第123話
祖父が入院している病院へやってきた明と白田。
そして祖母は病室から姿を消し、行方がわからなくなっていた。
123
病院の駐車場に車を停めて、もううすぐ1時間が経とうとしていた。
明は助手席に座ったまま、白い病院の建物をじっと見つめている。
そこへ暫く留守をしていた白田が、建物の方からやって来るのが見えた。
明は両手が塞がっている男の為に、体を伸ばして運転席の扉をあけてやる。
「ありがとう」
両手に病院内の購買で購入したカップ珈琲を持った白田は、明にお礼を述べて運転席へと座る。
そして「はい、ブラックコーヒーね」と一つのカップを明に差し出した。
「熱いから気をつけてね」
「ん」
男の言う通り、カップを持つと液体の熱さが伝わる。
だがエアコンを切った車内で冷たくなっていた手には、丁度いい温もりだった。
「明、やっぱりエアコンつけようか?日が沈んでぐっと気温が下がってきてるよ」
「オレは平気。お前が寒いならつければいい」
「明が平気なら、俺も平気」
「何だよそれ・・・」
白田の冗談に、呆れながらもフッと笑いを漏らす。
「・・・・・あのね、明」
「ん?」
熱々の珈琲をチビリと飲んだ明は、男の投げ掛けに相手に視線を向けた。
「ここに戻ってくる途中で、見かけたんだ」
「何を」
「お婆さんらしき人が、中庭のベンチに座ってた」
「・・・・・・」
白田の言葉に、明は車のデジタル時計を確認した。
「言ってた時間、もうすぐだぞ」
今の時間は、18時40分過ぎ。
19時に、祖父の生命を維持している呼吸器を取り外す。
そう雅は言っていた・・・・・
「だよね・・・。着物じゃなくて黒いワンピースを着てたから、やっぱり違う人かも。遠目で一度しか見てないしね」
「・・・・・・・」
そう白田は言うものの、明は何か引っかかり眉間に皺を寄せる。
普段は浴衣ばかりの祖母だが、ごくたまに洋服を着ている時があった。
思い起こせば、黒いワンピースが多かった気がする・・・。
明は鞄からスマホを取り出すと、雅に電話を掛けた。
だが相手は病院内、それも精密機械が置いてあるような場所に居る。
お決まりのアナウンスが聞こえ・・・・予想した通り、雅のスマホの電源は切られいた。
そこで明は、次に太郎に電話を掛ける。
彼もまた朝方に病院に行くと言っていた。
どこか抜けている父親なら・・・と期待していたが、明の読み通りコール音が鳴り始めた。
「電源切ってねぇ〜し」
そう突っ込む明の言葉が終わると同時に、通話が開始された。
「も・・しもし?明君?」
声を潜めて遠慮がちな父の声。
流石に病院内で、まずいと思っているのだろう。
「今病室だろ?」
「うん」
「婆そこに居るのか?」
「それが・・・さっきから姿が見えなくて。もうそろそろ立ち会いの時間になるから、雅君と桃ちゃんが探しに行ってるんだけど・・・」
「今日は着物だったか?」
「ううん。洋服だったよ」
「雅と桃探してくれ、オレが婆を病室まで連れて行く」
「え・・・どこに居るの?」
「中庭」
「いや、そうじゃなくて。明君も病院に来てるの?」
「まぁ、そうだ。兎に角2人を見つけたらLINE送ってくれ」
「うんうん、解ったよ」
太郎の返事を聞き、明は通話を切る。
「婆探すなら、電話の電源ぐらいつけとけよ・・・」
「俺も、2人を探そうか?」
太郎との電話の話に状況を理解した白田が、空かさず提案を出す。
流石頭の回転が早いなと関心しつつ、「ん、頼む」と男に返した。
「解った。見つかったら、明と太郎さんにLINE入れるね」
そして2人は車から出ると、それぞれ向かう場所へと足を向けた。
やはりエアコンを切っていても、車の方が幾分マシだったと感じる外気。
日も沈んだ中庭に出ている人はおらず、街灯に照らされたベンチに座る女性は遠目からも目立っていた。
一度遠目から見たことがあると言っていた白田の記憶力は凄い。
着物姿の時とは違う雰囲気の祖母を、同一だと気付くのは中々難しいだろう。
流石営業部のエースだなと、内心で褒めてやる。
こんな寒空の下、上着を羽織っていない女性に近づきながら、明はグレーのコートを脱ぐ。
そして俯き足元をじっと見つめている女性の肩に、それを被せるようにのせた。
「そんな薄着で何してんだ、今度はお前が入院する気か?」
相変わらずのぶっきらぼうな物言いに、久美子は顔を上げる。
明の姿を見た彼女は信じられない様な表情で、何かを言おうにも言葉が出てこない感じだ。
もう立ち会いの時間が迫る中、どういうつもりで病室を離れたのか・・・・その答えは何となく明は解っていた。
「もう時間だろ?雅達が探してるぞ」
「・・・・・」
何も言葉を発しない久美子は両手を伸ばし、正面に立って見下ろしている明の右手を掴んだ。
自分よりも冷たい祖母の手に、明は顔を顰めた。
「明・・・来てくれるなんて・・・貴方に酷いことを沢山したのに」
「親父から聞いてるから、もう謝罪はいいんだよ」
「・・・そう・・」
「ほら、立てよ。さっさと病室行くぞ」
「駄目なの・・・怖くて」
「・・・・・・・・」
声を震わせて答える久美子に、明ははぁとため息をつく。
怖い・・・・
その気持ちは、明も痛いほど知っている。
そして恐れている事は、一つだけでないのも知っている。
「今まで爺を振り回すだけ振り回して、幸せだったのか考えるのが怖いだろう?」
「えぇ・・それもあるわ・・」
「そして爺を、自分の手で旅立たせるのが怖いだろう?」
「・・・・」
明の質問に対して、その通りだと頷く。
それでも明は、まだ問いかけを続けた。
「家族を失うのが怖いだろう?」
「・・・・・・」
「独りになるのが怖いんだろう?」
「・・・・・」
明の畳み掛けるような言葉に、久美子の目元は赤くなりみるみる涙が溢れる。
「過ぎたことは、もう取り戻せねぇ〜よ」
どんなに後悔しても、過去をやり直す事は出来ない。
それはあの子が死を選んでしまった時から、ずっと思っていた事だ。
「爺が幸せだったかなんて、誰もわかんねぇ。けど、看取られる時は家族全員が揃ってんだから、幸せな逝き方なんじゃねぇ〜の?」
あの子は苦しみから開放される為に、死を選んだ。
彼女に謝ることも攻める事も、もう出来ない。
何も出来ないから、どうや安らかに眠って欲しいと願う・・・・・
「明・・・」
明の手を掴んでいる久美子の手に、力が篭もる。
「爺はお袋の所に行くけど、あんたには雅が戻ってきただろうが。オレだってもう許してる・・・・。それに家族も更に増えただろう、雅の旦那は器も身体もでけ〜おっさんだし。オレの恋人も顔も中身もいい男だぞ。あんたがズケズケ言ったところで、二人とも笑って許してくれる人間だ」
亡くなった人を思いながらも、残された人は生きていかなきゃいけない。
強くなくてもいい、誰に頼って寄りかかって弱音を吐きながらでも生きていけばいいんだ。
「うぅ・・・・」
祖母に握られた手が引き寄せられる。
そして明の手に顔を寄せ、声を押し殺して泣き出す祖母。
「広い家で独りが寂しいなら、うちに引っ越して来りゃ〜〜いいじゃねぇ〜か。狭め〜けど、寂しいって事は絶対ないぞ」
小さな頃から見てきた祖母からは、想像がつかない目の前の女性。
いつも威圧的で言葉もキツイ彼女は、今は弱々しく小さく見える。
久美子は明の言葉に何も言えず、ただ肩を震わせて今までの気持ちを吐き出すように泣いていた。
雅が微笑みながら、2人に近づいて来ていることも知らずに・・・・
124へ続く
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