第96話

恋人の家に、自分の物が増えるという幸せ。

白田はそんな思いを噛みしめる。



96



愛野家



明の部屋から出た白田は、そのままキッチンへと顔を出した。

ダイニングテーブルに買ってきた惣菜を広げ、皿に盛り付けなおしている明の姿を見てニンマリとしてしまう。

だがその皿の上に視線を向けると、溶けていた表情が驚きに変わった。


「明、盛り付け俺がするから」


菜箸を握っている明の手を掴み、作業を止めさせる。


「何で・・・別にコレぐらい出来るし」


「いやいや。ほらっ、お湯が湧いてるよ」


コンロの上のケトルがグラグラと煮立っているのをチラリと見た明は、「解った・・・」と渋々といった顔で菜箸を白田に渡してその場を移動した。

ちょっと気分を害しちゃったなと思うも、再び皿の上に視線を下ろした白田は苦笑いする。

そうだった・・・・明には料理的センスが無かった。

彩りは一切無視で、惣菜の味が喧嘩するのもお構いなしに盛り付けている明。

既に盛られたトマトソースのチキン煮と、酢豚が混ざり合ってしまっているのは・・・・もう、諦めよう・・・。

白田は既に明が盛りつけ終えた惣菜を、救助出来るものは救助しながら皿を彩っていく。

コトン・・・

明の手によってダイニングテーブルに置かれた、トレイ。

上にはお茶が入ったマグカップと、お米が盛られた茶碗が3人分乗せられている。


「・・・・明、これ・・・」


白田はトレイの上の物を見て、呆然とする。

シンプルなデザインのマグカップと茶碗。

以前太郎は白色、そして明がグレー色のマグカップを使っていたのを覚えている。

茶碗もマグカップの色と同じだ。

・・・それに追加された新しい色。

そして茶碗の影に置かれた、お箸も3色確認出来た。

くすんだブルー色の食器一式は、まるで白田の為に買い揃えたかのようだ。


「青が好きだって思ったんだけど・・・違うのか?」


違わないが、口にした事はない。

何を見てそう思ったのか・・・・


「違わないけど、何で解ったの?」


「ネクタイもハンカチも青系が多いから。流石にハッキリとした青の食器は食欲無くなりだから、スモーキーブルーにした」


料理の彩りは気にしないのに、そういうことは気になるのか・・・そういうズレたところも可愛い。

そして恋人の食器を買い揃えてくれるトコロも、愛おしい。


「やばい・・・ギュッて抱きしめたい・・・」


口を抑えて衝動を必死に堪えている白田に、明は「やめろよ」と釘をさす。


「言っとくけど、なかなか同じ色見つからなくて、茶碗見っけて買って来たのは親父だから」


「やばい・・・太郎さんもギュッてしたい・・・」


「おい・・止めろよ」


気持ち悪そうに顔を歪ませる明に、白田はプッと吹き出す。

半分冗談だが、半分本気。

そこまで気を許してくれている太郎に、感動と感謝の気持ちが入り交じり胸がいっぱいになる。


「居間のエアコン付けたよ〜。何か手伝う事あるかな?」


ひょっこりキッチンに顔を出す太郎。


「これ、持ってって」


明はお茶とご飯の乗ったトレイを、太郎に差し出す。

「解ったよ」とトレンチを受け取り、廊下へ戻っていく太郎。


「こっちも出来たよ」


使い捨てのパックから、惣菜を全て皿に移し終えた白田。


「それにしても、凄い量を買ったんだね」


「デパ地下は悪魔の巣窟だな。悩む時間が勿体ないから、目についたもの片っ端から買った」


「悪魔の巣窟、わかるよ〜〜」


両手に皿を持つ明。

白田はそんな明の言葉に同意し、残りの皿を手にして2人してキッチンを後にした。



******



後少しで日付が変わりそうな時間。

終電の時間もある為、明の家を後にする白田。

本当はもっと居たかった。

だが、明日も仕事だ。

それに付き合い始めて日も浅いなか、遅くまで家に入り浸るのも・・・・と大人の建前もあった。


「本当にモエは賢いな〜」


明の隣を歩く大型犬に、白田は関心する。

駅前で送ると言った明は、モエの散歩も兼ねていた。


「飼い主が、ドッグトレーナーだからな。人間様より前を歩かないように、ちゃんと躾けられてる」


「そう言えば。門を開けたときも、飛び出さなかったもんね」


「他にも犬を飼ってんだけど、こいつが一番フィーリングが合うんだよな〜」


そう言いながら、モエの頭を撫でる明。

普段あまり見ない、屈託ない笑みを口元に乗せている。

人相手だと無の表情なのに・・・・相手が動物だと、こんなに気を許してしまうのか・・・


「じゃ。弁護士から連絡があるまでは、預かるんだね」


「ん」


愛野家から出た時から、今日の事を聞いた。

太郎には適当な理由を付けて、モエを預かったと言っていたが・・・・本当は違っていた。

弁護士が全ての興信所に、警告しに行ってくれるそうだ。

その場で今後、明に近づかないと書面にサインさせる。

それが全て終わるまでは、注意するように・・・と。

最初はカメラを設置しようかと思ったみたいだが、ずっと必要なわけではないので・・・・番犬をおこうと思った次第だそうだ。


「ふふふ、大丈夫?情が移って、返せなくなったら?」


「流石に毎日10キロマラソンは出来ねぇ〜よ」


「そっか・・・・・。ねぇ、倖田の方はどうするの?弁護士さん何か言ってた?」


「ん〜〜〜・・・実はうちの社長も、今回の件で動いてるんだ」


「え?」


「会社にも不法侵入してただろ?その興信所には、うちの会社からも顧問弁護士が行く手筈。そこで倖田の事を追求されるとは思う。だからオレの方は関与しない事にした」


「え!?物凄く大事になってない?ちょっと待って、鷹頭は!?あいつもフローラに・・・」


「大丈夫だ。オレに書類を届けに来たって言ってるから・・・・まぁ社長は嘘だと解ってたけど、都合の悪いことは目を瞑ってくれる人だから」


「そっか・・・・」


明の言葉にホッと胸をなでおろす。

以前のライバルのままの鷹頭なら心配はしなかったが、今は雛山の友人だ。

興信所と一緒に訴えられる様な事になったら、可哀想すぎる。

まぁ・・・ストーカー行為は褒めたことではないが。


「詳しくは知らないけど・・・・社長、倖田の婆と何かあるみたいなんだよな」


「そうなの?」


「ん〜〜〜多分な。フルーラに採用される前に、ちょっと話す時があったんだ。その時倖田の名前だしたら、顔色変わった気がした。それから一般社員のオレに気をかけてくれるのは、もしかしたら倖田の関係者だからかも・・・って思ってる」


「そうなんだね・・・・花園社長ってまだ若いよね」


「いや、65だったけかな」


「え!?そうなの?一度、フローラの社内で見かけたけど、もっと若く見えたよ!?」


「それは、フローラの化粧品を使い続けているからですね」


何故か営業モードの口調になる明。

そんな彼に、思わず笑いがこみ上げる。


「社長のお母さんも、もう90手前だけどけめっちゃ綺麗だぜ。毎日フローラの化粧品使ってるから、肌つるつるだしな」


「・・・・因みに、明も?」


「当たり前だろ?自社の製品使わないと、営業として何言っても説得力ねぇ〜し」


「だから、そんなに綺麗な肌してるんだね」


薄暗い夜道。

白田は明の顔を覗き込む様に、ぐっと顔を近づける。


「う・・・・・」


微かに戸惑う明。

恥ずかしいのか嬉しいのか、頬を染めて黙り込んだ。

2人きりだとあんなに積極的なのに、どうしてこういう時はそんな初心な反応するのか。

それが白田にとっては、可愛くて堪らない気持ちになる。


あぁ・・・ギュッとしてキスしたい・・・


そんな欲求が湧き上がる。

ここが外でなければ、躊躇する事なく明に襲い掛かるのに・・・・

だが外だからこそ、こんな可愛い一面を見せてくれる。


はぁ・・・歯がゆい


そんな恋人の心の内など知るよしもない明は、口を抑えて震えている男に怪訝そうな視線を向けていた。



97へ続く

ちょくちょく話に出てきてた社長には、ちゃんと設定がありました。

ようやく、書ける!!

私の中のイメージは、カーネルさんをイケおじにした感じです。

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