第117話
突然ボクシングジムに顔を出した明に、昼食を誘われる竜一。
竜一は、相手が何やら企んでいるように感じ・・・
117
伊切ステーキ
「何だよ、何企んでんだ・・・」
テーブルを挟んで真向かえに座っている明。
口元に不敵な笑みを浮かべている相手に、竜一は警戒し身構える。
「失礼な奴だな。純粋に昼飯付き合ってもらう代わりに、奢るって言ってんだよ」
「お前には似合わない言葉だよな。【純粋】ってよ」
「お前に言われたかねぇ〜よ。さっさと何食うか決めろよ」
急かすように、手のひらでテーブルをバン!と叩く明。
竜一ははぁとため息を一つ吐き出し、手元にあるメニューに視線を落とした。
ここは、吉田ボクシングから近いステーキハウス。
入り口にA5ランク肉を謳った看板があった事から、それなりのお値段を予想できる。
あまりこういう店には馴染みがない竜一が何故この場に居るのかと言うと、30分程前に吉田ボクシングに顔を出した明から昼食に誘われたのが発端。
わざわざ休日に現れた古い友人に疑問を持ったが、別に断る理由もないと二つ返事を返した。
そしてこの高そうな店にたどり着き、明が個室を要望した上に奢ると言われれば裏があると思うのは自然のことだろう。
現にメニューに載っている肉料理は、よく行くアメリカンスタイルのステーキレストランの数倍のお値段だ。
値段が高ければ高いほど、賄賂なのでは?と疑ってしまうのは仕方がない。
「遠慮しなくていいんだな・・・」
メニューを見て眉間に皺を寄せていた竜一は、顔を上げることなく視線だけ明に向ける。
「あぁ、良いぞ」
「おし」
明の許可が下りたところで、テーブルの端にあった呼び鈴を押した。
少ししてオーダーを取りに来た店員。
竜一は、本当に遠慮のない注文をし始める。
「極上 黒毛和牛ステーキセットの全部の肉を100g増量と、ライスを大に変更、それとカニクリームコロッケに海鮮焼き。あっ、付け合せのブロッコリー多めで」
「・・・・・・・」
注文を言い終わった竜一に、明は無言で相手をじっと見る。
その視線は「頼みすぎじゃね?」と言っているように見えたが、許可を得ての注文なのでこの際無視。
第一、あと2日で食事制限に入る。
次の試合の為に、体重を落とさなくてはならない。
ならば明の金で、最後の晩餐とばかりに遠慮なく食べてやる。
店員が明の方を見て注文を待つも、本人は相変わらず口を開かずに竜一をじどーと見ている。
「おい、お前の言えよ」
明の前のメニューを人差し指でトントンと叩き、早くとせっついていてやる。
すると明は、チッと舌打ちをしてメニューに視線を落とした。
「ガーリックリブアイステーキ250gとライスとほうれん草のサラダ」
「そんだけでいいのか?」
「これが成人男性の普通の量だ」
カッと目を見開き【普通の量だ】を強調する相手に、思わずフッと吹き出してしまう。
「そんな怖い顔すんなよ。食い納めだ、食い納め」
「あ?試合あんのか?」
いつの間にか店員が個室から居なくなっていたが、2人は構わず会話を続ける。
「あぁ、明後日から減量開始だな」
「ふ〜ん・・・好きなもん食えないとか、地獄だな」
「まぁ〜な。けど自分でこの道を選んだんだ、しょうがねぇーよ」
どのスポーツよりも、体を酷使しているイメージがあるボクシング。
喧嘩好きが高じてプロボクサーになったが、リングの上で試合相手と殴り合うよりも過酷な事がある。
それは、自分自身との戦い。
試合が始まる1ヶ月程から減量期間に入る。
その間、食事や水分も制限される。
その上でトレーニングも変わらず行う為、かなり過酷な期間になる。
意志が弱ければ、試合前に挫折してしまうだろう。
「で?目的は何だ?」
企みを否定した明。
だが竜一はやっぱり納得出来ない。
そろそろ本題を話せよと、竜一はもう一度問いかけた。
「お前さ〜。雛山誘っといて、その後は無視ってね〜だろうが」
「は?」
「今でも休まずちゃんと来てんだぞ。なのに一度も様子見に来てね〜じゃね〜か」
「・・・・・それだけか?」
「それだけだ」
たったそれだけの事で、わざわざ休日に顔を出して肉まで奢るのだろうか。
竜一はそれが本題だとは思えず、訝しげに相手を見る。
「・・・・・・わざわざ、それ言いに来たのかよ。電話で済む話だろうが」
「電話は好かん」
「おいおい、わざわざ出向くより楽だろうが」
「うるせぇハゲ。兎に角!ちょっとは様子見るなりして、気にかけてやれ」
あの青年を気にかけてやれ・・・
どれだけ彼の事を気に入っているのだろう・・・・ここまで面倒見がいい奴だったか?
それとも、他に意図があるのだろうか。
「あのよ・・・俺がどうしてそこまでする必要があるんだ?康気に何か言われてんのか?」
「・・・・・・・」
ムッとした表情で黙り込む明。
竜一としては、決して嫌な訳ではない。
ただ、明の友人の1人をそこまで気にかけてやる謂れはない。
ジムとして利用している人間には専属の人物が付くし、雛山が通っている曜日は明も居るはず。
そこにわざわざ竜一が、でしゃばる必要もない。
明の言葉を待っている竜一。
だが相手は質問に答えず、苛立ちげに顔を歪ませている。
「何、苛ついてんだよ」
「チッ・・・面倒くせぇ〜な」
舌打ちの後、ボソリとつぶやく明。
その言葉は、竜一の耳に届いた。
何をそんなに・・・イライラしてんだ・・・
明の苛立ちは、自分が「Yes」と言わない事が原因でもなさそうな気がした。
すると明は、懐からスマホ取り出すとそれをテーブルの真ん中に置いた。
「あ?何すんだ」
「いいか、一言も喋るなよ。息もすんな」
明の行動が予測出来ず首を傾げる竜一に、無茶な要求をする明
明は細く白い指をスマホ画面に滑らせ、雛山と表示された画面から電話を掛ける。
そして相手が出る前に、スピーカー設定に切り替えた。
途端に個室に響く、コール音。
「はい、どうしたんですか?明さん」
3つのコール音の後、直ぐに通話が開始された。
竜一は、明の指示通り黙ったままスマホに視線を向けるしかない。
「なぁお前さ、枇杷野郎と食事する約束してんだって?」
明の口から出た枇杷という人物を知らない竜一。
何故、今その事を訊かなくてはならないのか・・・・それが自分とどう直結しているのか全く想像出来ない。
「え!?何で知ってるんですか!?」
「風の噂」
「雅さんですよね・・・・。何か、僕がアフターするの渋ってるみたいですし。明さんにどうにかしろとか、言ってきたんじゃないですか?」
「バカなのに鋭いな」
明の遠慮ない言葉に、竜一は思わず眉を寄せる。
「もう~~~。僕だってもう成人してるんです!食事ぐらい行ったっていいじゃないですか〜。何で雅さんも桃さんも、明さんも止めるんですか?アフターはOKって最初に言われてますよ」
「・・・・・・・・はぁ・・」
面倒くさいとばかりに、ため息を付く明。
テーブルの上に置かれた明の手が、拳を作りグッと力がこもった。
それを見た竜一は、このままテーブルを殴るんじゃないかとヒヤリとしてしまう。
明と雛山の会話から、枇杷との食事を止めようとしているのだと察した。
それも明以外の人間も。
雛山は素直な人間だ、その理由を言ってやれば彼もすんなり受け入れるだろう。
何故言わないのか・・・・
竜一は明の指示を無視して、「何で駄目か言ってやれよ」と言うつもりで口を開いた。
だがそれよりも先に、明が放った言葉によってそれは口から出ることはなかった。
「お前さぁ〜〜〜竜一の事が好きなだろう〜が」
唐突の爆弾発言。
竜一は口を開いたまま、硬直した。
118へ続く
仕事は出来るが、人の仲を取り持つ事が出来ない明でした。
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