第89話

少し遅い昼食を済ませて、ビックリゾンビーを後にする雛山と竜一。



89



ビックリゾンビー



「ありがとうございました」


お会計を済ませて、店員の声を背中に受けながら外へと出る。

雛山は手に持っていた財布を鞄の中に入れようにも、入れれない状況。


「あの・・・・」


先々とバイクが置いている方へ歩く、男の背中を追い掛けながら声を掛ける。

男は足を動かしながら、顔を後ろに向けた。


「お会計」


「あのなぁ〜、あいつに言われなくても飯ぐらいは奢るって」


「でも。今日は、僕に付き合ってくれたようなものですし」


「なら、また今度な」


男はアワアワしている雛山から視線を外し、バイクの前で立ち止まる。

今度・・・・・

今度があるのだろうか、それとも社交辞令?

それが社交辞令と解るほど、雛山は社会人として日が浅い。

どっちなんだろうと考えながら前に進み続け、立ち止まっている男に気が付きもしない。


「ぶっ!」


なのでぶつかった。

硬い男の背中に、顔面から衝突。


「おまえ・・・本当にぼんやりしてんなぁ」


「すっすみません」


慌てて後ろに下がる雛山に、男はハーフヘルメットを差し出す。


「別に怒ってねぇ〜よ」


そう言った男の表情は、呆れながらも可笑しそうに雛山を見ている。

そんな男の視線を、直視しないようにと俯いてヘルメットを受け取る。

恥ずかしい・・・・

出会いから何度も、恥ずかしい自分を見せてしまっている。

男はそこまで気にしていないにしろ、雛山本人にしてみれば羞恥もの。

また今度・・・・・そう言われても、どんどん惨めな自分を見せるだけな気がして素直に喜べない。


「あの〜、亀田竜一さんですか?」


ヘルメットを被るのにモタモタしていた雛山の隣に、いつの間にか女性が立っていた。

雛山ぐらいの年齢の女性だ。

彼女は竜一をキラキラした目で見上げている。


「あぁ、そうだけど」


「やっぱり!隣の席に座ってたんですけど、ご迷惑だと思って声を掛けなかったんです」


まるで芸能人を前にしているかのように、嬉しさのあまり顔が赤い女性。

こんな若い女性でも、ボクサーとしての竜一を知ってたなんて・・・・雛山は呆然としつつ、ただ黙って2人のやり取りを見るしかない。


「亀田さんファンなんです!!握手して貰っていいですか?」


そう言いながら手を差し出す女性に、竜一も「ありがとう」とにこやかに笑いながら彼女の手を握る。

すると彼女の顔は更に赤くなっていく。


「亀田さんの笑顔、生で見れて感激です!」


そんなに魅力的なのか・・・

ボクシングに興味がない鷹頭の母親も「ギャップが堪らない」と竜一に夢中なんだと思いだした。

確かに・・・普通にしてみれば、お近づきになりたくない部類。

なのに笑う時は、ガラリと雰囲気が変わり幼く愛嬌のある表情になる。

そこが女性たちの母性をくすぐっているのかもしれない。


僕もこの人の笑顔は好きだな・・・・・


「!?」


ふと、頭の中によぎった言葉。

無意識に思った事に、雛山自身がびっくりする。


「どうした?行くぞ?」


ヘルメットを被ったまま、棒立ちしていた雛山。

既にバイクに跨っている男が声を掛ける。


「あっはい!!」


慌ててバイクの横に立ち、竜一の肩に手をかけステップに片足を乗せて乗り上げる。

もう三回目の行為に、雛山も馴れた。

そして男のウエストに腕を巻きつけて、広い背中に体を預ける。

男性の体にこんなに密着したのは、今日が初めての雛山。

どさくさに紛れて明の体に抱きつく事はあるが、それとこれとはまた別。


動き出したバイクは、ビックリゾンビーの駐車場の出入り口に向かう。

その時、竜一のバイクと似た形のバイクとすれ違った。

向こうも、男性二人乗り。

雛山は視界に入ったそのバイクに、大きく目を見開く。


え!?・・・今のバイク!!


自分と同じくタンデムシートに座っている後ろの人物。

その人物の乗り方が、自分と全く違う事に気がついた。

運転手の肩に片手を乗せて、もう片方の手は後ろに回されていた。

そこで雛山は首を捻って、後ろを振り向く。

自分のお尻より後ろについていた、タンデムバーを目にし『これを掴むのか!?』と今しがた気づいた事を心の中で叫ぶ。

バイクの乗り方はテレビでしか知識がなかった雛山。

よくある恋人同士の二人乗りが、正解だと思っていた。


また、やってしまった〜〜〜〜


今更他の乗り方が解っても、走行中に竜一の体に回した腕を放す事は出来ない。

雛山はバイクが止まるまでずっと、羞恥に身悶える事になった。



******



雛山宅前



「怖かったのか?」


頭からヘルメットを取り竜一に手渡した時にそう聞かれ、雛山は「へ?」と首を傾げる。


「ここに着くまで、ソワソワしてただろう」


う・・・それは・・・


男の言葉に、再び羞恥心がこみ上げる。

信号待ちの時に、乗り方を変えようとしていたが・・・・運が良いのか悪いのか、全く信号に引っかからずに家に到着した。

気持ちが落ち着かず、それが伝染し身体も落ち着かなかったようだ。


「すみません・・・気持ち悪かったですよね」


「あ?何が?」


「その・・・・・」


雛山は、言いにくそうに一度言葉を区切る。


「ゲイの僕に、抱きつかれて・・・」


「は!?お前そうだったの!?」


「え・・・・だって・・・」


竜一のまるで初めて知りましたの反応。

初めて出会った時に既に知っていたと思っていた雛山は、呆気にとらわれる。


「僕、虐められてた時に・・・聞いてなかったんですか?」


『ホモ』だとか『ケツを掘られた』とかの酷い言葉を、耳にしていなかったのだろうか・・・


「あぁ。あれ、あいつの戯言だと思ってた。お前の母ちゃんデベソ的な」


確かにイジメる側の人間は理由はどうあれ、難癖をつけたがる。

相手の言葉を信じていなかった竜一に、自らバカ正直に【ゲイ】と言ってしまった事を後悔してしまう。

だけど・・・隠しておきたくない気持ちもあった。

折角、ゲイである自分に引き目を感じなくなってきたのに・・・・・隠すという行為が、元の自分に戻りそうな気がしてしまう。

目の前の男が【ゲイ】だと知って態度を変えたとしても、それが普通の反応だろう。

それでも、傷つかない事はないけれど・・・・


「そっか」


その一言で片付ける竜一。

男はとくに気持ち悪がっている様子もない。


「それだけですか?」


「まぁ、ちょっとビックリしたけどよ・・・。それで大騒ぎしてちゃ、倖田・・・あ、明と付き合えなくなるだろう?あいつも、あの白田って奴の事好きみたいだしな」


「はぁ・・・・・・」


そんな簡単に受け入れられるものなのだろうか・・・拍子抜けた雛山は、ポカンとした顔で男を見上げている。


「何だ、その顔は」


雛山の顔を見て、ははははと声を出して笑う。


「俺の事、タイプなのか?」


「あっいや!!違います!そんな事ありません!!」


「そんな全否定されると、ホッとする以前にショックなんだけどよ」


「あっすみません」


「まっ。そういう目で見てないなら、別に良いんじゃねぇ〜の?」


竜一は軽い口調でそう言うと、雛山が買った荷物を「ほらよ」と差し出す。


「今日は本当に、ありがとうございました」


荷物を受け取り、ペコリと男に頭を下げる。


「あぁ、またな」


男はそう言うとバイクにまたがりメットを被ると、手袋をはめた手を軽く上げて颯爽と去っていった。

その姿を見送る雛山は、胸の中に残っている男の言葉を復唱していた。


『そういう目で見てないなら、別に良いんじゃねぇ〜の?』


ハッキリと線引きされた。

ノンケが相手ならば、普通の事だろう。

だが、その言葉はズシリと胸を重くする。


また、今度・・・・・・


そう言っておきながら、連絡先を聞かれずにサヨナラした。

その事が、今後はないのだと思い知ってしまった。



90へ続く

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