第85話
愛情弁当を堪能した後。
2人は自然の中でゆったりとした時間を過ごしていた。
85
高原リゾート
昼食を済ませ、のんびり珈琲タイム。
白田が作ってくれたコーヒーはインスタントだったが、場所が場所なだけに淹れたての珈琲の様に美味しく感じる。
グランピングの中は小さな薪ストーブが空間を暖かくしているも、今日は天気が良く外でも日が当たり暖を取らなくても十分に過ごせた。
そよそよとそよ風に乗って小さな子どものはしゃぐ声が、明達の耳に届く。
大自然の中、そんなちょっとした騒音も心地よく感じる。
「明日休みだったらなぁ・・・」
テントの外に設置してある、2つ並んだ折りたたみのリクライニングチェア。
明は足を伸ばしてそこに座り、コーヒーを一口喉に流すとほぉと溜息と共にそんな言葉が口から出る。
「泊まりたい?」
隣のリクライニングチェアに座っていた白田は、明の呟きにふっと口元を緩ませて彼の方へ顔を向ける。
「折角ここに来たんだし」
「なら今度は泊まりに来ようか」
「ん」
恋人になれば、自然と次の約束が出来る。
白田の言葉にコクンと頷く明の胸は、甘酸っぱい思いで一杯になる。
だがその反面・・・・泊まりというシチュエーションに不安がよぎる。
恋人が泊まりで外出すれば、自然と始まる身体の触れ合い。
男同士という、未経験の領域。
相手が女なら、欲望まま相手を抱けばいい・・・・・だが相手が白田なら。
オレンジやイエローが交わる木々に向けていた視線を、隣の男へと向ける。
青空を仰いでいる男の横顔は、由美が例えたような彫刻のように綺麗だ。
こいつは、オレをどうしたのだろうか・・・・
キスだけで急上昇する体温と息。
男の手が耳や項を撫でる度、擽ったくも甘くしびれる感覚に反応する明に、白田は興奮して尚も深く口づける。
男が強く自分を求めているのは感じている。
いつかは・・・・そうなるのが自然な事。
不安が無いかと訊かれれば、ある。
あるが明も男だ。
欲望には忠実。
「?どうかした?」
じっと見つめる明の視線に気がついた男は、視線を絡ませて微笑む。
それだけで、男への愛しさがこみ上げる。
相手の形の良い唇にキスがしたいと欲求が湧き、遠く離れているといえここは子供も居る公共の場だと自分に言い聞かせ抑え込む。
「別に」
ぷいと男から顔をそらし、青々とした空に視線を向けて・・・・そして瞳を閉じる。
このままいけば・・・キス以上の行為も時間の問題。
だがその前に、白田に言わなきゃいけない事がある。
きっと白田は過去の出来事は知っているだろう。
だがその後の出来事は太郎や雅、そして日富美しか知らない。
裸になれば腰の傷を晒さなくてはならない。
傷を見たところで、白田の気持ちが変わるとは思えないが・・・・・・それでも気後れしてしまう。
ここに来るまで、ちゃんと言おうとは思っていた。
ただいざ口を開けば自分の臆病な部分が顔をし、後で後でと先延ばされ時間だけが過ぎていくのだ。
日も傾いてきている・・・・ここを去る時間もあと僅か。
白田は根気強く話すのを待ってくれるだろうが、今日を逃したら・・・また後で後でと日数が伸びるだろうと予測出来る。
今、ここで言わないと・・・・
明はパチリと瞼を開ける。
そして身体を起こし、身体を男の方へと向けて座り直す。
「し・・・」
「すみませ〜〜〜〜ん」
明が男を呼ぼうとしたのを止めてのは、女性の声。
地面を踏みしめる3人の足音が、背後から近づいてくるのを明は感じてぐっと歯を食いしばる。
こんな時に・・・邪魔かよ
「お二人で来てるんですか〜?」
「これ、今作ったんですけど。一緒にお茶しませんか?」
女性が手にしているトレンチの上には、焼きりんごと珈琲5人分。
作ったからお裾分け~~ではなく、逆ナン目的で近づく三人に白田は苦笑い。
そして明の目は・・・・・死んだ魚のような目。
「私達キャンプ女子なんです」
「よくここに来るんですけど、素敵なお2人を見かけちゃって」
「そうそう。駐車場で見かけてず、っと探してたんですよ」
そう言えば男は喜ぶと思っているのか・・・・
なかなかに広い施設をキャンプを楽しまず男を探し回っていたとは、それでキャンプ女子と言えるのか?と突っ込みたくなる明。
女性たちは、その場にあったウッドテーブルの椅子を持ってきて側に座る。
そして1人、明のリクライニングチェアの空いた場所に腰掛ける図々しさ。
怒鳴り散らしたい気持ちが沸き上がってくるが、ここは世渡り上手な白田に任せた方がいいのかもと気持ちを抑える。
「すみません。俺達2人はここにゆっくりしに来てるので」
「解ります〜〜。ここって時間がゆっくり過ぎる感じしますもんねぇ」
伝わってねぇ・・・・
「これどうぞ」
明の隣に腰掛けていた女性から、差し出される珈琲。
「いらねぇ」
白田とは対照的に無表情で言い放つ明に、女性は戸惑う。
「悪いけど・・・「あのさぁ」」
再び口を開いた白田に被せる様に、明が声量を大きく話し始める。
「誰もお前ら迎い入れてね〜だろうが!図々しく横に座んな」
いつもの冷たい口調で隣の女性を睨み、チェアから立ち上がる。
「あっ!!」
女性の小さい悲鳴と共に、明の服に珈琲が引っ掛けられた。
どうやら明が立ち上がった時に、手が珈琲を持っていた女性の手元に当たったようだ。
「あちっ」
「ごめんない!火傷しちゃう脱いでっ」
淹れて間もない珈琲が明の肌を赤くする。
女性は慌てて明の服の裾を掴み、ぐいっと引き上げる。
顕になる明の背中。
「え・・・・・」
女性は明の背中・・・・左腰のモノにギョッとする。
「悪いけど、彼に触らないでくれる?」
白田が女性の手を振り払い、明の服の裾を下へ掴み下ろす。
男の手にはいつの間にかタオルが握られていた。
そしていつもより低いトーンの声が明の耳元でする。
白田に抱き寄せられている体制では、男の顔は見れないが・・・・・声を荒らげずに静かに怒っているように感じれた。
「それと。君達と親しくするつもりはないから、帰ってくれるかな」
白田がどんな顔で言っているのか・・・・明は大人しく男の腕の中に居た。
女性たちが慌ただしく、この場から去っていくのを背中越しに感じる。
言葉は相変わらず柔らかいものの、声色が怒っていた恋人。
それが、嬉しい。
「明っ!?火傷大丈夫!?」
ぐいっと男に両肩を掴まれて、上から下までチェックされる。
今までの男とは別人みたいに、あわあわと慌てている白田。
そんな相手に、思わずぷっと吹き出してしまう。
「ほらっ!テントの中で服脱いでっ」
明の手を握り、テントへと向かう白田。
そんな彼に引っ張られて、ついて行く。
「いや、中まで染みてねぇ〜て」
「駄目!氷貰ってくるから。テントの中で待ってて」
明をテントの中に引っ張り込むと、男はそれだけ伝えて忙しなくテントから出ていった。
心配性な恋人。
服を脱ぐことに抵抗を感じるものの、しょうがないのかと腹を括った。
86へ続く
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