第63話

シャワー室にブチ込んだ雛山の世話をしている明。

竜一のイメージを膨らませすぎて、勝手に幻滅している雛山に明は呆れる。


63



吉本ボクシングジム

ロッカールーム



ボクシングジムを利用する人の専用ロッカーがある場所は、ちょっとした休憩スペースにもなっていた。

そして汗を流せるシャワー室も2つ完備。

そんな空間は今、ドライヤーの音が充満していた。

タオルを首から掛けて椅子に座っている雛山。

そんな雛山の背後に立ち、青年の濡れた髪をドライヤーの風で乾かしている明。

ここに来た時に髪にベッタリとくっついていたヘアクリームは洗い流され、ドライヤーの風で雛山の髪はなびいている。

一度は七三分けを崩した明。

そのままセットし直そうとしても、付けすぎたクリームではどうする事も出来なかった。

なので雛山を呼び出し、バスタオルを押し付けるとそのままシャワー室へとぶち込んでやったのだ。


「おしっ乾いた」


「有難う御座います」


ドライヤーをOFFにして、近くのテーブルに置く。

そして雛山の髪を手ぐしで整えてやる。


「誰かワックス持ってねぇ〜かな・・・」


「明さん、白田さん一人にしてて大丈夫ですか?」


「あ?竜一が相手してるだろう」


明は鍵を掛けてない人様のロッカーを片っ端から開けて、整髪料の類を探す。


「竜一さん・・・・思ってた人と違いました・・」


「あ?顔が怖いって?」


「いや、それは言ってないです」


「あいつ喧嘩はめちゃくちゃ強いけど、弱い者いじめは絶対しない良いやつだぞ。顔で損するタイプだけどな」


「・・・・・・・・・ 」


「お前がどう思ってたかはしらね〜けど。お前が勝手に想像してただけだろう、それをあいつのせいにするなよ」


「そんな事はしないですっ」


「今日来た目的は果たしたんだし、二度と会わなきゃいい話だろう」


「・・・・・・・・」


助けられた事で、竜一を美化していたのだろう。

会うまでの期間にどんな人か想像し、雛山の望む人間像になっていた。

そして会えば失礼で遠慮のない物言いに、勝手に傷ついた。

第一明も竜一のタイプに似ている、初対面で「ピヨ山」とよんだ時はこんな反応はしなかった。

どこか腑に落ちないような顔で椅子に座っている雛山を見て、明は溜息をつく。

そして自分が借りているロッカーを開けると、置きっぱなしになっている荷物を探る。


「おいっ、お前が着てきたジャケット袋に入れて持って帰れ」


「え?」


「んで、これ着とけ」


明はハンガーに掛けていた黒のミニタリー柄のフライトジャケットを取り出し、雛山に向かって放り投げる。

バサリと頭に被さったジャケットを手に取る雛山。

目をパチクリして、明の方に顔を向ける。


「リクルートスーツでウロウロするより、まだマシだろう」


「あ・・・りがとうございます」


「言っとくけど、俺よりアイツの方がよく笑って愛想も良いぞ」


年中無表情の明より、竜一の方が人間味があり親しみやすい。

その意味が伝わっているかわからないが、青年にそう言うと明はロッカーの扉をバタンと閉める。

それと同時に、ロッカールームの扉が開いた。

中に入ってきたのは、竜一だ。

明の姿を見ると、頭を掻きながら近づいてくる。


「わりぃ・・・」


「あ?何が」


いきなりの謝罪に、首をかしげる明。

男は明の耳元に口を近づけると「お前のカレシ、怒らせた」と呟いた。

カレシじゃないと言おうにも、なぜ竜一が白田をそう思ったのかと、白田に何をしたのかが気になった。


「お前・・・・はぁ」


詳しく聞こうと男を見るも、すぐに諦めの溜息。

雛山がここに居る事に、問いただすのは後にした。


「お前、整髪料持ってるか?」


「あぁ、あるぞ」


「ピヨ山の髪、セットしてやってくれ」


「え!?」


明はそう言うと男のそばを離れる。

雛山の驚きの声を背中に受けて出入り口の扉を開くと、「明、あいつ知ってるみたいだったぞ。あの事」の男の言葉に思わず足を止めて振り向く。

今度は明が驚く番だった。

何故?・・・・・・と頭に浮かぶ疑問符と、胸が冷たくなる感覚。


「ちゃんと話せ」


竜一は真剣な眼差しでそう言うと、自分のロッカーを開けてワックスの入れ物を取り出した。





「お前、今付き合ってるやつ居るのか?」


そう竜一に聞かれたのは、ほんのちょっと前。

久々に会えば、積もる話もたくさんある。

ちょっとした合間に、思い出話や今の現状を話すのは当たり前の事。

だから竜一のその質問は、ごく自然の流れだ。

だが明は、その問いかけに黙り込んだ。

にこやかに笑っていた明の突然の沈黙に、竜一はなにかを察した。

そして・・・・・・


「お前・・・人妻と付き合ってるのか?」


「ちげ〜よ!!」


そう勘違いされてもおかしくない、明の意味深な反応。

思いっきり否定した明に、竜一はホッと胸をなでおろす。


「じゃ〜何だよ。はっきりしないなんてお前らしくねぇ~から、何か問題でも抱えてるかと思うんじゃねぇ〜かよ」


「問題は別に・・・・・」


それでも、有るとも無いとも言えなかった。

竜一の問いかけに、頭を過ぎったのは白田の事・・・・

お互い想っている気持ちは同じなのに、踏ん切りがつかない。

それは性別の事も多少はあるし、どう気持ちを伝えればいいのかも解らない。

それよりも、やっぱり過去の事が邪魔をする・・・・言わずに、前に進めればいいのだろうが、恋人になればどうしても見られる腰の傷。

深く突き刺さったナイフの痕は、普通の生活では付くことはない。

それについては、誤魔化したくないし嘘もつきたくない。

ならば、何があったかを正直に話すべきだろう。

だけど、その勇気がない。

過去の自分の行いと、自分を恨んでいる人間が居るのだと言うことを伝える勇気が・・・・

そして、思うのだ。

未来を失った少女を差し置いて、自分は幸せになってもいいのだろうか・・・・と


「言えないのか?」


「・・・何が・・・」


「昔の事だよ。気になるヤツは居るんだろ?だけど、過去の事が足かせになってるんじゃないのか?」


「・・・・・・・・・・」


「なぁ、俺と再会したのは偶然だと思うか?」


「?」


「俺は思わないだよな・・・なんでか・・・。そう仕向けられたんじゃね~かとさ」


「誰にだよ」


「神さんだよ」


そう言いながら、空を指差す竜一。

思わず、こいつは何言ってんだと呆れた顔になる明。


「俺と再会して、少しは足かせは軽くなった筈だぞ。お前があの事件の後、連絡を絶ったのは姉貴と俺に悪いと思ってたからだろうが」


「・・・・・・・」


男の言う通りだ。

明はじっと竜一の顔を見て、当時の事を思い出し顔を歪ませる。



64へ続く

長くなるので、一度切ります。

続きは同じ明視点で!

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