第116話

日曜日の朝、そこには居るはずのない白田の姿。

早朝から会いに来る恋人に「重い?」と訊かれ・・・



116



何かの違和感を感じて、明は重い瞼を開ける。

すると目に飛び込んでくる、白田とモエの顔。

1人と一匹は床に座り込みベッドの縁から顔を覗かせ、明が目覚めるのを待っていたかのようだ。


「おはよう。明」


「・・・・・・」


爽やかでいて、そして甘い恋人の笑顔。

目覚めの挨拶を掛けられるも明は何も言わず一度目を閉じて、状況を把握しようと頭をフル回転させる。

間違いなく自分の家。

今日は日曜日で、予定がある。

なのに泊まりでもないのに、朝早くから白田が家に居る・・・

そこまで理解出来た明は、再び瞳を開けた。


「なぁ・・・今何かしたか?」


白田が自室に居ることも疑問だが、もう一つ明には引っかかる事があった。

最初に目を開けた時、白田が咄嗟に身を引いた気がした。

それに微かに顔に残った感触・・・・そう考えれば、目覚める瞬間に白田が何かしていたのでは?と思うのは自然の事。


「ううん」


否定しつつ、フルフルと首を振る白田。

それに対して明は、疑ってますという意味を込め無言でじ〜〜と男を見る。

暫く間・・・・・

明の視線に居た堪れなくなった白田は、シュンと肩を落とし「すみません、キスしようとしました」と懺悔した。


「昨日の今日で、もう忘れたのか?」


「・・・・・明が寝てたら、カウントされないかな〜〜って」


「どういう理屈だ」


「ごめんなさい」


身を縮こませて謝罪を口にする男が、小さな子供の様に見え明は可笑しくてふっと笑う。

そして横になっていた体を起こすと、男へと腕を伸ばした。

その手は白田の頭に添えられ、明は身をかがめて男の頬に唇を寄せる。

ほんの一瞬だけ、挨拶のようなキス。

それからすぐに明は男から体を離して、ベッドの上に座り直した。


「え・・・明、罰は?」


男は明の唇の感触を逃さないかのように、触れた頬に手を当てる。


「何言ってんだ、オレに罰はない。オレは今まで通り、お前に触ってもいいんだ」


ニヤリと笑ってみせる明。

白田は何とも言えない表情になり、そしてバフン!とベッドに顔をうずめた。


「それはそれで、生き地獄だよ〜」


「うるせぇなぁ・・・・まだケツに何か詰まってる感覚あんだぞ」


一夜経っても、まだ違和感は残っている体。

それに微かに身じろぐと、下半身に軽い筋肉痛も感じる。

白田はベッドに埋めていた顔を上げ、明の言葉に申し訳無さそうな表情で上目遣いになる。


「で、こんな時間に何で居るんだ?まさか本当に、寝込み襲おうと・・・「違うから」だよな」


「明、スマホの電源切りっぱなしだし。顔も見たかったから、朝ごはん一緒に食べようかなって」


「オレ今日は、用事あるって言ったよな・・・」


「聞いたよ。けど、それまでの間だけでも・・・・もしかして、こういうの重い?」


床に座ったまま、不安な表情で見上げる白田。

一緒に居られるのは僅かな時間しかないのに、早朝に車を走らせてやってくる恋人。

確かにそれが重く感じる人もいるだろうが、明はそうは感じなかった。

それどころか、そこまでして自分に会いに来る男に愛しさが湧き上がる。


「いや、別に」


そっけなく答えつつ、枕元に置いているエアコンのリモコンに手を伸ばす。

いつもは起きる時間帯に部屋が温まるように設定しているはずが、布団から出るのを躊躇うほど室内は寒い。

昨夜は疲れすぎて、設定をし忘れていたのだろう。

エアコンをONにしたところでリモコンに表示されている現時刻を目にし、そこで寝坊しているんだと気づいた。


「焼きたてのパンを買ってきたんだ、太郎さんと朝食にしようよ」


「ん・・・その前に、モエの散歩いかね〜と。トイレ我慢してるだろうし」


「それなら、俺が行ってきたから」


「え・・・・マジで?」


さっきまでの沈んだ顔とは違い、ドヤ顔を明に向ける白田。

褒めて褒めてと目を輝かせている男に、明はその隣に大人しく座っているモエに手を伸ばし頭をカシカシと撫でる。


「そうか、散歩連れて行かせたのか〜〜。偉いなぁ〜お前は」


「ちょっと〜明。俺を褒めてよ」


「寝ている間に、襲おうとした男を?」


「う・・・・」


「まぁ朝食も用意してくれてんなら、今回はチャラにしといてやるよ」


あまり虐めすぎると、後が面倒そうだ・・・

明はモエを撫でていた手を、そのまま隣の男へと移し同じ様に頭を撫でる。

まるで犬と同等の扱いに、嫌がるだろうと予想した男は思いの外満足気に頬を緩めている。

そんな恋人を見て明はぷぷと吹き出し、撫でていた手を増やし両手で白田の髪や顎を撫で回した。



*******



それから1時間後。

明は白田の車に乗っていた。

朝食を済ませて、明が出向く場所まで車で送ると白田が申し出てくれた。

向かう先は吉田ボクシング。

竜一に久々に会う為に行く。

特に相手と約束をしていないが、竜一はいつも昼間にボクシングジムに居る。

仕事が休みの日に出向くしか、会うことが難しい。


「雛山の事で会うの?」


「ん〜まぁ、ちょっと突っ突こうかなと」


「なら、俺も一緒に居てもいいんじゃないの?」


「一緒にいたいのか?」


「うん」


「また、今度にしてくれ」


「駄目か・・・」


竜一は古い友人。

そこに恋人も・・・なんて少し違う気がする。

恋人との時間も大切だが、友人と会う時間も欲しいところ。

何処に行っても常に恋人が同行するのは、明には重い気がした。


「解った。今日は送って帰るよ」


「久々に友人として話したい事もあるし。あいつの姪と甥、来年小学生にあがるらしいから祝もしてやりたいし」


「元恋人の?」


「元だ元。今は違う男の嫁だ」


「そうだけど・・・・・」


唇を尖らせて運転する男。

明は窓枠に頬杖をついて、そんな男の横顔を見る。


付き合う前の白田は、もう少し男らしく頼もしい表情を見せていた。

それが、今や少し幼児化している気もする。

ちょっとした事で嫉妬したり、口を尖らせて拗ねたり、罰にカウントされないかもと寝込みを襲ったり・・・・・

そんな一面を見せるのに、明から格好良く思われたいと背伸びしたりもする。

矛盾に感じる、色んな恋人の姿。


以前、明が貰った社員達からのメッセージ入りの差し入れに、かなりの時間を掛けてチェックしていた。

明は小腹が空いて差し入れを早く食べたい気持ちを抑え、白田の気が済むまで放っておいた。

だが結局お腹が空きすぎて、真剣に検品調査している男の横でカップラーメンを食べて終わった。


男の過剰な明への執着心。

友人と会うのに付いて行きたがるのは、重いと感じるのに・・・何故か男の執着心には、心地いいと感じてしまう。

そしてこんなハイスペック級のいい男が、自分の言葉や行動にこれほど翻弄されるのかと優越感も・・・・少しばかり振り回して、自分への愛の深さを確かめたいという気持ちも湧き上がる。


「オレって性格悪いなぁ」


誰に言うわけでもなく、独り言を漏らす明。

そんな独り言に「何か言った?」と返す白田。


「お前だけだって言ったんだよ」


「ん!?どういう意味?」


「さぁな」


明が言った意味深な言葉の意味が解らず、白田は「何?何の話し?」とハンドルを握ったまま訊き続ける。

そんな相手に、明は恍けた返事しか返さない。


どんなに執着されようか嫉妬されようが、気持ちいいと感じるのはお前だけ・・・今までも、これからも・・・・

だから、過去の恋人達に嫉妬する必要はないのに・・・


そんな明の気持など知るよしもない白田は、目的地に付くまでずっと「何?」の繰り返しだった。



117へ続く

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