第110話

やっと恋人の営みを終えた2人。

だが明は不機嫌で、白田に怒り心頭だった。



110



白田宅



「明。はい、お茶」


「明。他に食べたいものはある?」


「明。デザートは果物がいい?それとも、冷たい物が食べたい?」


間を開けずに、あれこれ甲斐甲斐しく世話をやく白田。

最初は適当に返事を返していた明も、いい加減嫌気が差してくる。


「明、お茶のお代わりは?」


「少し黙ってくれ・・・こっちは寝たきりの年寄りじゃねぇ〜んだから、動けるつ〜の」


ソファに横向きで足を伸ばして座っている明。

体に負担を掛けないようにとクッションで支え、ブランケットで体が冷えないようにしている。


「そっか、そうだね。だけど、何かして欲しい事は遠慮なく言ってね」


晴やかな笑顔を向けてくる白田に、明はまったくもって伝わってないと目を細めて相手を睨む。

昼食か夕食か中途半端な時間に摂る食事。

昼間の仕事は休みだが、夜はフスカルへと出勤する土曜日。

夕方に差し掛かる時間、本当ならあまりゆっくりしている時間はないのだが・・・・ほんのちょっと前に、雅に休むと連絡を入れた。


『今日、休ませてくれ』そうLINEにメッセージを送ると、直ぐに雅から返事があった。


『どうした』


『ケツの穴に何か詰まってる感覚がとれねぇ〜〜、気持ち悪いから休む』


病欠の理由はお下品極まりないが、何故そうなったか雅には伝わったようで・・・・


『もっと言い方があんだろうが!!』


良いとも悪いとも言われていないが、OKの認識で雅とのLINEのやり取りはそれで終了した。


元々体は鍛えている・・・・ある程度の運動にそこまで体が影響するとは思っていなかったが、性行為を受ける側にはそれ相当の負担が掛かるのだと身を持って知った。

腰やケツ自体に痛みは無いが、何かしらの気だるさと違和感が不快に感じる。


「明。着てきた服、洗濯終わったからね」


さっきからず〜〜とニコニコ顔の恋人が憎い・・・・

初めてのアナルセックスは、悪くはなかった・・・・しかしそれは1回で済めばの話し。

2回は・・・まだいい・・・それ以降、初めての明を気遣う余裕すら無くなった男のせいで、今こうなっている。

やりすぎ注意。

やっと恋人らしい営みができたのに、明が幸せな余韻に浸れないのは仕方がない。

なんせ、やり殺されると思ったのだから・・・・

止めろと言っても、理性をなくした恋人に組み敷かれた・・・思い出しただけでもむかっ腹が立つ。

おそらく以前の白田ならば、力で押しのけれただろう。

だが以前より筋肉に覆われた男の体は重量もあり、弄られまくった体では思うように力が出ず抵抗出来なかった。


「ねぇ、頼むから機嫌直してよ」


「誰のせいだ、誰の」


「本当にごめん・・・自分でもこんなに理性がない人間だったなんて」


反省の意味を込めて、ソファの下で正座している白田。

シュンと肩を落としている姿に、垂れ下がった犬の耳と尻尾が見えそうだ。


「今後、止めろって言っても止めないなら、遠慮なく殴るかんな」


拳を作りそれを見せる明に、白田はコクンコクンと頷く。

本当は4回目を突入した時に殴ってやろうと思ったが、流石に恋人の顔を殴るのは躊躇した。

だが今思えば顔じゃなく、鳩尾を狙えばよかった・・・・。


「ねぇ・・・明・・・」


伺うように上目遣いの白田。

未だ機嫌が直らない明は、声を発さず恋人を見下ろす。


「もう懲りた?」


「・・・・・・・」


白田の問いかけに、明は無言を貫く。

男はもうセックスはしたくない?と聞いているのだろう。

正直、あれはセックスじゃなく格闘技に近い。

だがそれを言ってしまえば、相手は傷ついてしまう。

怒っているが、傷つけたいわけじゃない。


「1ヶ月」


「え?」


「1ヶ月、オレに触るな」


「!?え・・・キスも?」


「勿論」


「手を繋ぐのも!?」


「YES」


「イチャイチャ出来ないの!?」


「一ヶ月を、一生にして欲しいか?」


「!?」


床に手をついて、ガックリと項垂れる白田。

明だって、白田とのスキンシップは好きだ。

白田の手で髪を撫でられたり、腕の中に抱きしめられたり、胸に寄りかかったりするのも好きだ。

だけどお灸を据えないと、また欲望のままに同じ事を繰り返すかもしれない・・・・殴ると脅しをかけてはいるが、できれば殴りたくはない。

性欲管理ぐらい、理性で抑え込まないとこれからが大変だ。


「反省してるなら、それぐらい出来るだろう」


「解りました、1ヶ月我慢します」


再び上目遣いで明を見上げる白田。

少しいじけている様にも見える。


「兎に角、今日は帰る。タクシー呼んでくれ」


「え!?泊まっていかないの!?」


「泊まらない。明日、出かけるし」


「そうか・・・なら送って行くから」


そう白田は言うと立ち上がり、支度をしようと寝室の方へと向かう。

男の背中に哀愁を感じ、少し言い過ぎたかなと思ってしまう。

明ははぁとため息を吐き、自分も支度をしようとノロノロとソファから立ち上がった。



******



白田が走らせる車が、明の家の近くに差し掛かる。

途中モエの実家に寄り、モエを引き取ってきた。

後部座席っで大人しく座っているモエは、もう一人の飼い主のお迎えに上機嫌で尻尾を振っている。

だが前の席の2人は、いつものラブラブな雰囲気ではない。

キツいお灸を据えられ、終始しょぼくれている白田。

そんな白田に、呆れた表情で助手席に座っている明。


「ずっと、そんな調子でいくのかよ」


「だって~、1ヶ月はやっぱり長くないかなぁ?」


「罰になんねぇ~だろうが。こっちは殺されると思ったんだからな」


「それは、本当に反省してます」


「なら甘んじて受け入れろ」


「はい」


白田の訴えは呆気無く却下された。

それでもしょぼくれた男の態度は変わらず、明ははぁとため息をつく。

そんなこんなで、もうそこの角を曲がれば目的地は目の前という所まで来ていた。

明は降りる準備とばかりに、手にしていたスマホを鞄に仕舞う。


「?。明、家の前に車止まってない?」


曲り角を曲がってそう言った白田の言葉に、明は顔を上げて道の先に視線を向けた。

途端に明の顔が険しくなる。


「・・・・ここでいい」


「え・・もうちょっとだよ?」


「倖田の車だ」


「!?」


白田は慌てて車を止めた。

倖田の車とはほんの100メートルも離れていない。


「どうするの?」


「帰る」


シートベルトを外して、鞄を肩に掛ける明。

白田は咄嗟に明の手を掴み、外を出るのを止めた。


「俺も行く」


「・・・・・・」


白田の言葉に、明は無言で男を見返す。

正直、迷う。

明の恋人が男であることを確かめに来たのか・・・

今までの粘着さを考えると、本当に男と付き合っていると白田を合わせても、雅の時のように引き下がってくれるのか自信がない。

それに・・・何かが引っかかる。

プライドの塊の様な人だ。

以前あれだけ人がいる前で恥をかかされ、弁護士から警告書も届いている・・・これ以上恥の上塗りをするような行動に少しばかり違和感も感じる。


「仁、今日は帰ってくれ。倖田が何しに来たかわからない」


「それは、明を諦めきれないからでしょ?」


「・・・・・・わからない」


ゆるゆると首を振り、ため息をつく明。

白田はそんな明にもうそれ以上言う気はなくなったのか「今だけ約束破るよ」と小さく呟き、明の体をギュッと抱きしめた。


「何かあったら、電話頂戴」


「ん」


「絶対絶対、電話頂戴」


「ん」


「何も無くても、電話頂戴」


「ん」


「キスしていい?」


「駄目に決まってんだろう」


男の体を押し返すと、冗談ぽく笑みを浮かべている男と目が合った。

キスの下りは本気ではなく、明の気持を少しでも軽くしようと思っての事だと気づいた。


「連絡する」


「うん、待ってるからね」


そして明は白田の車から降りると、後部座席の扉を開けて「モエ、行くぞ」とリードを手にして降りるように促す。

忠実に従うモエの頭を軽く撫でると、車の扉を締めた。

助手席の横を通り過ぎる時、心配そうな表情の男の顔をチラリと目にし・・・・倖田が居るであろう自宅へと歩みを進める。

白田が車を発進させる事なく自分を見届けているのを背中で感じながら、鞄から取り出したスマホを手にし雅へ電話を掛けた。

スマホからのコール音を聴きながら、今日こそは決着をつけようと明は決心を固めた。



111へ続く

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