第121話

愛野家のパンドラの箱(冷蔵庫)を開けた白田。

またもや明の悪い癖を目にして、今日も小姑化になる白田だった。


121



愛野宅



「ねぇ明・・・冷蔵庫に牛乳が8本入ってたんだけど・・・」

明の自室に入ってきた白田の第一声。

台所に飲み物を入れに行っていた男は、パンドラの箱という名の愛野宅の冷蔵庫を開けてしまったのだろう・・・


「今日は特売だった」


「・・・だからって、あんなに必要?」


「賞味期限切れたって、多少は飲めるんだからいいじゃねぇ〜か」


明の悪い癖。

特売には目が無い。

必要なくても、割引となれば籠いっぱいに買い物してしまう癖がある。

それで冷蔵庫はパンパンになり、毎回毎回太郎が頭を抱える要因となっている。

父親の髪の毛が抜け落ちるのは、それも原因の一つだとは明は全く自覚していなかった。


「それにお前も殆どオレん家に居るんだから、減るの早いだろうし。あ、この前作ってくれたクリームシチュー、また作ってくれよ。めっちゃ美味かった」


差し出されたマグカップを受け取りながら、そんな事を言う明。

その言葉に、白田は「しょうがないなぁ〜。じゃぁ水曜にね」と嬉しそうに返した。

ちょろいな・・・

白田が小姑みたいに細かい事を言ってくる時は、恋人が喜ぶような事を言えば簡単に許してくれる。

すでに対処法を身に着けている明は、白田に気づかれないように細く笑った。

そんな時、ローテーブルの上に置いていた明の携帯が鳴る。

すかさず白田がそれを手にすると、ソファの上の明に手渡した。

電話の相手は、雅だった。

電話する程、店が暇なのか?と思いながら明は通話を開始する。


「ん?」


「明日だけどよ、フスカル休むから来なくていいぞ」


「ふ〜〜ん。何、雨漏りでもしてんのか?」


「ちげ〜よ。・・・・聞いてると思うけど。親父が入院してる病院に行く」


雅のその言葉に、明は「あぁ・・・そう」と声を落として返す。

祖父の事を太郎から聞いて、雅なりに考えたはずだ。

もう縁が切れていても最後となる父親に会う、それが雅の答え。

それなら明は特に何も言うことはない。

ただ・・・少し気になった。

何故、わざわざフスカルを休むのか。


「けどよ、昼間に行きゃ〜いいんじゃね〜のか?」


「桃の仕事が終わるのが夕方だからよ」


「一緒に行くのかよ!?」


予想していなかった相手の言葉に、思わず大きな声を出してしまった。

ソファの下で寝そべっていたモエがピクリと反応し、頭を上げて飼い主を見上げる。


「あいつが行きたいって言うからよ」


「意識ねーじじぃに会いたいとか・・・」


「・・・・・俺も色々考えたんだ。おふくろに会おうと思う・・・」


「・・・・・・・・」


祖母があの時、太郎に言った言葉。

太郎は久美子に言付けられた祖父の様態以外にも、久美子の本音を全てを雅に話したのだろう。

あの時立ち聞きしていた明の心情のように、彼もまた心が揺らいだ。

憎くて憎くて仕方がなかった倖田への気持ちは、明の胸の中にはもうすでに無い。

きっと雅も・・・・


「そうか」


「明日の19時に装置を外すらしいから、お前も来るなら来いよ」


「・・・・・・あぁ」


雅のどっちつかずの誘いに、明は少し戸惑ったように言葉を詰まらせて答えた。

その返事を聞いた雅は「じゃ」と言い残し、通話を終了させた。

ハッキリと来いと言われたわけじゃない・・・気持ちが乗らないなら行かなくていい。

そう思っても、祖父の最後・・・・殆ど家に居なかった祖父との思い出は殆どない。

明の事をどう扱っていいのかわからないのだろう、たまに顔を合せれば孫に対して嫌そうな顔を向けていた。

祖母の様にガミガミと口を出さないが、それでも好かれていないのだと子供ながら感じ取っていた。

正直そんな孫が病院に行ったところで・・・時間の無駄な気もする。


「明・・・」


手の中にあるスマホを、黙ったまま見つめていた明。

そんな明を、恋人は窺うように名前を呼んだ。

そして明の隣に腰掛け、心配げな表情で明の顔を覗き込む。


「何かあった?」


気にかけてくる男の声色は、心配げでそして優しさを含んでいる。

明は白田の眼差しをじっと見つめる。

ハッキリとしない自分の気持ち・・・・病院には行かなくてもいいと結論付けても、モヤモヤとしたモノが胸の中に居座っている。

はたしてそれが正しいのか・・・・。


「じじぃの呼吸器が明日止められる。雅は看取りに行くんだってよ」


「そうか・・・明は、迷ってるんだね」


「・・・・・」


明の心の内を見抜いている白田。

そんな相手に、思わず笑いが出る。


「親子である雅が行くのは解る。けど俺とじじぃは、一般的な祖父と孫の関係でもないんだ・・・・行ったところで・・・」


「うん、そうだね・・・。ならこういうのはどう?」


「?」


そっと明の肩に手を置き、男は言い聞かす様に話を続ける。


「病室まで行かなくても、病院の前まで行くのはどうかな?」


「前?」


「うん。明日、家に居ても明はきっとず〜〜〜〜と気にしてると思うんだ。お爺さんに会うのが気が乗らないなら、病院の外までだと思ったらまだ気持ちも軽いでしょ?」


「・・・・・・うん、確かに」


「じゃ、明日仕事終わったらフローラまで迎えに行くからね」


「ん?お前も行くの?」


「勿論」


さも当たり前のように答えた白田に、明は目を丸くする。

恋人行くところには、どこでも一緒だと思っているのだろうか。


「駄目?」


「駄目じゃねーけど・・・まぁ、病室に行くわけじゃねぇ〜からいいか」


「どうせ太郎さんも行くだろうし、帰りは雅さんと4人でご飯食べて帰ろうよ」


「桃に行くらしいぞ」


「あぁそうなんだ。なら5人でご飯だね。どこかいい店ないか、調べようかな〜〜。あっ、けど皆の意見も訊かないとね」


もうすでにウキウキが溢れ出ている白田に、明は口元を緩ませる。

出来るだけ明の気持ちが暗くならないように、気遣っているように見える白田。

それが解っている明は、口には出さないが心の中で感謝の言葉を相手に投げる。


「あ、お前さっき俺の肩に触れてただろう。ドサクサに紛れてよ~~」


「!?今のカウントに入るの!?そんな〜〜明が落ち込んでる時、どうやって慰めればいいのさぁ」


「そういう時は、モエが慰めてくれるからいいんだよ」


な〜〜と足元のモエに声を掛ける明に、白田は横で「そんな寂しい事いわないでよぉ〜〜」と大げさに喚く。

相変わらずの接触禁止令を盾に明は白田を誂うが、そろそろ自分が触れるだけでは物足りなくなってきた。

それでもこうやって大げさに騒ぐ恋人を見るのは楽しい。

明日・・・・・祖父の病院に行った後、禁止令を取り下げてやろうとコッソリ思った。



121へ続く

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