第91話

雛山宅へ訪れた明と白田。

突然現れたイケメン訪問者に、雛山母はテンションが上がる。


91



同じタイプの家々が並ぶ、住宅街。

雛山の家は近代的なデザインで、縁側付き屋根瓦の愛野家とは全く違う。

白田を置いて車を降りた明は、雛山と表札が掛かっている家の前に立つ。

LINEで連絡をしたが既読にもならない相手に、仕方なく呼び鈴を鳴らすこととなった。

暫くするとインターホン越しに、「はい」と女性の声が聞こえた。

きっとカメラが付いているんだろうと、明は営業モード。


「夕飯時にすみません。私、雛山君と同じ会社の愛野と申します。雛山君はご在宅でしょうか?」


「あぁぁ・・はいいいいっ!呼びますね!」


スピーカーから聞こえてきた女性は、物凄い狼狽えよう。

インターホンをOFFにし忘れたのか、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえる。

そして「康ちゃん!!会社の人!!すっごいイケメンの会社の人が来てるわよ!!」と、スピーカーからも家内からも女性の声が漏れる。

やがて、勢いよく玄関の扉が開いた。

そこには目を丸くした雛山。


「明さん!?何で!?」


何でじゃね〜よ・・・・と言ってやりたいが、雛山の背後には女性が興味津々とばかりに顔を覗かせている。


「連絡が取れないから、心配になって」


ニコヤカに答える明に、雛山は「すみません・・・充電してて忘れてました」と肩を落とす。

だがすぐに背後に立っている女性に振り向き「もう!お母さん、家の中に入って」と噛み付く。

母親にしては若いな・・・・とほわんとした雛山に雰囲気が似ている女性は、そんな息子の言葉に抵抗する。


「だって、会社の方ならご挨拶しなくちゃ」


同じ会社ではないが、そう言ったほうがスムーズに事が運ぶと思った。

友人にしては歳も離れてるし、他の会社の人間だと怪しすぎて正直に言わなかった。


「お母様でしたか。お若く見えたので、てっきりお姉様かと」


「やだっ〜嬉しい」


定番のお世辞。

だが若くみえるのは本当の事だ。

頬を赤らめて雛山の後ろでモジモジしている母親に、そっくりじゃん!と心の中で爆笑する。

そこで明の後ろに止まっていた車から、バタンと扉を閉める音がした。

ツカツカと足音が近づき、白田が明の隣に立つ。


「始めまして、雛山君の上司の白田です。いつも雛山君にお世話になっております」


もう1人のイケメン登場に、お母さんは目がハート状態。


「こちらこそ!お世話になってます。いつも息子の面倒を見ていただいて有難うございます。休みの日まで心配で来てくださるなんて・・・「お母さん、もう良いから!!」」


お母さんの身体をぐいぐいと家の中へ押し込み、扉をバタンとしめる雛山。


「おい、ピヨピヨ。飯食いに行くぞ」


営業モード解除の明は、顎で車に乗れと指示する。


「もう山がどっか行っちゃった・・・。僕、ご飯食べましたし、部屋着です・・・・」


「雛山。明がお腹空かせてるんだ、さっさと行くぞ。上司命令だ」


「うう・・・解りました」


上下スエットに、足はクロックスの雛山は情けない顔をしながら階段を降りて来た。

明はさっさと助手席に座り、ふと玄関の方へと視線を向ける。

二階の窓・・・雛山の母親と、そして隣には父親らしき男が佇んでいた。


「お前の両親、どんだけ好奇心旺盛なんだよ・・・」


「あぁ〜〜また、見てる」


後部座席に座った雛山も、2人の存在に気がついたのだろう恥ずかしそうに顔を歪めた。



******



「席についたら、スグにでも食べたい!」の明の要望により夕食は回転寿司。

移動中にアプリで予約をしたので、到着時に待たずに済んだ。

テーブルいっぱいに寿司を並べる明に、夕飯を食べたばかりの雛山は苦しそうな表情。

白田は、どこぞの大食い選手のように2貫食いしている明をニコニコして見ている。


「何か・・・変なLINE送っちゃってすみません」


自分のせいで、デートを中断してやって来てくれた。

それはそれで嬉しいのだが・・・申し訳ない気持ちが勝る。


「変も何も。何が言いたいのか、わかんね〜し。あいつが、また何かしたのかと思うだろうが」


そんなに意味が解らなかったのだろうか・・・。

竜一と別れた後に、気が重くて沈んでいた。

だが明にお礼を言わなきゃいけないしと、LINEをした。


『今日は色々と有難うございました。亀田さんにシューズとウェアを買ってもらいました。ボクシングジムに誘われましたが、断ろうと思ったんです。亀田さんと話して、色々と恥ずかしい事を見られたけど優しくて、でも保育士目指してるなて嘘じゃないですか!僕、真に受けて恥ずかしかったですよ!亀田さんツボにはまってずっと笑ってました。なのでボクシングジムもイイかなと思いました。だけど、その後亀田さんにゲイだって言ったら・・・ボクシングジムに行きたくなくなりました。だけどそれだと、もう会うことも無いんですよね。だけど向こうは会いたくないんだと思います。ボクシングジム、月謝いくらですか?行けないですけどね。それとうちの母、亀田さんの事知ってました。サイン欲しいそうです。だけどもう会えないし』


と送ったのを記憶している。

内容もそうだが、改行一切無しの入力の仕方も明は不穏と感じたのだろう。


「俺もLINE見たけど。雛山は亀田さんに会いたのか?」


「・・・・・それは・・・もう、会えないです」


雛山の答えに、白田と明は目を合わせる。

意味有りげに絡んでる視線。

やがて白田は、雛山に視線を戻す。


「会いたくないじゃなくて、会えないんだな。本心は会いたいって事だろ?」


本心・・・・

白田の言葉に、何もいえずに俯く雛山。

本当はどうしたいのか・・・・自分の心の内が霧がかって見えない。

ただ解るのは、ゲイであるが故に壁を作られたくないという思い。

一般の人間からしたら、それは普通の事。

異性から好意を持たれると喜ぶが、それが同性だと・・・・・


「あいつにゲイだって言ったらってLINEに書いてたけど、何?あいつ何か言ったのか?」


「自分が対象にならないなら、いいって・・・」


「まぁ、普通の反応だな」


「それは解ってますけど・・・」


「なぁ雛山。鷹頭に同じこと言われたらどう思う?」


「え・・・・えぇと」


白田の問いかけに、雛山は思い浮かべる。

鷹頭から「俺が対象にならないなら、いいぞ」と言われたとして・・・・・


「間違ってもないって、答えます」


「「・・・・・・・・・・・・」


再び視線を合わせる2人。

明は肩をすくませて見せ、白田はふっと笑いを漏らした。

意味深な2人のやり取りに、雛山は首を傾げる。


「もう既に、答えは出てるようなもんだけどな」


「ピヨ頭だから仕方ない。ボクシングジム申し込んどいてやるから、木曜来いよ。ちなみに、初月は無料だ」


「え!?」


「待って、明。俺も行くから、申込みしといて」


「お前は来るな。オレが動きにくくなるから」


何故、ボクシングジムに通うことが決定したのか。

雛山は混乱している中、目の前の2人は小競り合いを始める。

一緒に通うと駄々をこねる男に、来るなと一点張りの明。

2人の事はこの際どうでもいい・・・・・

雛山は強引な勧誘に、テーブルに突っ伏すして「うう〜〜〜」と唸るしか出来なかった。



92へ続く

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