第61話
61
日曜日
明が通うボクシングジムへ行く日。
昼過ぎに駅前で集合して向かう予定だったが、明だけは先に行くと連絡があった。
なので白田と駅前で待ち合わせして、一緒に行くことになった。
駅の中央出口から出てきた白田は、待ち合わせ場所で立っている雛山を見て言葉を失った。
あれ・・・僕、変な格好だったかな。
今日の目的は助けてくれた人に会って、この前の失礼な態度を謝罪しちゃんとお礼を言うこと。
その気持ちの現れとして、キチンとした身なりで来たつもりだった。
「雛山・・・どうした」
「え?変ですか?」
「・・・・・・ど田舎から仕事探しに来たみたいな格好だな」
白田の言葉に、ガラス張りのショーウィンドウを見る。
そこに映し出されている自分。
就活の時に着ていたリクルートスーツに、ピッチリ七三分けの雛山が目をパチクリしてガラスに映っている。
「え・・・変ですか?」
「それを変じゃないと思うなら、もう何も言わない。ただ・・・ちょっと離れて歩いてくれ」
「えぇぇ~何でですか~~、酷いですよ~」
白田は本気で言っているのか、自分のペースで歩き始める。
雛山との足の長さの差で、置いてかれる雛山は小走りで後を追う。
すれ違う人たちは、いつもなら白田の見た目に振り返るはずだが、今日だけは雛山の姿を二度三度見して行く。
ボクシングジムまでの道のりを、競歩で向かう雛山。
到着した時には、息も絶え絶え。
この前のサッカーの時といい、流石に運動をして体力をつけた方がいいかもしれないと危機感を募らせる。
相変わらずの涼しい顔で、ジムの扉を開く白田。
続いて中に入る雛山。
数人の男性がそれぞれに体を動かしている光景は、以前来た時と変わらない。
「来たか来たか、また来てくれて嬉しいよ」
リングの側で明と立ち話していたオーナーが、白田と雛山に気がつく。
昔のアニメの星一徹を思わせる頑固オヤジ風のオーナーだが、しゃべると気さくでサービス精神旺盛な人だ。
以前来た時は、白田にうちに来るかと勧誘していた。
身長に伴い手足が長い白田は、リーチに有利だと熱弁する程白田を気に入っている。
そして、雛山も嬉しい事にオーナーに気に入られている。
理由はボクシングとは無関係に、飼っている小型犬に似てるから・・・・喜んで良いのか微妙なところだ。
「ピヨ山・・・お前・・どうした」
明が雛山の姿に指を指して、オーナーと共に近づいてくる。
その表情は、必死に笑いを堪えているようだ。
「変なんですか?僕」
自分では完璧だと思っていたのに、白田に言われ・・・そして明まで。
流石に、自信が無くなってきた。
「変だろうっ、はははははは!!それ、一昔前の洋画に出てきた日本人じゃねぇ〜か。ははははは」
手を叩いて、爆笑する明。
オーナーも笑っては可愛そうだと思っているのか、キュッと口を閉じて堪えている。
「だって、僕なりの誠意を示そうと思って・・・・」
泣きたいような、すねたような表情で反論する雛山だが、背中の扉が開く気配がして言葉を止める。
出入り口を塞ぐ形で立っていた事に白田の手が雛山の肩を掴み、誘導されるように2歩3歩と移動した。
「おいっ!倖・・明っ、お前バイク置くまで待てね〜のかよ。置いてくとか、どんだけ冷て〜んだよ」
入ってきた男は明への不満を言いながら、雛山の脇を通り過ぎる。
あれ・・・この声・・・
少し掠れたようなハスキーボイスに、雛山は首を傾げる。
そのまま明の正面に立つと、男の影で明の姿が見えなくなった。
「お前のそういうところ、ムカッとするんだよ」
「あぁ〜はいはい」
「また面倒くさそうに言うだろう。昔から本当、かわらねぇ〜な」
とても親密そうな関係に感じる2人。
以前来た時は、ここまで仲のいいジムの人は居なかったはずだ。
まるでここまで一緒に来たような言い方と、「昔から」の言葉に雛山は疑問符だらけ。
だがそんな状態でも気になる・・・・白田の事。
そっと隣に立つ白田を見上げてみる。
顔に笑顔は張り付いているが・・・・・機嫌が悪い。
週に何度も顔を合わせる付き合いになれば、白田のポーカーフェイスの裏を読み取ることが出来るようになった雛山。
目が笑っていない男に、思わず距離を置こうと一歩隣へずれる。
「俺は親切心でお前の足「竜一!お前に客だ」あ?」
小言が続く中、明は男よりも大きな声で相手の名前を口にすると雛山を指差す。
振り向く男は、やっとそこで客がいる事に気がついた。
その顔を見て、雛山はあの人だと確信した。
以前あった痛々しい腫れや痕は綺麗になくなり、男らしい顔立ちが見て取れる。
それだけでは解らなかったが、特徴的な泣きぼくろが同一人物だと物語っている。
「誰だ?このイケメンと七三坊や」
こんなヤツしらね〜よとばかりに、男は明に顔を向ける。
だが明とオーナーは男の【七三坊や】発言にプッと吹き出し、返事が出来ない程にゲラゲラと笑う。
そんな2人に男は呆れたように溜息をつき、もう一度白田と雛山へ視線を向け。
そして雛山の風貌に何か引っかかるところがあったのか、じ〜〜と目を細めて見下ろす。
正直、男の人相は良いとは言えない。
プロとしての迫力か元々の強面の威力か、三白眼でじっと見られると雛山は自然と身体を縮こませてしまう。
「あぁ〜お前、あの時の坊主か」
坊主・・・・
七三坊やだったり、坊主だったり・・・・もう既に今日のメンタルが地につきそうだ。
以前助けてくれた人だが、今は物凄く憎い・・・・
「やめろっ、お前はオレを笑い死にさせる気か」
ぺシンと男の頭を叩き、男の隣に立つ明。
「ほらっ、言いたいことあるんだろうが」
拗ねた顔で俯いている雛山に、明は言えよと促す。
確かにこのまま落ち込んでいては、ここに来たのが無駄になる。
雛山はふんっと鼻息荒く気合を入れると、男を真っ直ぐ見上げた。
「この前は助けていただいたのに、失礼な態度をとってすみまんでした!そして、有難うございました!」
ハッキリとした口調で言いたい事を口にして、90度頭を下げる。
そして男の反応を見るように、そ〜と頭を上げた。
「そんなの気にしなくて、いいのによ」
屈託なく笑う男。
強面の男は、笑うと浮き出るエクボでいくぶんか表情が柔らかくなった。
男臭い顔が、少し幼く見えるギャップに雛山は目を奪われた。
ポッと胸に灯る温かい感情。
そんな事に本人は気づかず、ただ目の前の男を大きな瞳で見上げていた。
「けどよ、何でそんな昭和臭いリーマンの格好してんだ?」
前言撤回。
やっぱり失礼な男の物言いに、雛山は明の胸に「明さ〜〜ん!!」と叫び飛び込む。
明は再び爆笑しながらも雛山を突き放さず、代わりにセットしていた髪をくしゃくしゃに崩す。
「雛山!どさくさに紛れてっ!」
嫉妬の白田の手が伸びてきて引き剥がそうとするが、それでも必死に明の身体にしがみつく雛山だった。
62へ続く
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