』


あの時、竜一に言った言葉。

大人気なくああ言ってしまったが、人として嫌いなわけではない・・・なんせ、我が身を省みず明のアリバイを証明してくれた人だ。

それに「あいつ、白田にも謝っといてくれってさ」と明経由で謝罪もされている。


何れは顔を合わせる事になるだろうと思っていたが、この時間帯はジムに居ないと聞かされていた白田にしてみれば、心構えが全くできてない状態での再会に狼狽した。

だがここは営業部ホープの白田。

その戸惑いを抑え込み、竜一に笑顔を向ける。


「そう思ったんですが、明の邪魔になりそうなので帰ります」


「なんだ、その嘘くさい顔」


全てを見抜かされているような竜一の言葉に、白田は目を見開く。


「ははは、わりぃわりぃ。気ぃ悪くすんなよ」


パシンパシンと白田の肩を叩き、仲よさげにそのまま腕を肩に絡める。


「ボクシングなんてやってっと、相手の心の内を読もうと人の目を見る癖があってな」


ぐっと距離を縮めてくる竜一。

白田は内心戸惑いながらも、その手を振り払わない。


「まぁ兎に角帰るなよ、俺もあんたと話したいしよ」


「俺とですか?」


「そう、あのままじゃ蟠りが残ってそうだし。それにもう一つ・・・・」


そこで一度言葉を止めて、眉間にシワを寄せてまるで困っているという表情になる竜一。


「康気の事だ。変な男と食事を止める為に、あいつ康気と付き合えって言うんだぜ」


「ふっ・・・」


直球すぎる明の要望に、白田は思わず吹き出す。

まさか竜一にそんな事を言っていたとは・・・・明らしいと言えば明らしい。


「これ以上あいつが俺に無理言ってこないように、側にいてくれよ」


「今からですか!?」


「今日あいつに呼ばれてんだ。康気の事どうにかしろって・・・・」


なるほど、だからこんな時間にジムに顔を出すのか。

白田は納得はしたが、その場に自分がいれば・・・明はどう思うだろうとそっちの不安が過る。

以前、竜一と会おうとしていた明に一緒に行きたいと言えば、拒否された。

きっと、明1人だけの時間は白田の為に使ってもいいと思っているようだが、友人と過ごす時間は友人を優先させたいみたいだ。

だから、ここで竜一の言葉に従っていいのか迷う。


「・・・・何、あいつに何か言われてんのか?」


何も言わない白田に、竜一は何かを察したようで顔を覗き込み問い掛けてきた。


「実は・・・俺がここに来る事は、あまり好ましく思ってないんです」


「ふ〜〜〜ん・・・・あんたが居てくれたら、俺は助かるんだけどな・・・・」


「すみません」


「なら・・・」


ここで白田の身体を開放した竜一。

そして懐からスマホを取り出し、操作をし始める。


「これやるからって言っても?」


そう言って、スマホに映し出された画面を白田に見せた。


「!?」


それは、学生時代の明の画像。

着崩した学ラン姿。

金色に染めたベリーショートヘアで広めのおでこが顕になり、今よりも線が細く少年から青年に移り変わる貴重な瞬間。

見れば男と解るのに、不思議と女性のような儚げな雰囲気が漂う。

そんな彼はカメラを向けられ少し不機嫌そうな表情だが、そんな表情すら愛らしい。

手に持っているのが缶ビールでも、明の可憐な姿しか白田の目には入っていない。


「これ俺のマネして金髪にしたんだけどよ、結局気に入らなくて一週間で黒髪に戻した貴重な一枚だぜ」


以前雅から貰ったのは、小学生低学年の時の明の画像。

そして竜一から報酬として突き出されたのは画像は、高校生の明。

しかもプレミアな一枚ときた。


「か・・・・可愛い・・・」


竜一の存在を忘れて、思わず心の声を口にする白田。


「ぷはははは。白田さんよっぽどだな、あんた。あははは」


膝を叩いて笑う男に、白田はハッとし慌てて表情と姿勢を整える。

だがすでに遅い・・・。

ひぃひぃ〜とツボに嵌っている男は、笑いながらこう付け足した。


「他にもあるぜ、あいつの写真。なんなら姉貴からも・・・」


その言葉に、白田は決心した。

明に怒られても、絶対このプレミアプロマイドをGETする!と・・・・



129へ続く

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