第65話
一方その時、雛山は竜一に髪をセットされていた。
虐めから助けてくれた相手とは言え、失礼な物言いに口も聞きたくない雛山。
65
吉本ボクシングジム
ロッカールーム
竜一と2人きりにされた雛山は、困ったような拗ねたような表情。
丸椅子に座ったまま、少しうつむき加減でこの時間を堪えている。
竜一の大きくゴツゴツとした手が、雛山の髪に触れる度お尻がムズムズとする感覚になる。
明の言われた通りに、竜一は手にワックスを取り雛山の髪をセットしている。
ただ大きな鏡がない為、美容室のように背後に立ってではなく、雛山の斜め前に椅子を起きそこに座っている竜一。
正面に居られるよりはマシかもしれないが、それでもじっと直視される居心地の悪さを感じる雛山だった。
「あいつとは、どうやって知り合ったんだ?」
唐突の竜一からの問いかけ。
雛山自身も、彼と明の関係が気になっている。
昔からの知り合いかの様な2人。
本当は訊いてみたいと思っていたが、未だに【七三坊や】や【坊主】の言葉が頭に残っていて口もききたくなかった。
「取引先の関係です。明さんの会社から宣伝広告を受けています」
「それだけ?それだけで、休日も会う関係になるのか?それにしては、明はお前を可愛がってるようだったけどよ」
雛山の説明だけでは、納得出来てない竜一。
「・・・・助けてくれたんです・・・同僚に虐められてるのを・・・」
正直、言いたくなかった。
この歳になっても、あっちこっちで虐められていると思われるのが恥ずかしい。
「はぁ〜ん・・・なるほどな」
やっと納得した男。
だがその表情はどこか、ムッとしているように見える。
「やっぱり似てるな・・・」
そう小さく呟いた男の言葉は、辛うじて雛山の耳に届いた。
誰に似てる?
まるで雛山と誰かを重ねているようで、雛山は心の中で首をかしげた。
そんな中、背後で扉が開閉する音がした。
首を捻って後ろを見ると、明がロッカールームに入ってきた。
ただ・・・顔色が真っ白に見える。
「悪い、雛山。5時まで適当に時間潰しといてくれ」
「え?白田さんは?」
「帰った・・・」
「!?」
何故?と思うがそれが口から出てこない雛山。
明の顔色が悪い事も、それに関係しているようで2人に何かあったのだと察する。
「明っ」
竜一が立ち上がり、明へ近寄る。
「暫く一人にしてくれ・・・」
「おいっ、明っ、一人で外に出るなっ」
近寄った男を無視して、ロッカールームから出ようとした明に竜一が咄嗟に腕を伸ばす。
がその手より先に明の拳が、男の顔にぶち当たった。
「!?」
咄嗟の事でビックリし、雛山は思わず口を手で覆う。
明のパンチをモロに受けたのに、一歩後ろによろめくだで済んだ男に明は強い怒りの眼光で睨む。
「余計な事すんじゃね〜よ!人が必死に・・・・ぐっ」
ピリピリと空気を振動させる明の大きな声。
だが途中で言葉を止めて、歯を食いしばる。
その表情は泣きそうに歪み、溢れ出る感情を必死に堪えているようだ。
ひらりと竜一に背を向けて、そのままロッカールームから出ていった明。
シーンと静まり返ったロッカールームに置いてけぼりを食らった雛山は、未だ衝撃的な場面に脳がついていかない。
「はぁ・・・・やっちまった・・・」
殴られた男は、がっくりと肩を落としてその場にしゃがみ込む。
そこでようやく、この男が起因で明と白田の間に何かあったのだと雛山は気づいた。
「何をしたんですか?」
雛山は椅子から立ち上がり、しゃがんでいる男の脇に立つ。
「・・・・俺をやたら意識してたみたいだから・・・軽く煽っただけだ。ほんの軽くだぞ?」
いじめる気は無かった、ちょっとからかっただけ・・・・
小学生の時に、雛山を虐めていた友人が担任にそう言っていた。
まるでイジメっ子の様な言い訳をした男に、雛山は一気に頭に血が上った。
「あなたにはそのつもりでも、受け取る側は軽くみてない事だってあるんですっ。たった一言でも、ずっと胸の中に残り続ける程に重い言葉もあるんです!!」
喉が張り裂けるぐらいの声で、竜一に怒鳴りつける。
そんな青年に驚いたような表情で見上げる竜一。
口の端が切れて血が滲んでいるが、雛山はそんな事は気にしてられなかった。
「2人がどんな気持かも知らないくせに!!」
フスカルでいつも2人を見ていた。
最初の明の突き放すような態度は、白田と会う度に少しずつ柔らかくなっていった。
白田の投げかける言葉もにも、少しずつ返す言葉が多くなっていった。
白田の笑いかける笑顔に、少しずつ明の表情も優しくなっていった。
そんな2人を間近で見ていた雛山だから、少しの変化も気づいていた。
やっと立て篭もっていた塔の扉を白田の為に開こうとしていた明に、白田だけじゃなく雛山も今か今かと待ちわびていた。
「2人を邪魔するなんて!!」
「おいっ」
「僕、許さないですから!!!」
ヒートアップした雛山は、「うわ〜〜ん、ボコボコにしてやるぅ」と喚きながら竜一の頭をボコボコというよりポコポコと叩く。
プロボクサーにしてみれば、蚊が止まったぐらいのダメージしか与えられないだろうが、大泣きしている相手に少々タジタジ気味。
「解ったっ。解ったからやめろ」
そう男は言っても、雛山の攻撃は止まない。
男は「あぁもう〜」とうんざりとしたセリフを吐くと、雛山の体に手を伸ばした。
首の後ろに手を添えられ、そのまま男の胸の中に引き寄せられる。
雛山の小さな体は、男の腕の中にすっぽりと収まった。
これでは、さすがの雛山も身動きが取れない。
「悪かった、邪魔するつもりは無かったんだ」
「うぅ〜〜〜〜」
腕の中でくぐもった鳴き声をあげる雛山の背中を、あやすように擦る男の手。
「何騒いでるんだ!?」
ここでようやく、オーナーがことの異変に気がついてロッカールームに顔を出す。
床の上の2人に目をやると、ギョッとした顔で固まる。
「あぁ〜〜何でも無いっす」
説得力のない竜一の言葉に、オーナーは訝しげな表情。
だが二人の様子から、揉め事は鎮火しつつあると判断したのか「温かい飲み物用意するから事務所につれこい」と言葉を残して部屋を後にした。
66へ続く
数日のお休み頂きました。
有難うございました。
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