第90話

テントの中で思いっきりイチャついた後、2人は高原リゾートを後にする。



90



高原リゾート



日が沈みかけた頃。

白田と明は、レンタルしていたテントを後にした。

駐車場を目指し、池の辺りを沿って2人肩を並べて歩く。

隣を歩く明の目元は、泣いて少し赤くなっている。

だが表情は清々しい。

今まで隠していた事を全て吐き出し、気持ちが軽くなったのだろう。

そして赤いのは目元だけではない。

明の唇も少し赤くなっている。

それは・・・・白田のせい。

テントとはいえ密室状態になった場所で、盛り上がってしまった。

吸いまくったのは明の唇だけではなく・・・明の身体にも赤い痕が残っている。

素肌にアウターを羽織った恋人相手に、キスで止まるわけもない。

最後までしていないが・・・・まぁ・・・テントの中でかなり破廉恥な事をしたのは確かだ。

あの時の艶っぽい明を思い出すだけで、口元が緩む。

上気した頬に、熱い吐息、すこし掠れた甘い声に、そして素直に「気持ちいい」と口にする恋人は最高にエッチで色っぽかった。

思い出すだけで、腰辺りが熱くなってくる・・・


「おい。顔、スライムみたいになってるぞ」


「え」


呆れた様子の明の言葉に、白田は咄嗟に顔を引き締める。

そして何事もなかったかのように、口元に憂いを乗せて明に笑いかけた。


「今更取り繕っても、おせ〜けどな」


「ごめんごめん、ちょっと思い出しちゃって・・・・」


そこまで言うと、白田は明の方へと顔を寄せて「テントの中での事」と呟いた。


「・・・・・思い出すなよ。いい大人の男が、こんな健全な場所でやることじゃねぇ〜だろうが」


気分が上がっている時は他の事など気にならない。

だが冷静になってしまったら、何をやってたんだと自責の念が湧き上がったのだろう。


「まっ。やってしまったのは仕方ね~けどな〜〜」


そしてアッサリと開き直った明に、白田はクスリと笑う。


「夜の食事はどうする?」


「サービスエリアで食べたい」


「うん、そうしようか」


「あ・・・」


駐車場に足を踏み入れ目的の車の近くまで差し掛かった時、明は何かを見つけた。

何を見ているのだろうと視線の先を追うと、そこにはあの時の女性三人が居た。

彼女たちも丁度帰ろうとしているのか、荷物を車のトランクに詰め込んでいる。


「先に車乗ってて」


明は白田にそう言うと、返事を待たずに彼女達の車へと足を向けた。

何をするのか・・・・・

きっと珈琲を掛けた女性に「気にすんな」と「氷をありがとう」と言いに行ったのだろう。

いくら口が悪く冷たい態度を取っていても、根は優しい。

そんなトコロが好き。

だから惹かれた・・・・

彼が人を寄せ付けない態度を取っていた原因が解った。

自分を守る為に、そして大切な人を守る為に張っていたバリアはもう必要ないだろう。

だが長年そうして生きてきた明にとって、簡単に変えれるものでもない。

それに白田も困る。

急に優しくなった明に、悪い虫が付くのだけは避けたい。

もちろん明の事は信じているが・・・・それでもヤキモチをやいてしまう。

そんな事を考えながら、白田は自分の車の前まで来ると運転席に座った。

ほどなくしてやって来た明は、「お待たせ」と助手席に身体を滑り込ませる。


「さて。じゃ大きめなサービスエリアに・・・・明・・・」


後は夕食をとって帰るだけ。

エンジンを掛けて明の方にニコヤカな表情を向けた白田は、彼の手元を見て言葉を止める。

滑らかで白い手が持っているのは、小さな紙切れ。


「それ・・・何・・・」


思わず白田の声が、低く重さを持たせる。


「あの子の連絡先」


「!?」


白田は素早く手を伸ばして、明の手から紙切れを奪う。

そしてクシャリと握りつぶした


「・・・・・・そんな余裕ない男だっけ?」


「無いよ!あるわけ無いでしょ。何で?今までの明なら、そんなの要らないって言うのに」


「ちょっとは人に優しくしようかと・・・」


「しなくていいよ!優しくしなくていい!!」


我ながら大人気ない事を言っているのは解っている。

だが言わずに居られない。


「・・・・・・・」


必死な白田をじ〜〜〜と真顔で見ている明。

もしかして・・・気持ち悪いと思われた?と明の反応の無さに不安がよぎる。


「ふ・・・ふふふ・・ははははは」


明から微かに笑いが漏れて、それから口を開けて笑う。

腹を抱えて爆笑し、息をするのも大変な程にツボに入る。


「そ・・・そんなでっかい図体で、めっちゃ心せめ〜し。はははははは」


「う・・・」


仰るとおりです。

白田はシュンと肩を落とす。

自分でもビックリするぐらい女々しい人間なんだと、今初めて知りました。


「何。お前今までの歴代の彼女にも、そんなに雁字搦めだったのかよ」


「いや、彼女が何しても関心が無かった。明だけだよ、こんな余裕が無くなるのは・・・」


「ふ〜〜〜ん」


白田の言葉に、満更でもない表情で唸る明。


「嫌だよね・・・こんな嫉妬深い恋人・・・」


「別に、いいんじゃね〜の?まぁ嫌だったら、オレハッキリ言うし」


「そうか・・・なら、俺がいき過ぎて、嫌だったら殴ってでも止めてね」


「ははっ俺が殴ったら、洒落にならね〜よ」


確かに、ボクシングジムに通っている明。

双葉の非常扉を凹ませる程の拳を持っている彼から本気で殴られたら、病院送りになりそうだ。


「お手柔らかにお願いします」


「時と場合による。ほらっそれ返せ」


と手のひらを差し出す明に、その手は何?と手のひらをじっと見る白田。


「その紙」


「え!?連絡しないんでしょ!?」


「見てみろよ」


「?え・・・・」


明の言葉に従い、握っていた拳を開けてくしゃくしゃになった紙を広げて見る。

そこには女性の名前と電話番号、そしてサイトのURLが書かれていた。


「彼女、火傷が心配で一度テント戻ってきてたみたいでさ・・・・・」


「え・・・」


「まぁバッチリ見られてるから、バレてるんだよ」


え・・・どのシーンを見られていたのだろう・・・・

考えるだけで、心臓に悪い。

なのに、明は気にもとめてないのが気になる・・・


「・・・・・じゃ、何この紙」


「彼女、美容系YouTuberだって。宣伝広告になるだろう?新商品のサンセールを推してもらわないとな」


そんなに長く話していたとは思わなかったが、一体何故そんな話になっていたのか・・・

こんな所まで、営業の仕事するなんて。

仕事に結び付けられては、この紙は返さなければならない。

白田は明の手のひらに、その紙を乗せた。


「ほらっ、腹減った〜〜。早く行こうぜ」


「そうだね」


どこか釈然としない気もするが、心狭き嫉妬心を見せても気にしてない明に少なからずホッとした。

白田は車を発進させて、高原リゾートの敷地から一般道路に出た。


「・・・・なぁ、サービスエリア無しで雛山の家に直行出来るか?」


「え?」


助手席でスマホの通知を確認していた明からの、唐突の予定変更。


「何かあったの?」


「ん〜〜〜〜あったのか無かったのか・・・・支離滅裂なLINEが来てた」


LINEの中身が気になるが、明がそういうならばと白田は頭の中で雛山の家がどの辺だったかと記憶を探った。



91へ続く

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