第59話

就業時間、さっさと会社を後にしようとする明。

だがそこへ、影のようにピッタリくっついて来る由美。


59



フローラ化粧品会社


就業時間

明はチャイムが鳴ったと同時に直様事務所を出て、誰よりも早くエレベーターに乗り込む。

外で竜一が待っている筈だ。

今日はフスカルに出勤する日なので、バイクで新宿2丁目の入り口まで乗っけてもらう予定だった。

エレベーターの中で、1階に着くのをまだかまだかと表示灯をじっと見ている明。


「で〜その昔の友人さんは、何て人なの?」


「・・・・・・」


なに食わぬ顔で隣から話し掛けてくる由美に、明の眉間にシワが寄る。

退社しようと席を立った明と、同じタイミングで席を立った由美。

事務所から出た時も、ピッタリと後に付いてきた。

偶然じゃないのは気づいていたが、あえてそれを無視していたのに・・・・


「キキタイコトハ、ソレダケカ」


「何よ、そんな怖い顔しなくたって良いじゃない」


「お前は近所の噂好きのおばちゃんかよ」


なんやかんやで、首を突っ込みたがるおばさん達。

○○さん宅のお子さんが、どこどこの大学に受かっただの、〇〇さん宅の旦那さんが降格しただの・・・彼女達は良い噂よりも悪い噂の方が大好物だ。


「もう片足突っ込んでるわよ」


「・・・・・・」


嫌味で言ったことが、相手は自覚があったようだ。


「あっ1階着いたわよ」


わざわざ言わなくても解るわと、嫌そうな顔でエレベーターから降りる明。

無駄な事は解っているが、エントラスを横切る明の足はものすごいスピードだ。

だが由美も、それに続くように小走りでついてくる。


「おまえなぁ〜、ついて来るなよ!」


ビルの外に出ると、明はとうとう我慢できずに由美に怒鳴る。

もちろん本気で怒鳴っている訳ではないが、通行人が何事かと明の方へ視線を向ける程には大きな声だ。


「良いじゃない、何にでも首を突っ込みたがるの。これは病気なのよ」


「馬鹿かよ。病気なら病院行けよっ」


「無理無理、医者もお手上げなんだから」


言い合いをしながらビルの外に広がる広場を通り過ぎる2人。

大通りに停まっているバイクに跨っている竜一は、そんな2人を物珍しそうに見ている。


「ブラックジャックみたいなの探せよ」


「タイプじゃない」


「お前のタイプを聞いてんじゃねぇ〜よ」


まるで痴話喧嘩のような言い合いをして近づいてくる2人に、竜一は笑いを漏らす。

ヘルメットを脱いでいる素顔の竜一は、そばまで来た明に「よう」と声を掛ける。


「初めまして〜〜〜、愛野君のご友人さん」


「声を掛けるなっ、さっさと消えろ」


「しっつれいね、挨拶ぐらいいじゃない」


「何、お前の彼女?社内恋愛ってやつか」


「何処をどう見て、そう思うんだよ!」


「無人島で2人きりになっても、それは無いわ」


全力で否定する2人に、竜一は膝を叩いて笑う。


「愛野君の上司の、桜庭由美です」


「あぁ上司さんか。俺は亀田竜一、こいつとは高校時代の友人だ」


「え・・・高校?」


どうせ大学時代の友人だと思っていたのだろう、由美は驚いた顔で明を見る。

だが竜一の風貌を見れば、慶応とは程遠い。

昔から目つきの悪さは今も変わらないが、ボクシングをしているせいか余計に強面が増している。

顔は整っている方だが、ヤンキー上がりのチンピラみたいにも見えて由美のイケメンレーダーには引っかからなそうなタイプ。


「もう何も話すな」


「解ったわよ〜。ただあんたの事が心配だっただけじゃない」


「いい上司さんじゃねぇ〜か。美人だし」


「やっだあ〜〜〜美人だなんて〜〜、自覚してるけど嬉しいぃ〜〜」


バシンと明の肩を叩く由美。

こいつ・・・と明は叩かれた衝撃で前のめりになった姿勢で、由美をジロリと睨む。


「これ以上いたら、本当にキレそう。じゃ〜気をつけるのよ、亀田さんも愛野君を宜しくねぇ〜〜」


由美が心配してくれているのは、ヒシヒシと痛いほど伝わってくる。

重苦しい空気を出さずに、軽い雰囲気で接してくるのは明があまり気を張り詰めないようにしている心使い。

だから明もお礼は口にしない。

倖田の件が片付けば、飯でも奢ってやればいい・・・・駅の方へと歩き出した由美の背中を見送る明。


「桜庭さん、姉貴に雰囲気が似てるな」


「はぁ?」


「だから、彼女かなと思ったんだけどな」


「止めろ」


「・・・・にしてもお前、昔はもう少し女には優しかっただろう。桜庭さんは気にしてないようだけど、普通の女はお前を怖がって近づいてこねぇ〜んじゃね〜のか?」


由美に対する口調の粗さと、態度の冷たさの事を言っているのだろう。

明はうんざりしたような顔で「さっさとヘルメットよこせ」と竜一に手を差し出す。

竜一は苦笑いして、バイクのハンドルに掛けていたヘルメットを明に渡した。


「多分、後方50メートルに停まってる車そうだぞ」


「・・・・・・」


竜一の言葉に明は、ヘルメットを被りながらチラリと後ろを見る。

紺の軽。

運転席には人影がある。


「スピード出してそこらへんウロウロしてから、新宿へ向かうぞ」


「任せる」


「そうだ。今日ジムに、お前の事を聞きに男が来たってオーナーが言ってたぞ」


竜一もヘルメットを被り、バイクのエンジンを掛ける。


「直接オーナーに聞きに行くなんて・・・・興信所ってそういうモノなのか?」


明が口止めをしている可能性を考えて、上の者よりそこを出入りしている人間に調査を仕掛けると予想していた明。

思い切った相手の行動に、よっぽど余裕が無いのか・・・馬鹿なのか・・・疑問に思うことが多い。

せっかちな祖母が、幾らでも金は払うから早くと急かしている可能性もある。

明はあれこれ考えながらタンデムシートに座り、右手を竜一の肩に、左手でタンデムバーを掴む。


「オーナー、一試合勝ったら喋ってやるって、現チャンピオンとリングで勝負させたらしいぞ」


「はっまじかよ!!ははははは」


走り出すバイク。

明は興信所の人間が、リングの上で縮こまっている姿を想像して爆笑した。



60へ続く

白田出せなくてすみません!

次回は出ますので。

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