第127話
倖田家の葬儀も終わり、翌日には開店していたフスカル。
今日は店子として出勤してきた雛山だが、どうも林檎が気になり・・・
127
フスカル
じ〜〜〜〜〜〜〜〜
カウンター内で洗ったグラスを拭いている雛山。
目線は手元ではなくBOX席に座っている、ある人物に向けられている。
桃と一緒にキャッキャッと騒いでいる人物・・・・・林檎ちゃん。
今日フスカルに林檎が来店した時から、雛山の視線は常に彼を追いかけていた。
気になる・・・・・
あの日から、彼の事が物凄く気になっている。
そう、パンチパーマの男から助けてくれた日。
フスカルの中だけしか知らなかった林檎の顔・・・・いつも明るく常連の中ではムードメーカー的な存在。
誰とでも分け隔てなく接する彼は、初めて来た客にもすぐに打ち解けていた。
雛山が林檎と初めて会った時、彼の風貌に気後れしてしまった。
だが初対面にも関わらず昔からの友人の様に接してくれた林檎に、一瞬で距離が縮まった。
雛山にとって林檎は、フスカルの常連客の中で一番大好きなお客様だ。
(桃は雅の恋人なので、彼の中ではお客に入っていない)
だが、今ではよく解らなくなってしまった。
無邪気な笑顔で、チンピラ男の髪の毛を引っこ抜く彼は・・・・喧嘩上等の明や竜一とは違った怖さがあった。
サイコパス・・・そんな言葉が過る。
フスカルで見る彼からは、想像つかなかった姿だ。
そんな一面を見れば、彼の事を何一つ知らなかったと今更気がついた。
店に来る客は、外で何をしているか隠す人も居る。
だから雛山は、相手が自分から言わない限りは追求して聞かないようにしていた。
そして林檎も、あまり自分の事は話さないタイプ。
基本的な年齢さえも雛山は知らない。
自分とさほど変わらないように見えるが、仕事が〜〜と話してた事があり辛うじて社会人なのだと解るぐらい。
林檎という呼び名も、通り名的なもので本名じゃないのだろう・・・・。
「お前さ・・・林檎と何かあったのか?」
BOX席からカウンターに戻ってきた雅。
雛山の奇妙な様子に、流石に見て見ぬ振りができなくなったのだろう。
「雅さん・・・・林檎さんってフスカルの常連になって、長いんですか?」
「あ?いや・・・・たしか、明が入る少し前からだったか」
「え・・・意外と最近なんですね。他の常連さんに溶け込んでるから、てっきり桃さんと同じでOPEN当時からだと思った・・・」
「まぁ警戒する暇もなく、人の懐に潜り込むのが得意な奴だからな・・・。で?何でそんなに林檎の事が気になるんだ?」
「実は〜〜〜、ついちょっと前に原宿で偶然会ったんです」
「・・・・ほう」
一瞬だけ言葉を発するのに間があったように感じた、雅。
雛山はそれにあれ?と気づくが、さほど気にせずに続ける。
「僕が怖い人に絡まれた時に、助けてくれたんです」
「お前、めっちゃ運が良かったんだな・・・・けど、林檎の事はここで話すな。出来るだけあいつの事は伏せといてくれ」
「?」
林檎の事を伏せる?
雅の言葉に、雛山は首を傾げる。
何故か、話が噛み合ってない気がする。
ただ原宿で助けてもらった話をしてたのに、物凄く大層な話になっている。
ここで突っ込んで追求した方がいいのか・・・・
いやこれは黙っていられない、物凄く気になる・・・・と雛山は一歩雅へと身を乗り出す。
「雅さん。その事なんですけど、どう「わりぃ」・・・」
雛山が詳しく訊こうとした矢先、雅が尻ポケットからスマホを取り出す。
バイブに気がついたようで、画面を見て「お袋からだ、ちょっと厨房入ってるから」そう言いながら言葉通りその場を移動した。
雛山はそれを目で追い掛け・・・・
「ふふふ」
と思わず笑いを漏らす。
電話の相手を確認した時の雅の表情。
それを見れば、電話の相手との仲がよく解った。
詳しくは知らないが、最近のゴタゴタや明周辺での事件を掻い摘んで知っていた雛山。
それが全て実家絡みの事で、つい先日雅の父親が病院で息を引き取った。
葬儀の日程を聞いたが、雅に身内だけの葬儀だから来なくていいと言われた。
葬儀は実家の屋敷で行われたようで、雛山が行った所で場違い間違いなしだっただろう。
なので、お悔やみを〜〜〜〜・・と雅に告げるだけで終わった。
父親が亡くなり暫くはフスカルも休むのかと思っていたが、葬儀が終わった次の日には開店。
雅も今まで通り変わらずで、落ち込んでいる様子はまったくない。
縁を切っていた時期が長かったからか、そんなものなのだうかと雛山は他人事ながら少し悲しかった。
だがどうやら父親の事が切っ掛けとなり母親とは仲直りができ、それはそれで喜ばしい出来事だと雛山自身も心の中で手を叩いて喜んだ。
「ピ〜〜〜ヨちゃん」
思いに耽っていた雛山。
突然あだ名を呼ばれて、覚醒すれば目の前ににこにこ顔の林檎。
椅子に膝立ちし、カウンターに両手をついて身を乗り出している林檎にビックリして、思わず仰け反る。
「あはははは、そんなにビックリしなくてもさぁ〜」
「すっすみません。ええとビールお代りですか?」
「ううん。ちょっと小耳に挟んだんだけど〜」
「?何をですか?」
「ピヨちゃん、枇杷くんとご飯行くんだってね?日程決まった?」
「え・・あぁ、いえ・・・枇杷さん、今仕事が立て込んでるから少し待ってる状態です」
何でそんな事を聞いてくるんだろう・・・と不思議に思もうも、すぐに皆と同じで枇杷とのアフターを反対されるのではと疑う。
「どうしたのそんなムッとした顔で、もしかして邪魔されるの嫌だった?」
「邪魔?ですか?行くなって止めるんじゃなくて・・・」
「何で止めるの?止めないよ〜〜〜違うの違うの、僕も一緒に行っていい?ってききたくてさ〜〜」
「え・・・ええ!?林檎さんも!?」
「ん〜〜別に枇杷さん落としたいなら2人きりで行ってもいいんだけど、もしただご飯食べに行くのなら〜〜駄目?」
まさかの同行希望に、雛山は言葉を詰まらせる。
枇杷とそういう仲になりたい訳ではないが・・・・何故・・・・・
そして雛山はある事に気が付き、ハッとした顔で目の前の青年を見る。
「!?も・・・もしかして林檎さん、枇杷さんを好きなんですか!?」
そうならば、皆が何故止めたがるのかも理由がわかる。
林檎が枇杷を狙っているのを、皆は知っているからだ。
それだと、枇杷に林檎を推していたのも納得がいく。
なんだ・・・なら、言ってくれればいいのに〜〜。
「もうそんなに大きな声ださないでよ〜〜」
「すっすみません・・・。あの・・じゃ、僕は断った方が・・・」
皆に反対されて意地になっていたが、林檎の想い人が枇杷ならば話は別。
潔く雛山は身を引くべきだと考えた。
「ダメダメ〜〜。だって枇杷くん僕のこと眼中にないんだも〜ん。だから〜〜〜、2人が食事に行く場所で偶然を装って相席したいなぁ〜って」
「なるほど・・・・」
「協力してくれる?」
「はい。それなら全然大丈夫です。それに、以前助けてくれましたし。是非!ご協力させてください!」
助けてくれたお礼もあるが、こうやって誰かの恋に協力するなんてワクワクする展開に思えた。
「やったぁ〜〜。ありがとう、ピヨちゃん。じゃ連絡先交換しよ〜よ」
「はい」
歯を見せて笑っている林檎につられ、雛山もニコニコ顔になる。
お客として又店子としてフスカルに通っている雛山だが、常連客とは連絡交換はあまりしていなかった。
フスカルに来る前は、両親や会社関係の数件の連絡先しかスマホには入っていなかったが、こうやって少しずつではあるが連絡帳が増えてことに感動を感じる。
ついさっきまで謎めいた林檎に悶々としていたのに、今ではその事は頭の片隅にもない。
それぐらい雛山の気分が高揚していた。
128へ続く
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