第80話

明と白田がデートへと出発した頃。

雛山は、もう【七三坊や】と言わせない!と気合十分で洗面所に居た。


80



雛山宅



もう何十分も洗面所を占領している雛山。

鏡の前で仁王立ち状態で、今日の髪型が変じゃないかを確認。

今日は、間違っても「七三坊や」「坊主」とは言われないはずだ。

ファッション雑誌の見様見真似で、頭の先からつま先までそれっぽくした。

給料日前なので新しい服を買うのは避け、既に持っていた服でコーディネート。

そのコーディネートには私物でないモノも含まれている。

白のワッフル生地のパーカーにアイスブルーのデニム・・・・そして、雛山にしては大きいサイズの黒のミニタリー柄のフライトジャケット。

そう明から借りているアウターだ。

今までおしゃれなんて意識してなかった雛山は、大量生産のショップでしか服を買わなかった。

所謂、人と被る様な服ばかり。

それが先週明から借りた服で帰宅した時、「どうしたの!?それ良いじゃない!」と百貨店のアパレルで働いている母からの大絶賛。

名前は忘れたがメンズ服ではそれなりに有名なブランドだったらしく、サイズが合わないアウターでも母は似合ってると太鼓判を押してくれた。

一応明には、今日着る旨をLINEでお知らせした。

未だ既読は付いてないが、明の事だ「いいぞ」と返してくれるのは解りきっている。

ただ問題は・・・白田・・・

以前、アウターを引き剥がそうとする程の白田の嫉妬。

今回バレたら嫉妬の炎で炙られそうだが、それも覚悟の上。

お陰で今日のコーディネートはバッチリ!

そして髪型も、雑誌のモデルを真似てみた。

いつも利用する美容室では髪を切る事しかしていなかったので、家で出来ることは母が使っているワックスで髪型をアレンジするぐらい。


「康ちゃん、今日も何処か行くの?」


食い入るように鏡を見ている雛山の背後からの声。

廊下から顔を出している母親と、鏡越しで目が合う。


「あらあら、良いじゃな〜い。そのアウター格好いいわよぉ〜〜。で?そんなにお洒落して何処に行くのかしら〜?」


ニヤリと笑う母親に、振り返り「別にっ!ちょっと買い物に行くだけだよ!」と焦りながら答える。


「本当?何かここ最近、よく笑うようになったから・・・・彼女でも出来たんじゃないのぉ〜?休日も夜も外出が多いしぃ」


母のいうここ最近が何時頃の事かは解らないが、確かに白田や明と出会って外だけじゃなく家の中でも気持ちの持ちようが変わったと自覚はある。

友人の居なかった頃は会社と家だけの往復。

家に帰れば食事の時しかリビングには居らず、殆ど自分の部屋で趣味に耽っていた。

仕事が楽しく感じるようになり、父と仕事の話をし始めたのは何時からだったか・・・・

母とリビングでテレビを見て、一緒になって笑い過ごすのは何時からだったか・・・

やっぱりそれは、フスカルという居場所を見つけて気持ちに余裕がでてきた頃だった。

だから父も母も、最近はよく話し掛けてくる。

それが擽ったくもあったが・・・・。

こうやって度々2人の口から出る【彼女】と言う単語は、心に重くのしかかってしまう。

 

「そんなんじゃないよ・・・」


「そう・・・夕食は居る?」


「うん、買い物終わったら直ぐに帰ってくる」


「解ったわ」


母がその場から立ち去ると、雛山はもう一度鏡を見る。

【彼女】じゃなく【彼氏】が出来たとしたら・・・いつか母や父に紹介しないといけないのだろうか。

雅や桃以外にも、フスカルでは親と疎遠になった人達は居た。

自分もそうなったら・・・そう考えると、気分がどんよりとしてしまう。


ピコン


洗面所の縁に置いていたスマホが鳴った。

画面を覗き込むと、相手は鷹頭。


『もう、そろそろだろ?頑張れよ!』


人差し指で通知ボタンを押すと、メッセージと共にアニメのキャラスタンプ。

初めて出来た同年代の友人のLINEメッセージ。

ただそれだけなのに、さっきまでの沈んだ気分は高揚し口元が緩む。


『死ぬ気で頑張ってくるよ!』


そう返事を返していると、家の中に響くチャイム。


「あっヤバ!」


スマホを手に慌てて洗面所を出る雛山。

部屋に鞄を取りに走る途中、リビングから廊下へ出てきた母に「出なくていい!」と訴える。

バタバタと自室に入り、ベッドの上の鞄を手にするとそのまま玄関まで直行したのだが・・・・・玄関では母が扉を開けて来訪者の対応をしていた。


「もう〜〜出なくてイイって言ったのに〜〜」


い〜〜〜となりながら呟き。

扉の向こうの人物と話をしている母の後ろで、靴に足を突っ込む。

踵を遊ばせながら、母に近づき。


「いいから、もう入って」


「あぁ、きたきた。もう友達と出かけるならそう言ってよ〜〜」


開けた扉から外を見ると、ヘルメットを手に立っている竜一。

グレーのTシャツにダメージジーンズ、そしてブラウンのレーザージャケット姿の男。

派手な金髪が強面と相まって、お近づきにはなりたくないタイプ。

だが雛山の保護者が居るからかその表情は柔らかいく、母親も「お友達」と発言する程そう警戒していないようだ。


「解ったから、もう見送りいいから入って」


歳が違う息子の友人に興味津々の母親は竜一を気にしながらも、雛山の手によって家の中へ押し込まれる。


「気をつけて、いってらっしゃいね〜〜」


「はいはい、行ってきます」


パタンと閉じる扉に、ふぅ〜と一度深呼吸。

そして振り返り、改めて竜一を見る。


「今日は、すみません・・・」


と数段しかない階段を降りながら口にし、門の前へとやってきた。

自分からお願いした訳じゃないのに・・・・とも思うが自然とでる謝罪の言葉。


「ふっ、また【すみません】か?こういう時は、来てくれて【ありがとう】だろ?」


門を開閉して出てきた雛山を見下ろし、さぁ言い直せというような空気を出される。


「き・・・・来てくれて・・・有難う御座います・・・」


確かに相手は年上だが、まるで雛山を小さな子供の様に扱う。

気恥ずかしい反面、ムカっともする。

どもりながら、そう答える雛山に相手は満足したのかふっと笑い。

「良く出来ました」と雛山の髪をくしゃくしゃとかき回す。


「わっっ!折角セットしたのに」


洗面所に居た時間が無駄になってしまうと、慌てて竜一の手から逃れる。


「あぁわりぃ・・・今日は七三坊やじゃないんだな」


まただ・・・

余計な一言が多い相手に、ムッとしてしまう。


「もう、その呼び方止めてください」


「じゃ、何て呼べばいい?」


「雛山です」


「下の名前は?」


「康気」


「なら、康気だな」


男の口から出た自分の名前に、思わず戸惑い言葉に詰まる雛山。

だがその戸惑いは、馴れ馴れしい相手からの名前呼びにではない。

鋭い三白眼を細め、頬にエクボを浮かばせる相手の笑顔に胸がきゅ〜〜〜んと締め付けられた事による戸惑い。

それは生まれて初めて感じた感情だった。


「で康気。折角髪をセットしたのに悪いんだけどよ、ヘルメット被るから意味ないぞ」


「!?」


そう言いながらハーフヘルメットを差し出す男に、雛山は目と口を大きく開く事しか出来なかった。



81へ続く

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