第64話
竜一の言葉に、10年前の事件当日の事を思い出す明。
そこから時が止まったままだった明の心は、白田との出会いで再び動き出したことに気がつく。
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母が死んでから、家にいる事が苦痛になっていた。
顔を合わせれば小言が多い祖母に、明を煙たそうにしている祖父。
太郎は頼りなく、お互い家に居場所が無かった。
雅は全寮制の学校に進学している事から、彼もこの家に居心地の悪さを感じていたのだろう。
中学にあがり、明はつるみだした連中の家に入り浸っていた。
家に帰ることが殆ど無く、高校に入れば女の家に上がり込み全く家に帰らない。
だが明が悪さをしても、家はその問題をお金で解決してくれる。
顔を合わせれば家の名前を汚すなと言う祖父と祖母の言葉と、まともに息子を叱らない太郎の父親としての態度。
一丁前に大人に不満を持っているのに、与えられた環境に甘えてわがままをやり通したただのクソガキだったと思う。
それに気付かされたのは、あの事件が起きてから。
もっと早く気づいていれば、あんな事は起きなかったと今でも思う。
※
日が沈みかけた時間。
明は麗子が帰ってくる場所・・・・会社の女子寮へと向かっていた。
つい先ほどまで、いつもの鹿馬高の連中と一緒だった。
「眠いから帰るわ」
と別れてたのは、30分程前だったか・・・
本当は予定があった。
今日は麗子の誕生日。
規則が厳しい女子寮で、盛大なパーティーは出来ない。
いつもこっそり裏庭から敷地に入り込み、1階にある麗子の部屋の窓から忍び込むんでいる。
そんなコソコソと出入りしている明が、堂々と部屋で「ハッピーバースデー!」と騒ぐ事は出来ない。
恋人と静かに祝う誕生日になるだろうが、高校生らしく馬鹿騒ぎする性格ではない明には丁度いい。
高価なプレゼントは贈れないが、せめてと買ったショートケーキとチーズケーキが入った箱を手にぶら下げ、明は寮までの道のりを歩く。
そんな中、明の携帯が鳴った。
設定した着信音で、さっき別れたメンバーの誰かだとわかった。
特に相手を気にせず、そのまま電話に出る。
「何?」
「明〜〜、目が覚めるような事があるから、戻ってこいよ〜〜〜」
電話の相手は、メンバーの中で1番のお調子者の蟻杜(ありもり)。
楽しい事がある事を含んだ物の言い方に、明は首をかしげる。
「無理だって、もうすぐ着くし」
「いやいや〜〜絶対来た方がいいって」
「何だよ・・・」
テンションの高い蟻杜の声の後ろは、少し騒がしい。
どこに居るんだ?と疑問に思うも、早く電話を切りたい明は聞き返すことはしない。
「おいっお前何電話してんだ、切れ!」
蟻杜のそばに居るのだろう、蛭崎の声が電話口から漏れる。
「えぇ〜だって」
「あいつはこんなの嫌いなんだよ。来るわけねぇ〜だろうが!さっさと切れ!」
「蛭がオコオコだから、切るねぇ〜〜。また明日〜〜〜」
プツリと切れる電話。
そして明は最後の蟻杜の言葉と重なるように聞こえた、違うメンバーの言葉に一瞬言葉を失う。
【おいっ!手をしっかり抑えとけ!】
そう聞こえた。
胸の中がざわりと波立つ感覚。
何してんだ・・・あいつら・・・・
言い知れない不安を抱えて、切れた電話をじっと見つめる。
どうしようか・・・もう一度電話を掛けるか・・・
だが蛭崎があれだけ苛立っているのだ、蟻杜に掛けたところで無視されそうだ。
なら、明を慕って後ろをついて歩く寒蝉(ひぐらし)なら無視すること無く電話に出るだろう。
明は、寒蝉を着信履歴から探す。
「おいっ、何やってんだ?」
背後から掛けられる声に、明は発信ボタンを押すことなく振り返った。
「竜一」
「それ、俺の分も入ってるだろうな?」
竜一は明の手に持っているケーキの入った箱を指差す。
「何、お前も来るのかよ」
「当たり前だろう、姉貴の誕生日だからな。崇め奉って、気前よく家賃払ってもらわないと俺が困るの」
「自分で払えよ」
「俺のバイト代じゃ、バイクを維持するので精一杯」
「俺みたいにヒモになりゃ良いだろうが」
「・・・・おまえ、自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「住まわせて貰ってる代わりに、夜は御奉仕してやってんだろう」
「やめろ!俺の姉貴だぞ!!」
言っている内容は過激だが、高校生らしくギャイギャイ騒ぎながら歩く2人。
竜一が現れたことで、先ほどの事を忘れた明はそのまま竜一と麗子の元へと向かった。
事件当日
その時間は、竜一と麗子と一緒に居た。
主犯格として連行された明は、その事を取り調べで言わなかった。
鹿馬高の自分と、華拳高を纏めている竜一の親密な関係を知られれば竜一の立場が悪くなる。
そして、女子寮に明を忍ばせていた麗子。
しかも明はまだ未成年。
それがバレれば寮を追い出されるだけではなく、会社もクビになるだろう。
2人の事を庇うつもりでもあったが・・・・・・・あの時、異変を感じていながら放置してしまった自分を責めていた。
寒蝉に電話を掛けてれば・・・・あの子を救えたんじゃないかと・・・・
少年房に入っている間、ずっと後悔ばかりしていた。
倖田の言いなりになってれば・・・・
鹿馬高校に入学してなかったら・・
麗子と付き合わなければ・・・
あの子にキーホルダーを返さなければ・・・
チョコを受け取らなければ・・・・
優しくしなければ・・・・・
知らないところでアリバイが立証され、外に出た明。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、笑っている太郎に熱い抱擁を受けた。
そして、友人とその姉がアリバイを証明してれたと聞かされた。
何故・・・こんな馬鹿な自分の為に・・・・・
本当なら飛んでいってお礼を言うべきだろうが、2人の現状を知るのが怖かった。
暴力的な父親から逃げて居た2人は・・・・もしかしたら、自分のせいで父親の元に戻ったのではないか・・・
悪い方向にばかり想像が膨らみ、それを確認する事もなく・・・・・明は逃げた。
「俺と再会して、少しは足かせは軽くなった筈だぞ。お前があの事件の後、連絡を絶ったのは姉貴と俺に悪いと思ってたからだろうが」
竜一の言う通りだ・・・・
10年経って再会した今、元気そうな2人に胸の中にあった重しが少し軽くなった気がしていた。
麗子はたしかに会社をクビになった、竜一も学校では爪弾きにあった。
だがいくら待っても自らの無実を訴えようとしない明に業を煮やして、2人は覚悟の上で明のアリバイを証明してくれた。
そしてあの事で自分を支えてくれていたのは、太郎や雅、日富美、そしてこの2人もだと気付かされた。
「お前とそいつの事は知らねぇ〜けど。そろそろ前に進めって、神さんが言ってくれてるじゃね〜の?」
えくぼを凹ませて笑う竜一に、不思議と自分でもそんな気がしてきた。
白田と出会い、止まっていた時間が動き出した。
日富美の前向きな心変わり
祖母との再会
竜一との再会
代わり映えしなかった日々が、白田と出会ってから大きく変化していった。
その中でも1番の変化は・・・恋心。
冷めて凝り固まっていた明の心が、時には暴走もしてしまうが温まり規則正しい鼓動を刻み始めた。
まだ戸惑い、足が竦んでしまう事もあるだろう。
それでも不器用でスキル不足な自分だが、彼を想う気持は伝えてみようと思った。
たとえ上手くいかなくても・・・・
彼以外に、こんな感情を抱くことはもう二度と無いのかもしれないのだから・・・
******
ロッカールームを出た明は、真っ直ぐ白田が居るベンチへと向かった。
ずっと白田の瞳が、明へ向けられている。
やっと顔を出した明に、嬉しそうに微笑んでいるもののどこか元気が無いように感じた。
竜一に何を言われたのか知らないが、自分の古くからの友人の失礼な態度に一言謝罪した方がいいだろう。
それから、今日の予定が全て終わったら時間をもらうように伝えるつもりだ・・・・・・・10年前の事件の事を打ち明ける為に。
白田は知っていると竜一は言っていたが、それなら余計に自分の口から言いたい。
そして今、自分が置かれている状況も・・・・・倖田との繋がりを完全に断つために。
「白田・・・」
「明一人なの?雛山は?」
白田の前に立ち、見上げるくる男を見下ろす。
「悪い」
「何が?」
「竜一の事」
竜一の名前を出した途端、白田の表情が強ばる。
「あいつ悪気があった訳じゃないだ。オレの事心配し過ぎて、始めてあったお前に「明っ、悪いけど。聞きたくない」・・・・」
白田はスクリとベンチから立ち上がり、視線の高さが逆転する。
「明の口から聞きたくない」
ピシャリとそう言う白田の瞳に怒りの色が見える。
「こんな宙ぶらりんな関係だと、怒りたいのに怒れないし、あいつに言い返したいのに言い返せない。明の気持ちが固まるまでって我慢してたけど・・・・・今のは辛すぎる。そりゃ恋人じゃない俺より、高校時代の時の友人の方が大切だろうね。だけどあいつの代わりに明が謝罪するのは、凄く気分が悪い」
声を荒立てず静かに怒っている男に、明の胸が急激に冷たくなっていく。
「悪いけど、今日はもう帰るよ。俺が太郎さんの誕生日祝いたいって言ったのに、ごめんね」
固まっている明から視線を外すと、早口で言いたいことを言いベンチの脇に置いてた上着を手にする。
そしてそのまま明の顔を見ること無く、明の脇を通り過ぎた。
遠ざかっていく白田。
この場合、どうすればいいのか・・・
どうするのが正解なのか・・・・
開閉する扉の音を聞きながら、身動きがとれずに居た。
白田を怒らせた事に、戸惑いと焦りで思考が上手く動かない。
前みたいに・・・・・連絡が来なくなったら・・・
音沙汰なくなったLINEの通知。
顔を見せなくなった白田。
またあの時みたいになったら、今度も白田から歩み寄ってきてくれるだろうか。
もしかしたら、このまま・・・・・
明はコンクリートの地面を蹴って、扉へ向かって走る。
勢いよく扉を開いて、「しろ!!!」名前を叫んで呼び止めようとした視界に、あの男が居た。
祖母が頼んでいる興信所の男。
ここに入る時は裏口から入り見られていない筈だった。
ならずっと張り込んでいたことになる。
遠ざかり人混みに紛れる白田の背中。
今すぐにでも追いかけて、引き止めたい。
離れないでほしいと、懇願したい・・・
だがそんな事をすれば、興信所の男は白田に目をつけるのは確実だ。
そうなれば、迷惑を掛けてしまう。
追いかけられない・・・・もどかしい現状。
明はぐっと唇を噛み締めて、扉を閉めて室内へと戻った。
やっと前向きになれた恋が・・・・こんなにも辛いなんて・・・・
竜一の言葉で、そうかもと思ったが・・・
お前だけ幸せになるなんて、都合が良すぎる
神はそう言っているように感じた。
65へ続く
ここで、一度UP休憩をいただきます!
ブックマークor応援 宜しくお願いします。
またご感想頂けましたら、次回作へのポテンシャルに繋がります。
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