第79話

初めてのデート初日。

気合いを入れて服を選び、以前の様に姿見の前で仁王立ちしている明。

そんな明は、デートの為にと用意していた物があった。



79



日曜日

愛野宅



10時前

明の部屋はいつぞやの状況と同じ、服が散乱中。

やっと着替え終わった明は未だ納得してないのか、姿見の前で仁王立ち。

実はこの日の為にと買っていた服一式があるのだが、何故か着ずにベッドの上。

そして今身につけている物は、紺の2サイズ大きいリネンシャツに白のスキニーパンツ、そしてモコモコ裏地のグレーのリバーシブルジャンバー。


「何が・・・正解かわからねぇ・・・」


そう呟く明の表情は少々お連れ気味。

10代の頃も恋人とお出かけはあるものの、ここまで服装に悩んだ事がない明。

ただ白田と出かけるだけなのに、支度に長時間掛かり既に精神が削れてしまっている。


こうなれば、イチニに見てもらおう


そうご近所さんの幼馴染の所へ行こうと思った矢先、家のチャイムが鳴る。

反射的に壁にかけた時計をみると、10時5分前。


「!?もうこんな時間?」


日富美の家へと行っている暇は無くなった。

明は慌てて荷物を鞄に詰め始める。


「明く〜〜ん、白田君が来たよ〜」


1階から聞こえる太郎の声に、焦りはMAX。

忘れ物はないかと確認すら出来ず、肩に鞄を掛けるとそのまま部屋の扉を開ける。

が再び部屋の中へ戻り、時計やネクタイピン等の小物が置いた一角の前に立つ。

そして手にとったのは、香水の容器。

ミシェルに営業を掛けられ買わずにいた、あの香水だ。


「ええと・・・頭上より高く吹きかけて・・・その下をくぐる」


香水など付けたことが無い明は、直接体に振りかけるものだと思っていた。

ミシェルはそんな明に、正しい香水の使用方法を伝授。

彼女が言った説明を口にしながら、その通りにする。


「おし」


これで完了とばかりに香水を元の位置に置き、再び部屋を飛び出した。

ドタドタと慌てて部屋を飛び出したのに、何故か階段前でピタリと立ち止まる。

そして余裕を持った足取りで、階段を降り始めた。

焦った姿を見せるのが恥ずかしい・・・・・そんな明の変な意地。

二階の廊下をドタドタと足音鳴らして走っていたのに今更な気もするが、本人はいつもの無の表情で緊張気味な内心を隠している。

玄関に立っている白田の姿が、徐々に見えてきた。

男も明の顔が見えると、満面の笑みを向ける。


「おはよう、明」


「ん」


眩しいぐらいの笑顔で挨拶する男に、明はいつもの様にコクンと頷くだけ。

そんな彼の姿は、黒のタートルネックに白のデニム、そしてベージュのロングコートを羽織っている。

相変わらずのイケメンオーラに、彼を見ただけで明の心臓は甘く脈打つ。


「2人とも気をつけて行ってらっしゃい」


2人が外へ出るのを、手を振って見送る太郎。

白田は「行ってきます」と笑顔で返し、明をエスコートするように前を歩く。

門を出ると、白のアウディが停まっていた。

さすが・・・いい男は乗る車も違うな、と関心しながら自然と助手席の方へと向かう明。

そんな彼に、白田の手によって開けられる助手席の扉。

白田がこういう事をするのは営業として身に付いたものだろうが、明は少しムッとした顔で男の顔を見上げる。


「女じゃないんだけど」


「ごめん、気に触った?」


「別に・・・・」


謝られるのも何だか癪に障る。

明はそっけなく答えると、そのまま助手席に座った。

そして直ぐに後悔。

出だしでそんなんでどうする・・・・と、普段通りの口の悪い自分に嫌気が差す。

相手は気にしていないかと、運転席に着く男を横目で見てしまう。


「明、シートベルト締めた?」


助手席の明にふわりと笑いかける白田。

いつもどおりの相手に、ホッとしながら明はシートベルトを締める。

そして男もシートベルトを締めたまでは良かった・・・・

ハンドルに手を掛けた途端、「はぁ〜〜」と盛大に溜息を付き前のめりになってハンドルに突っ伏す。


「!?」


まさか・・・そんなに気にしてたか!?

ハンドルを握った手の甲に額を付けて、プルプルしている白田。

その男の背中に手を伸ばそうとする明。

だが背中に手が届く前に男はこう呟いた。


「可愛い・・・・」


「は?」


その呟きに伸ばした手を引っ込める。


「可愛すぎるよ、明!」


白田は体を起こして、明の方へ顔を向ける。


「今日の服装も、すごく可愛い!」


「・・・・・・」


そんなに喜んでくれるとは、時間を掛けて選んだ甲斐があった。

ただ・・・可愛いと言われるのは、しっくりとこない。

そんな事を言うのは、この世で白田しか居ないだろう。


「それに・・・その香水、俺の為につけてくれてるんだよね・・・」


蕩けるような顔を向けられて、気恥ずかしくて少しモジモジとしてしまう明。

そんな明に、再びハンドルに突っ伏すしてしまう。


「やばいやばい・・・・抱きしめたい、キスしたい。抱きしめたい、キスしたい。抱きしめたい、ベロチューしたい・・・・」


呪文のように繰り返す男に、若干引き気味になる明。


「おい・・・家の前だぞ」


「解ってる・・・我慢する。ちょっと気持ちを抑えるから、時間頂戴」


「そんな長い時間、車停めるの止めろよ」


「じゃ、俺が傷つく言葉言ってくれる?」


「は?」


突っ伏したまま、明の方にチラリと視線を向ける男に、明は間抜けな返事を返す。

何故・・・そうなる・・・


「そしたら、この気持ちも収まると思う」


「・・・・・・・・」


男が傷つく言葉・・・・。

何かあったっけ?と首を捻る明。

だがすぐにある事を思い出す。

以前から、思っていた事・・・・


「なぁ、前から思ってたんだけど」


「何?」


「お前、太った?」


「!?」


物凄い衝撃を受けたような表情の白田。

そのまま、前に顔を向けると車を発進させた。


「・・・・・・・・」


何も言わずに、住宅街に車を走らせる白田。


「お前が言ったんだろ・・・・何泣いてんだよ」


とシクシクと泣きながら車を運転している男に、明は心底呆れてしまった。



80へ続く

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