第66話

戻ってきた明にホッとした雛山。

迎えに来た桃と由美も、明の様子に白田との事を察した。

【チョコミント応援団】のメンバーはこの状況をほっとけないのであった。



66



17時が過ぎ、ボクシングジムを後にした雛山と明。


一度姿を消したものの、17時前には戻ってきた明を見た時は心底ホッとした雛山だったが、いつもの無表情とは違い魂が抜けたような明に悲しい気持になった。

そしてボクシングジムを出る時、正面からではなく何故か裏口から外へ。

路地に出ると隣接しているビルの非常口から建物に入り、そして大道路へと出た。

そこで桃と由美が乗った車が2人を待っていた。

車に乗り込めばテンションの高い2人、だが明の様子を見て瞬時に何かを察したようだ。

その場に白田も居ないことから、桃と由美の視線はなにか言いたげに雛山に向けられた。

その視線に、ただ困った表情を返すことしか出来ない雛山。

2人はとくに何も言わずに、車を走らせた。


「?・・・・・どこに向かってるんですか?」


シーンと静まり返った車内。

第一に声を発したのは、雛山だった。

車が発進して20分程経つと、車の向かっている場所が愛野家と違うと気付いた。


「フスカルよ。今日は特別にフスカル貸し切りなの〜〜」


車を運転する桃は、バックミラー越しに雛山に答える。


「雅も太郎さんも、既にフスカルで待ってるわ」


由美の言葉に、そういう事かと納得する。

以前のように明の家でのパーティーではないのだと思うと、少し残念だなと思ってしまう雛山。

あの実家のような雰囲気が、ホッと落ち着けて好きだった。

チラリと隣に座っている明に視線を向ける。

頬杖をついて、外をぼんやりと眺めている明の横顔は相変わらず綺麗だ。

だけどやっぱり心ここにあらずな様で、雛山の胸はギュッと締め付けられる。

どうしたら良いのだろう・・・・

雛山は自分に出来ることは無いかと、あれこれ考える。

誰よりもこの日を楽しみにしていた白田が帰るとは、よっぽどの事なのだろう。

竜一が何を言ったのか・・・明を置いて帰るほど、白田にとっては腹立たしい事なのだろう。

・・・・・そんな白田に自分が何を言っても無駄な気もした。


ピコン


雛山のスマホの通知音が鳴った。

鞄からスマホを取り出し、それを確認する。

それは由美からのグループLINE【チョコミント応援団】への通知だった。


『白田さん、どうしちゃったの?愛野君も世界の終わり見たいな顔してるし』


本人に聞けない状況に、手っ取り早い方法だ。

雛山は通知音をOFFに切り替えて、返事を返す。


『白田さん帰りました。どうやら、明さんの友人の亀田さんって人が白田さんを怒らせたようです』


『あぁ〜あの強面!?・・・白田さんを怒らせるってよっぽどじゃないの。愛野君絡みだよね?』


『その時僕は居なかったんです。白田さんとあの人が2人きりだった時に、何かあったようで。その後入れ違いで明さんが白田さんの元へ行った後、様子がおかしい明さんが戻ってきて」


『もしかして、三角関係的な!?』


『あの人ノンケですよ』


『そんな事わかるの?』


『はい、最近解ってきました。白田さんが帰った後、明さん怒って亀田さんを殴って、一人になりたいからってどこかへ行っちゃって』


『もう着くわよ。私、明ちゃんと先にフスカルに行くから。由美ちゃん、白ちゃんに電話一本入れてみなさいよ。明ちゃんの今の現状、知らないかもしれないし。今の彼は下手に身動きが出来ないんだから』


突然の桃からのメッセージ。

そこで今が赤信号で車が停まっているのだと、雛山は気付く。

そして桃の最後のメッセージ、身動きが取れないの下りに雛山はハッとした。

【クソ婆が、興信所頼みやがった。多分今朝からずっと尾行されてたかもしんねぇ】

以前フスカルで、スピーカー通話にして明と雅が話していた事。

盗み聞きするつもりではなかったが、勝手に耳に入ってきた内容。

それからずっと、気にはなっていた。

だがそれ以降、明とフスカルで会ってもいつも通りだった。

だけど今日・・・・竜一と一緒にバイクで来たこと。

ジムを後にする時の、裏口からの移動。

不思議に思っていた事が、全てが繫がった。

きっと白田は知らないのだろうと予想もつく。

彼が知っていれば、絶対に明を放っておかないからだ。


『OK、そうするわ』


雛山が連絡を入れても無視するかもしれないが、由美は取引先だ。

まだ電話に出る可能性がある。

それから桃の言う通り、目指す駐車場はもう近くだった。

車を駐めて由美は買い忘れたものがあると適当な理由を述べて、雛山を荷物持ちにその場に残した。

駐車場を出ていく桃と明の背中を見送り、由美は雛山に向き合う。


「おしっ。出るかわからないけど、かけてみるわね」


「はい」


気合を入れるように、深呼吸をして由美はスマホのLINE通話ボタンを押した。



******



白田宅



何の音も無い、リビング。

白田は戻ってきた服装のまま、ソファに腰掛けている。

そうしてもう何時間も経つ。

思うことは明の事。

冷静になってみれば、明への八つ当たりだったかもと反省の気持も湧き上がる。

ジムを出ていった時は腹が立っていた、誰が悪いわけではないのに・・・・

あの事件当時の知り合いかもしれない亀田にしてみれば、明の事を心配していての事なのかもしれない。

とは思っても、今更好きにはなれない。

ハッキリとしない明との関係に、恋人として堂々言い返せなかった事が情けなかった。

そして明が男に代わって謝罪した事で、彼には自分よりもあの男の存在が大きいのだと感じた。

出来るだけ冷静を貫いたつもりだが、目を見開いて黙り込んだ明には十分に白田の怒りが伝わったのだろう。

もしかして追って来てくれるかも・・・・なんて淡い期待をしていた。

振り向けば、丁度彼がジムの中へ戻っていった瞬間を目にした。

一度外に出たのに、諦めたのか・・・・面倒に感じたのか・・・・

追って来てくれなかった彼に落胆した。

もう白田にもわからなくなった。

明も自分の事を好きだと感じていたのは、気のせいだったのかとも思い始めている。

彼を想うあまり、都合のいいように解釈してたのではないかと・・・・


この恋を大切にしたいと思ってたのに・・・


今では、この恋が辛い・・・


ずっと沈んだ気持が浮上しないまま、ただ時が過ぎていく。

重い空気が充満している部屋の中に、スマホから着信の音が鳴り響いた。



67へ続く

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