第95話
明がフスカルお休みの日。
白田は明の家へと向かっていた。
95
愛野宅
最寄りの駅から1キロ程離れた明の家。
コンビニやチェーン店が多い駅前から小さな商店街を通ると、その先に住宅街が広がる。
新しい家がチラホラとあるものの、未だ昭和の古い家の方が多い。
そんな町に住む人達は、皆が顔見知りである。
道端ですれ違えば、お年寄りから子供まで挨拶を交わすそんな温かい町だ。
白田は愛野家までの道のりを歩きながら、これから何度も通うのだろうと思うと、既にこの町の一員になったかのような気持ちになる。
「あら、こんばんわ」
愛野宅の近くに差し掛かった時、バッタリ出会った女性が白田を見て会釈した。
ほんわかしたような雰囲気の50代の女性。
たしか・・・・この人は・・・
白田は一度会ったことがある女性に、記憶を手繰り寄せる。
「こんばんわ」
相手が誰だか思い出し、白田も頭を下げて挨拶を返す。
日富美の母親だ。
由美と初めて明の家に訪れた日に、会っている。
「以前見た時、背も高くて顔も小さいからモデルさんかと思ったのよ。日富美とも仲良くしてもらってるみたいで・・・それにしても本当にイケメンねぇ」
ふふふと笑いながら白田を見上げる女性に、白田は一瞬面食らうも「有難う御座います」と素直にお礼を述べる。
本当は謙虚にすべきだろうが、それが返って嫌味になる事は経験済み。
相手によって「そんな事ないですよ」と謙虚に出る時もあるが、目の前の年配の女性には素直にお礼を言ったほうが受けは良い。
「さっき愛野君帰って来てたわよ。大きな犬を連れてね」
「えっ犬ですか?」
彼女と進む方向が一緒の白田は、自然に彼女の歩幅に合わせて歩く。
「暫く、ご近所さんの犬を預かるそうよ。見た目は怖いけど、とてもお利口さんなの」
そのタイミングで、愛野宅へ到着。
そして閉められた門扉の前で、座っている大型犬と目が合った。
「モエちゃん、お利口さんね」
彼女が犬に話しかけると、お座りしたまま尻尾をフリフリし始める。
厳つい外見に似合わない名前に、白田は笑いそうになるのを必死に我慢した。
犬の種類は確かボクサーだったか、強面で筋肉質な大型犬。
確かに利口と言われるだけあり、初めて顔を合わせる白田を見ても吠えることはない。
「白田君」
白田の背中から声を掛けられる。
振り向けば、にこにこ顔の太郎の姿。
「あら、太郎さんお帰りなさい」
日富美の母親の挨拶に「ただいま帰りました」と返す太郎は、2人の前で足を止めた。
「白田君、今帰り?えらく遅いんだね」
現在の時間は21時。
白田はとうに仕事は終わっていた。
そう言う太郎の方が仕事が遅く、一体何の仕事をしているのだと今更ながら気になった。
「いえ、明が今日は帰るのが遅くなると聞いたんで。見計らって伺いました」
「そうなの?今日は何も無い日なんだけどな・・・・・・・」
太郎は首を傾げながら、ふと門扉の前に居る犬を見て固まる。
「・・・・・確か三丁目の磯野さん家のモエちゃんだね」
まるで犬が家に居るのを初めて知ったような、太郎の呟き。
「知らなかったの?愛野君が預かって来たのよ」
「え!?朝はそんな事、一言も言ってなかったけど・・・」
家族に内緒で犬を連れて帰る・・・・まるで子供っぽい明の行動に、白田は思わずふふと笑いを漏らす。
それにしてもペットの貸し借りは聞いたことがない、モエの飼い主が暫く家を留守にするとかなのだろうか・・・
「あっそうだわ、太郎さん。また田舎からお野菜届いたから、明日にでもお裾分け持っていくわね」
「いつも助かるよ。楽しみに待ってるね」
そんな御近所さんのやり取りの後、日富美のお母さんは2人に手を振ってその場を去った。
「繋いでないけど・・・モエちゃん逃げないかな?」
敷地内に放し飼い状態の犬に、太郎は門を開けるのを躊躇する。
お借りしている犬だ、もし逃してしまっては大事になってしまう。
「念の為、明呼びましょうか」
「そうだね」
白田は呼鈴を鳴らした。
「白田君ご飯は食べたの?」
「いえ、まだです。明が出来合いのものを用意するって言ってくれたので」
「そうかそうか。って事は、明君は今日出かけてたのか・・・」
「・・・・・」
太郎は今日の明の外出は知らない。
だが白田は知っていた。
家に行きたいとLINEで連絡を取った時に『弁護士の所に行くから、遅くなるけど』と返事が返ってきた。
詳しく訊けば、興信所問題で証拠が揃っているので相手に警告を出すのだということだ。
訴えると色々と時間を取られる為、まずは警告で様子を見る。
相手は公安教員会に届け出を出している興信所の為、それだけで手を引くだろう。
後は・・・・明の祖母がどう動くか・・・・
「何・・・呼鈴鳴らして・・・しかも2人揃って」
扉が開き、明が顔を出す。
門の外で立ち尽くす2人を見て、目を丸くする。
「明君、モエちゃん・・・・」
「モエ、こっち来い」
膝をパンパンを叩く明に、犬は立ち上がりゆっくりした足取りで明の足元へ移動する。
「そんなにモエちゃんと、仲良かったの?」
ホッとした様子の太郎は、門扉を開けて敷地内に入る。
「朝早く起きすぎた時、散歩連れてってる。こいつ10キロは平気で走るから、丁度いい運動だし」
「え!?そうなの?知らなかったよ」
「寝坊常習犯は、一生気が付かなかっただろうな」
2人の会話から、意外にも太郎は朝が弱いのだと知った。
そして明は朝が強いのも・・・・
犬は外へ置いたまま、3人は家の中に入る。
「デパ地下で適当に買ってきたけど、飯は炊けてるぞ。用意するから、親父は着替えて、白田は居間で待っとけよ」
「俺も手伝うよ」
お客扱いは必要ない。
恋人として来るのだから、白田としては手伝える事は全て手伝いたい。
「そっ」
「白田君。スーツシワになるから、明君の部屋でハンガーに掛けてくればいいよ」
「はい、そうします」
白田の返事に太郎はうんうんと頷き、そのまま仏間へと入っていく。
そして明もキッチンの方へと足を向けた。
まだ10回に満たない愛野宅の訪問。
明と太郎がいる場所に、自然と居れることが擽ったく、そして心が温まる。
2階に続く階段を上がる白田の口元は、嬉しさで緩む。
この家に迎い入れられた事が、これほど嬉しいなんて。
流石に明との甘い時間は期待出来ないが、これからは沢山3人で食卓を囲める。
そのうち泊まったりして朝ごはんを2人の為に作ったり、夕食は明と一緒にキッチンに立ったり・・・・
愛野家に馴染み溶け込んだ自分の未来を想像しながら、白田は鼻歌混じりで明の部屋へと入った。
96へ続く
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