第60話
明の過去をネット上で知った翌日。
白田は雛山とフスカルに向かっていた、そこへ以前熱心に明が見ていた時計が無いことに気づく。
60
フスカルへ行く日に使用する駅。
雛山と白田は駅へ降り立つと、肩を並べて歩く。
ぐっと気温が下がったこの頃、もう厚手のコートを身に着けている人間もチラホラと見かける。
「夜になると、すっかり寒くなってきましたね。昨日、僕エアコン入れちゃいましたよ」
「そうだな、朝も冷え込んでるし。加湿器もそろそろ用意しないと」
何気ない雛山との会話。
こうやって仕事が終わり一緒にフスカルに向かうのは、もう数え切れない程の回数となるだろう。
明と初めての顔合わせから、3ヶ月近く経った。
初めて会った彼は綺麗な顔と、凛とした雰囲気のそれだけの印象だった。
あそこで桃と出くわさなかったら、今もこうやってフスカルに通う事にならなかったかもしれない。
そして彼に恋をしなかったかもしれない。
ダラダラと会話しながら歩き、ふと目についたショーウィンドー。
以前明が、時計に目を奪われていた場所。
飾られていたカルティエの時計を、熱心に見ていた。
白田は、その前で自然に足を止めた。
あの時計が無くなっている・・・・代わりに違う時計が飾られていた。
もう、売れてしまったのか。
プレゼントするには高価すぎるものだったが、明が振り向いてくれるなら・・・・と思っていた。
ただ、まだ恋人の立ち位置でもない自分が送っても、明は受け取ってくれない気がした。
「どうかしたんですか?」
足を止めて、ショーウィンドーを見ている白田の元に戻ってくる雛山。
見ている物を覗き込み「あぁ・・・時計かぁ」と呟く。
「そう言えば。太郎さんの誕生日に、100万近い時計を明さんが買ったって聞きました?」
「え!?」
「雅さんから聞いたんですけど。雅さんもお金出すって言っても突っぱねて、全部自分で出したみたいですよ。凄いですよね。そんな高価なモノ、僕じゃあげれないなぁ~~」
「・・・・・・・」
雛山の言葉は途中から耳に届かなくなった。
明が太郎を大切に思う気持ちに、胸が暖かくなる。
あの事件の後、親子2人での生活はどんなに大変な事だったか、平々凡々に過ごしていた自分からは想像がつかない。
それがあったから、明と太郎の絆はとても太く頑丈なものになったのだろう。
どんなに口が悪く冷たい態度をとっていても、太郎が嬉しそうなのは明の気持ちが全てわかっているからだ。
わざわざ口で言わなくても、伝わっている2人。
羨ましいと思うも、2人にはこのままずっと一緒に居て欲しいとも思う。
あんな事が二度と起きないよう、普通の親子として過ごして欲しい。
昨夜
白田は、日富美から教えられたURLにアクセスした。
それは過去の色んな事件を抜き出して、独自の記事にしているブログに似たサイト。
管理している人以外にも、その事件の事を知っている人間からの書き込みで、事件後の噂や実際にニュースになっていなかった詳細等も追加されていた。
10年前に起きた、集団婦女暴行事件。
被害者は当時、私立の女子校に通う一年生。
加害者は近くの男子高校生1年~3年の5人。
事件当日、被害者を誘い出し集団で女性に性的暴行を加え放置した。
女性は保護され、事件に関与した高校生は逮捕。
その後主犯格である、もう1人の男子高生2年生が浮上し逮捕。
だがその後、主犯格とされた高校生のアリバイが成立し釈放された。
記事には、簡単な事件当時の出来事が記載されていた。
問題はその記事につけられたコメントだ。
【加害者は鹿馬高校生ですよね。主犯格とされていた人は、その地域で物凄く目立ってました。歩いてだけで周りの女子たちは恋に落ちたとか・・・】
【当時、鹿馬高校の人に助けられた事があります。とても綺麗な男子高校生です。こんな事件を起こしたとは思えない】
【アリバイなんて嘘です。彼の家はその地域では有名な金持ちですよ、またお金で解決したって周りは言ってます】
【原チャを盗まれて被害届だしたけど、幸田が金を持ってきて取り下げた事がある。お陰で車買えたwww】
【被害者の子。蝶々みたいな名前だったなぁ】
【被害者の子、主犯格の子と付き合ってたんじゃないの?】
【俺の兄ちゃんこいつらにボコボコにされたって。地元ではやたら頭の悪い高校だった】
【噂ではその幸田から愛想つかされて追い出されたってよwwww一文無しじゃん】
【鹿馬高校の人達のお陰で、あの周辺普通に歩けるようになったんだよ。華拳高校の連中が事件起こしたんじゃないの?】
事件が起こった地域に住んでいた人達のコメントだろう。
どれが嘘でどれが真実なのか・・・・ただ知っているよと自慢したい気持ちが大きいのだろう。
この書き込みで傷つく人間も居るのに、そんな事は一切気にしていない。
記事では未成年の犯罪は名前が伏せられるが、コメント欄では当たり障りのない程度で特徴を伝えている。
白田は主犯格とされていたのが、明だと察した。
記事ではアリバイがあったと記載があるが、コメントではお金で解決したと書かれている。
だが一つだけ名前が出されている【幸田】これだけは匂わせではなく、実名で書かれている事に引っかかった。
そして、沢山のコメントの中から一番心に重く伸し掛かった言葉。
【被害者の子、その後自殺したんじゃ】
この文字に目が止まった瞬間、どうか噂であって欲しいと願った。
「あっ!明さんだっ」
雛山の声で、現実に戻る。
ショーウィンドーから目を放し、こちらへ近づいてくる明に視線を向けた。
ビニール袋を2つ持っている彼は、真っ直ぐ白田と雛山の方へやってくる。
「どうしんですか?」
「買い出し頼まれたついでに・・・そろそろ来る頃だなって思った」
「迎えに来てくれたんですね」
「ついでだ、ついで」
そっけない明に、雛山も慣れっこで「またまた~~」と返している。
ふと明と目が会う。
いつもは無表情の彼の顔に、少しだけ変化を感じる。
白田を見て、頬を緩みそうになっているのを必死で我慢しているような・・・・
だ・・・・抱きしめたい・・・
ぐっとこみ上げる、明への愛しさを無理やりねじ込み。
平然とした態度で、明に近づく。
「持つよ」
明の手元に手をのばすが、「いらない」とビニール袋を遠ざけられる。
「・・・・・明。このまま抱きしめられるのと、ビニール袋で俺の両手塞ぐのとどっちがいい?」
こそっと彼の耳元でそう口にすると、慌てたように明はビニールを持つ手を白田の胸に押し付ける。
解りきっていたことだが、少し残念な気分になる。
白田が荷物を持つと、明はさっさと道を歩き始めた。
「明さん。太郎さんに、もうプレゼントあげたんですか?」
「何・・・雅から聞いたのか?」
「はいっ」
「誕生日はまだ先」
「いつですか?」
「5日後」
「渡すの楽しみですね」
明と肩を並べて歩く雛山。
白田も雛山とは逆の隣を陣取っている。
「明、日曜日の後・・・家に行ってもいい?」
「え?何で・・・」
「太郎さんの誕生日パーティーしない?まだ少し早いけど」
「あぁぁ~それ良いですね!!」
日曜日はボクシングジムへ顔を出す予定の日。
その後、ケーキを手土産に明の家にお邪魔する。
もっと一緒に居たいという下心もあるが、純粋に太郎の誕生日も祝いたい気持ちもある。
「別にいいけど・・・・」
相変わらずの無愛想な返事。
それでも白田は嬉しくて、頬が緩む。
彼にどんな過去があっても、明を想う気持ちは何一つ変わらない。
いや、たった一つ強く思った事がある。
それはこれ以上彼が傷つかないように、何事からも守ってあげたいと思う気持ちが芽生えた事だった。
61へ続く
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